第11話「不穏な気配」
翌日、インベクル王国にオプダットとティミレッジがやって来た。
用件はもちろん昨夜の無差別襲撃事件。
フィトラグスら三人は通信機で連絡を取り合っており、昨夜のうちに事件について報告し合っていた。
城に着くとフィトラグスによって王の間へ通され、国王であるダトリンドがオプダットたちを待っていた。
「新たな問題が浮上したようだな。ビラーレル村の方はティミレッジ殿たちが救ったが、チャロナグタウンの方は重傷だったのだろう? 子供と言えども許されることでは無い」
「重傷でしたがアティントス先生が手当てしてくれて、“命にも別状は無い”って言ってくれています」
オプダットの報告にフィトラグスが安堵のため息を漏らした。
「なら良かった。子供がすでにいなかったのが残念だが。ティミーの方は犯人の顔を見れたんだよな?」
「そうなのか?!」驚いて声を上げるオプダット。
「“エクスプロージョン”って魔法で暗がりが照らされて、少しだけ見えたんだ」
「特徴を覚えているなら教えて欲しい」
ダトリンドが促すと、ティミレッジは説明し始めた。
「変わった見た目でした。一人は緑系統のはねた髪を伸ばしていて、黒いマスクを着けていました。もう一人は、赤系統のロングヘアに尖った耳でした」
聞いていた国王が腕を組み、唸り始めた。
「尖った耳……黒いマスク……」
「父上、心当たりが?」
「待て」
父を心配したフィトラグスを遮ると、ダトリンドは兵士を呼び、紙とペンを持って来させた。
そして紙の上にペンで絵を描き始めた。
「君たちが見たのはこの二人か?」
ダトリンドは描いていたものを三人へ見せた。
そこには尖った耳が強調されたロングヘアの男性と、くせっ毛で黒いマスクを着けた男性の絵が描かれてあった。
ただ、目は点で子供が書き殴ったような画風だったので、ティミレッジらはすぐに話が入って来なかった。反応に困っていると……。
「今だけ絵心は気にするな!!」
王の怒号が響き渡った。
のちほど聞いた話では、インベクル王家は代々絵が下手でフィトラグスも絵画は大の苦手だそうだ。
「は、はい! このお二人です!」
「父上、ご存知なのですか?」
ティミレッジが返事をすると、フィトラグスが再度父へ尋ねた。
「忘れもしない……。この二人はインベクルが異次元へ送られる前、ディンフルと共にやって来た彼の部下だ」
ダトリンドの衝撃発言に三人は絶句した。
「ディンフルの部下……?!」フィトラグスが声を絞り出した。
「この二人だけではない。もう一人、オレンジ色の天然パーマの少年もいた。おそらくオプダット殿のところを襲った子供のことだろう」
「でも、魔王討伐の敵の中に、その二人と天然パーマの少年はいませんでした。どういうことでしょうか?」
ティミレッジが疑問を抱いた。
ラスボスのディンフルと会うまでにすべての部下と戦って来たフィトラグスたちだが、絵に描かれた二人と魔法を使う少年は初耳だった。
「最近巷では、邪龍と魔物の数が激増したのはディンフルのせいではないかと言われている」
沈黙が流れるとダトリンドが突然そう言い出した。
「こ、国王様、ディンフルを疑うんですか?!」
「そうではない、話は最後まで聞きなさい! 無論、噂は信じていない。日々の邪龍と魔物退治で彼を信頼している」
ショックを受けるオプダットへ国王はすかさず否定した。
そしてダトリンドがディンフルを信じていることを知り、フィトラグスらは心から安堵した。
彼の信頼回復の行為がここでも報われたのだ。
「私はディンフルを陥れようとする者がいると睨んでいる。現に今でもディファートの保護に反対する声は少なくない。それゆえ、ディンフルを目の敵にしているのでは思うのだ。ほんの前までフィーヴェを支配していたからな。彼の部下はそんな反対派に歯向かうためにやって来たのかもしれない」
「しかし、彼らの行為はディンフルの努力を水の泡にするだけだと思います。ディンフルの部下ならディファートである可能性が高いです。そうでなくてもまた問題視されていると言うのに……。それに何故、旅の道中で俺たちが出会えなかったのも疑問です」
ダトリンドが予想するとフィトラグスが疑問をぶつけた。
「それはわからん。一つ言えることはディンフルは確実に味方だ。彼が部下たちを説得してくれれば、解決するかもしれん」
この発言からしてもダトリンドはディンフルに絶対的な信頼を寄せていた。
それがフィトラグス一行には救いだった。
そして、国王も最近ディンフルと連絡が取れないそうだ。
「いくら忙しくても、通信には出ろよな!」国王の代わりにフィトラグスが舌打ちをした。
「出られないほど忙しいんだよ……」
ティミレッジがディンフルをフォローした。
ソールネムの時に続いて昨日から二度目である。
だがダトリンドは一刻も早く、今の事態を報告したかった。
部下が悪事を働いていることを耳に入れて欲しい気持ちは、フィトラグスたちも同じであった。
◇
フィーヴェ北部にある古城。
ディンフルが魔王でいた時にアジトにしていた場所だ。
彼は、今ここで部下のサーヴラスと二人で暮らしていた。
老師が見つかるまでの予定だったが、ディンフルとしてはずっとサーヴラスにいてもらいたかった。
何故ならここ数日、邪龍や魔物が激増し疲労困憊で帰ることが多い。そのため、城を守ってくれる者を欲していたのだ。
「そういうことなら……」とサーヴラスは快く受け入れた。今もディンフルの役に立ちたいようだ。
かつての部下と大きな城で暮らし始めた翌日。
依頼を終えたディンフルが扉にあるリングに手を掛けた瞬間、手に激しい電撃が走った。
思わず、手を引っ込めてしまった。
「な、何だ?!」
同じように壁にも触れると、やはり電撃が走った。
「魔法が掛かっている……? まさか、サーヴラスが?」
ディンフルは共に暮らし始めた部下を少しだけ疑うが、「いや、あいつがそんなことをするはずがない!」とすぐに否定した。
サーヴラスも魔法が使えるが、いつもディンフルの考えを肯定し応援してくれた。彼が城を乗っ取るなど考えたくは無かった。
「ディンフル……様……」
古城の近くの茂みから苦しげな声がした。
傷だらけのサーヴラスがほふく前進をしながらやって来た。立つことすら困難なようだ。
「どうした?!」ディンフルは急いで駆け付けた。
「も、申し訳ありません……。城が、乗っ取られてしまいました……」
「乗っ取られただと……? 誰に?!」
「見知らぬ男女です……。女性の方は黒く長い髪に、黒っぽいドレスを着て……、男性の方は紫色の短髪に、黒いロングコートでした……」
特徴を聞いても、ディンフルはどちらにも心当たりが無かった。
城を乗っ取られたことよりも、息も絶え絶えの部下が心配だった。
「わかった、もうしゃべるな。一旦避難する。超龍並みの強い魔力を感じる。おそらく本日中に取り戻すのは不可能だ」
ディンフルはサーヴラスを背負うと、古城を後にした。