第五話 不正解者は眠らない
第二ゲームが終わったあと、俺たちは白い通路に集められた。
壁にも天井にも窓はない。照明は均一で、影さえ薄い。どこから空気が流れているのかもわからなかった。
ここに来てから、時間の感覚が少しずつ狂っている。
ゲームの最中は時計を見る余裕がない。終われば、次の開始時刻を告げられるまで何もすることがない。食事も睡眠も、すべて向こうの都合で決められる。
自分で決められることが、ほとんどなかった。
「……次は、何人減るんだろうな」
PLAYER 06が、誰に向けるでもなくつぶやいた。
返事はなかった。
彼はいつもより明るい声を出そうとしていたが、うまくいっていない。言葉の終わりが、わずかに沈んでいた。
PLAYER 12は自分の手首を握っている。番号の刻まれた腕輪を、何度も確かめるように。
PLAYER 04は壁にもたれ、目を閉じていた。
白い服のPLAYER 09は通路の奥を見ている。黒い服のPLAYER 11は、その反対側に立っていた。
PLAYER 10は眼鏡の位置を直しながら、壁に設置されたモニターを観察していた。
「次のゲームについて、何か規則性があると思いますか?」
彼女が尋ねた。
「規則性?」
PLAYER 06が顔を上げる。
「ゲームの内容です。前回と前々回では、参加者同士の行動が結果に大きく影響しました。次も同じとは限りませんが、何らかの傾向はあるかもしれません」
「考えておけば、助かる可能性が上がるってことか」
「可能性の話です。必ず役に立つとは限りません」
PLAYER 10は慎重に答えた。
「ただ、何も考えずに待つよりはいいと思います」
「そりゃそうだな」
PLAYER 06はうなずいた。
俺は二人の会話を聞きながら、壁のモニターを見た。
画面は黒いままだった。
ここでは、何かが起こる前に必ず合図がある。
音。光。表示。
それらがなければ、俺たちは動けない。
そう思うと、妙なことに気づく。
俺たちは、何かを決めるときでさえ、向こうが用意した選択肢から選んでいる。
この場所に来てから、自分で問題を作ったことがない。
与えられた問題を解く。それが俺たちに許された自由なのかもしれなかった。
電子音が鳴った。
全員がモニターを見上げる。
『第二ゲーム終了』
『第三ゲーム開始まで、残り十秒』
数字が減っていく。
十。
九。
PLAYER 12が唇をかんだ。
八。
PLAYER 09は姿勢を変えない。
七。
PLAYER 11が、俺のほうを一瞬だけ見た。
六。
五。
四。
三。
二。
一。
通路の正面にある扉が開いた。
『第三ゲーム』
『不一致』
*
部屋の中央には、長方形のテーブルが置かれていた。
十一脚の椅子。十一台の小型端末。壁一面のスクリーン。
それ以外には何もない。
俺たちは番号順に席へ案内された。
座ると、目の前の端末が起動した。
『これより、施設内で発生した記録欠落事件について調査を行います』
スクリーンに三人の人物が映し出される。
警備員A。
技術担当B。
記録管理者C。
『施設の保管室において、監視映像八分間の欠落が確認されました。映像が欠落した時間帯に、保管室の扉が開いていた記録が残っています』
次に、三人の勤務記録が表示された。
『映像を欠落させた人物を、A・B・Cの中から選択してください』
端末に三つの選択肢が現れた。
『正解者は合格。不正解者は失格』
『制限時間は八分』
『参加者同士の会話、および情報共有を許可します』
PLAYER 06が画面を見て、肩の力を少し抜いた。
「……今回は推理か」
「そう見えますね」
PLAYER 10が答えた。
「ただし、表示されている情報だけで判断できるとは限りません」
「情報が足りないってこと?」
「足りないように見える情報の中に、判断材料があるのかもしれません」
PLAYER 09が口を開いた。
「まず、全員が同じ資料を持っているか確認しよう」
各端末の右下に、小さな資料番号が表示されていた。
全員、同じ番号だった。
俺は配布された資料を読み始めた。
事件が発生したのは、午前九時台。
監視映像は八分間にわたって欠落している。
その時間帯、保管室の扉が開いていた。
そして、三人にはそれぞれ異なる事情がある。
Aは、当日の警備を担当していた。
Bは、監視システムの保守を担当していた。
Cは、保管室の記録を管理していた。
資料だけを読めば、誰にでも疑う余地がある。
警備員なら現場に近い。
技術担当なら映像を操作できる。
記録管理者なら、記録そのものを隠せる。
決め手がない。
俺は資料の下部に視線を移した。
そこには、三つの時刻が記されていた。
警備室の時計。
機器室の時計。
記録管理室の時計。
時刻は、それぞれ異なっている。
警備室は午前九時十二分。
機器室は午前九時八分。
記録管理室は午前九時十六分。
普通なら、どれかが故障していると考える。
だが、資料の別のページには、時計の点検記録があった。
警備室の時計は正常。
機器室の時計は四分遅れ。
記録管理室の時計は四分進んでいる。
俺は三つの時刻を頭の中で並べ直した。
機器室の午前九時八分は、実際には九時十二分。
記録管理室の午前九時十六分は、実際には九時十二分。
つまり、三つの時計は、表示こそ違うが同じ時刻を指していた。
そのとき、PLAYER 11が資料をテーブルに置いた。
「扉の記録を見たか」
PLAYER 09が顔を上げる。
「機器室の記録だな」
「そうだ。扉が開いていたのは、機器室の時計で九時八分から九時十二分。実際の時刻に直せば、九時十二分から九時十六分になる」
「四分間ですね」
PLAYER 10が続けた。
「ところが、欠落した映像は八分間です。扉が開いていた時間と一致しません」
「扉が閉まったあとも映像が消されていた可能性は?」
PLAYER 06が尋ねた。
「あります。ただ、その場合は別の操作記録が必要になるはずです」
PLAYER 10は資料をめくった。
「監視システムの操作履歴も確認しましょう」
俺たちは、端末に表示された操作履歴を読み直した。
午前八時五十分。
技術担当Bが、監視システムの時刻設定を調整している。
それ以外に、映像の削除や停止を示す記録はなかった。
「これじゃないか?」
PLAYER 06がBの名前を指した。
「時刻を調整できる立場にいて、事件の前にシステムを操作している。映像の欠落にも関係している可能性が高い」
「可能性が高いことと、犯人であることは別だ」
PLAYER 11が言った。
「Bが正常な保守作業をしていただけなら、別の説明が必要になる」
「じゃあ、誰だと思うんだよ」
「まだ決めていない」
PLAYER 11は淡々と答えた。
PLAYER 09が会話を引き継いだ。
「まず、三人の行動記録を整理しよう。Aは警備を担当していたが、映像を操作した記録はない。Cは記録管理者だが、システムの時刻設定を変更した記録もない。一方、Bには時刻設定を調整した履歴がある」
「しかし、時刻設定を変更したこと自体は、映像を欠落させた証拠ではありません」
PLAYER 10が言った。
「その通りです。決定的な証拠ではありません。ただ、現時点で最も直接的な接点があるのはBです」
PLAYER 09はスクリーンを見た。
「それに、扉が開いていた四分間と映像が欠落した八分間の差も気になる。誰かが時刻をずらして、実際の出来事を特定しにくくした可能性がある」
「時刻をずらせば、記録そのものも変わるのか?」
PLAYER 04が初めて口を開いた。
「資料には、そこまでは書いていません」
PLAYER 10が答える。
「ただし、Bが調整したのは監視システムの時刻です。記録の整合性に影響する可能性はあります」
「じゃあBで決まりじゃないか」
PLAYER 06が言った。
「決めつけるのは早い」
PLAYER 11は、まだ選択肢を押していなかった。
「Bが怪しいのは事実だ。だが、資料の中でBだけが不利になるように作られているのなら、そこも考える必要がある」
その言葉に、PLAYER 09は少しだけ目を細めた。
「全員に同じ資料が配られている以上、問題は資料の内容そのものだ。書かれていることと、書かれていないことを分けて考えよう」
俺は黙って聞いていた。
会話は、少しずつ一つの結論へ向かっている。
Bが監視システムを操作した。
Bは時刻設定を変更できた。
映像は八分間欠落した。
だからBが映像を欠落させた。
筋は通っている。
だが、最後の一文だけが、前の三つから直接導かれているわけではなかった。
時刻を調整したことと、映像を欠落させたこと。
その二つの間には、まだ一段階ある。
それでも、ほかの二人には同じだけの接点が見つからない。
問題は、確実な証明を求めているのか、それとも最も可能性の高い人物を選ばせようとしているのか。
画面には、そんな説明はなかった。
俺は資料をもう一度見た。
選択肢は三つ。
A、B、C。
どれか一つを選べば、結果が出る。
その結果が正しいかどうかを、俺たち自身が確認する手段はない。
「……そろそろ決めたほうがいい」
PLAYER 04が言った。
残り時間は一分を切っていた。
PLAYER 06はBを選択した。
PLAYER 09もB。
PLAYER 10もBを選んだ。
「私は、Bが最も合理的だと考えます」
PLAYER 10はそう言って、端末から手を離した。
PLAYER 11もBを選択する。
PLAYER 04は短く息を吐き、Bを押した。
PLAYER 12は三つの選択肢を何度も見比べていたが、やがてBを選んだ。
俺もBを選択した。
残りの三人は、それぞれ迷いながら端末を操作した。
PLAYER 01はAを選んだ。
PLAYER 02とPLAYER 05はCを選び、PLAYER 08はAを選んだ。
画面に、全員の選択が表示された。
Aが二人。
Bが七人。
Cが二人。
圧倒的にBが多かった。
しかし、正解を決めるのは多数決ではない。
俺たちは画面を見つめた。
残り時間がゼロになる。
『回答を締め切りました』
一瞬、部屋の照明が落ちた。
次の瞬間、スクリーンに結果が表示された。
『正解:B』
PLAYER 06が、かすかに息を吐いた。
「よし……」
『合格者』
『PLAYER 04』
『PLAYER 06』
『PLAYER 07』
『PLAYER 09』
『PLAYER 10』
『PLAYER 11』
『PLAYER 12』
『失格者』
『PLAYER 01』
『PLAYER 02』
『PLAYER 05』
『PLAYER 08』
四人の名前が赤く表示された。
「待ってくれ。俺は……」
PLAYER 01が立ち上がった。
「選んだのはAだった。だが、Aにも可能性はあったはずだ!」
返答はない。
PLAYER 02は自分の端末を見つめていた。PLAYER 05は唇を結び、PLAYER 08は椅子の背もたれをつかんでいる。
スクリーンの文字が切り替わった。
『第三ゲーム終了』
『失格者の処分を実行します』
四人の腕輪が、同時に赤く点滅した。
「待て、外れない……!」
PLAYER 05が腕輪をつかんだ。
PLAYER 08も外そうとしたが、留め具は動かなかった。
俺は椅子から立ち上がりかけた。
次の瞬間、鋭い破裂音が室内を貫いた。
短い閃光。
反射的に目を閉じる。
何かが床に当たる音が続き、頬に温かい飛沫がかかった。
悲鳴は一瞬だった。
目を開けると、四人は床に倒れていた。
白い床に、赤い飛沫が散っている。
さっきまで言葉を交わしていた四人は、もう動かなかった。
「……嘘だろ」
PLAYER 06の声がかすれた。
彼は四人を見つめたまま、動けずにいた。
PLAYER 12は自分の腕輪を押さえ、何度も首を横に振った。
「こんなの……ゲームじゃない……」
PLAYER 04は何も言わなかった。ただ、握りしめた拳が小さく震えていた。
PLAYER 09の表情からも、いつもの余裕が消えている。
PLAYER 11は床に倒れた四人と、それぞれの腕輪を交互に見ていた。
PLAYER 10は眼鏡に触れたまま、言葉を失っていた。
やがて、彼女は静かに口を開いた。
「……私たちが失格になっていたら、今の四人と同じことになっていたのですね」
その言葉に、誰も答えられなかった。
俺は自分の手首を見た。
番号の刻まれた腕輪。
ここに連れてこられたときから、ずっと身につけているものだ。
身分を識別するための道具だと思っていた。
違った。
少なくとも、これがただの識別用の道具ではないことは、もう疑いようがなかった。
俺は床に倒れた四人を見た。
PLAYER 01。
PLAYER 02。
PLAYER 05。
PLAYER 08。
もう返事はない。
さっきまで存在していた声も、表情も、考えも、すべて途切れてしまった。
彼らがどんな人間だったのか、俺はまだほとんど知らない。
それでも、四人が死んだという事実だけは変わらなかった。
スクリーンの表示が切り替わる。
『第三ゲーム終了』
『生存者――七名』
無機質な文字が、何事もなかったかのように並んでいた。
床には四人の遺体が残されている。
それなのに、施設は次の段階へ進もうとしていた。
まるで、四人の死など最初から予定に組み込まれていたかのように。
俺はゆっくりと息を吐いた。
ここでは、ゲームに負ければ死ぬ。
そのルールは、もう疑いようがない。
そして次に失格になるのが誰なのかは、まだ誰にもわからなかった。
スクリーンに、新しい文字が浮かび上がった。
『次のゲームの準備を開始します』
準備。
まるで、俺たちが何かのために用意されているみたいな言い方だった。
背後で、扉のロックが外れる音がした。
誰もすぐには動かなかった。
やがてPLAYER 09が立ち上がり、出口へ向かった。
「ここにいても、何も変わらない」
彼はそう言った。
「今は進むしかない」
PLAYER 06が、ゆっくりとうなずいた。
PLAYER 10は一度だけ床を振り返り、それから歩き出した。
PLAYER 11は俺の横を通り過ぎるとき、短く視線を向けた。
何かを確かめるような目だった。
俺は何も言わず、彼の後ろについた。
七人で通路を進む。
背後で扉が閉じた。
その音は、思っていたよりも小さかった。
四人が倒れた部屋には、もう誰もいないわけではない。
彼らの遺体が、床に残されている。
俺たちは、それを置き去りにして進んでいた。
通路の先に、別の扉が見えた。
その向こうで何が待っているのか。
俺たちには、まだわからなかった。




