第二話 沈黙の共犯者
残り時間、四分三十二秒。
「二人選べって、どういうことだよ!」
佐藤がモニターを睨みつけた。
「さっきまで一人だっただろ。ルールを変えていいなんて、どこにも書いてなかったぞ!」
「特別権限については書いてあったよ」
少女が答えた。
「結果を変更できるって。使い方までは説明されていなかったけど」
「お前が使ったのか?」
「そうだよ」
あまりにもあっさり認めたので、佐藤は一瞬、言葉を失った。
「ふざけんな! 何を変更したんだ!」
「投票対象を一人から二人にしただけ」
「それだけだと?」
「うん」
少女は微笑んだ。
「困ることでもあるの?」
佐藤が少女に詰め寄ろうとしたとき、スーツの男が間に入った。
「落ち着け。今、彼女に手を出しても何も解決しない」
「お前は黙ってろ!」
「黙っていたら、残り時間がなくなる」
スーツの男は時計を見上げた。
「全員で投票先を決める必要がある。まずは情報を整理しよう」
「賛成だ」
俺は言った。
「ただし、全員で一つの結論を出す必要はない」
スーツの男がこちらを向いた。
「どういう意味だ?」
「全員が同じ人間に投票したら、二人目を決める意味がない。意見を分けて、それぞれの理由を聞いたほうがいい」
「なるほどな」
男はうなずいた。
「では、最初に彼女が疑われた理由を聞こう」
視線が少女に集まった。
少女は少し首を傾けた。
「私、疑われていたの?」
「俺が疑っていた」
正直に答えた。
「同票になる可能性を最初に指摘したからだ」
「それだけ?」
「それだけじゃない。君はルールの穴を見つけるのが早すぎた」
少女はしばらく俺を見つめたあと、口を開いた。
「じゃあ、あなたは?」
「何が?」
「あなたもルールの穴を指摘したよね。棄権の話」
「そうだな」
「私と何が違うの?」
答えられなかった。
彼女の言うとおりだった。
俺は彼女の発言を根拠に疑った。
しかし、俺自身も似たような発言をしている。
俺だけが疑う側に立てる理由はない。
「……違いはないな」
そう答えると、少女は初めて笑みを消した。
「なら、私を疑う理由にはならない」
「そうだな」
「あなた、自分の推理を簡単に捨てるんだね」
「間違っている可能性があるなら、捨てる」
「それで後悔しない?」
「後悔するかどうかと、正しいかどうかは別の話だ」
少女は黙った。
俺もそれ以上は言わなかった。
残り時間、三分四十秒。
そのとき、ずっと壁際に立っていた青年が手を挙げた。
「俺から一つ、提案がある」
彼は二十歳前後に見えた。
短い髪に、黒いパーカー。
さっきからほとんど発言していなかった男だ。
「全員、自分が運営側ではないことを証明すればいい」
「どうやって?」
女子高校生が尋ねた。
「知らない。だが、運営側の人間なら、このゲームについて何か知っているはずだ。質問をすれば、反応でわかるかもしれない」
「具体的には?」
「例えば、次のゲームが何か知っているか、とか」
「知らないと答えればいいだけじゃない?」
俺が指摘すると、青年は肩をすくめた。
「それでも、反応を見る価値はある」
一理ある。
だが、問題があった。
運営側の人間が本当にいるとして、そいつは必ずしもゲームの全容を知っているとは限らない。
逆に、一般参加者でも何かを知っている可能性はある。
質問への反応だけで正体を見抜くのは難しい。
「俺は反対だ」
佐藤が言った。
「全員で疑い合っても時間の無駄だ。誰か一人を決めて、そいつに投票すればいい」
「誰に?」
「……」
佐藤は口を閉じた。
「決まっていないなら、提案になっていない」
青年が冷たく言った。
「なんだと?」
二人の間に険悪な空気が流れた。
そのときだった。
「私、投票先を決めた」
女子高校生が口を開いた。
全員が振り返った。
「七番」
俺を指さしていた。
「……俺?」
「うん」
彼女は目を逸らさなかった。
「さっきから、あなたはずっと議論を動かしている。棄権の可能性を指摘して、彼女を疑って、今度は全員で情報を整理しようと言った」
「それが理由か?」
「それだけじゃない」
彼女は少しだけ声を落とした。
「あなた、最初に目を覚ましたとき、他の人より落ち着いていた」
「覚えていないだけかもしれない」
「そうかもしれないね」
彼女はうなずいた。
「でも、私はあなたに投票する」
俺は彼女を見つめた。
感情的な判断には見えなかった。
彼女なりに考えた結果なのだろう。
そして、彼女が俺に投票すると宣言したことで、ほかの参加者も投票先を考え始める。
一人が疑われれば、そこに票が集まる可能性がある。
彼女は俺を本当に疑っているのか。
それとも、票を集めるために俺を選んだのか。
あるいは、別の誰かに票が集まるのを防ごうとしているのか。
わからない。
だが、一つだけ確かなことがあった。
彼女の発言によって、俺は議論の中心に立たされた。
「七番」
スーツの男が尋ねた。
「君は運営側なのか?」
「違う」
「証明できるか?」
「できない」
「そうか」
男は腕を組んだ。
「では、君に投票する理由も、投票しない理由も、今のところはないな」
その言葉に、俺は違和感を覚えた。
投票しない理由がない。
それはつまり、状況次第では俺に投票しても構わないということだ。
彼は中立を装っている。
いや、本当に中立なのかもしれない。
判断するには情報が足りなかった。
残り時間、二分十一秒。
俺は改めて十二人を見渡した。
泣いている少年。
俺を疑う女子高校生。
特別権限を使った少女。
冷静なスーツの男。
怒りを抑えられない佐藤。
そして、議論を動かそうとする青年。
誰もが何かを考えている。
そのとき、俺は気づいた。
一人だけ、まだ一度も発言していない人間がいる。
部屋の隅。
壁にもたれていた、白いシャツの男だ。
年齢は三十歳くらい。
最初からそこにいたはずなのに、なぜか印象に残っていなかった。
俺は男に声をかけた。
「あなたは、誰に投票するんですか?」
男はゆっくり顔を上げた。
「決めている」
「誰に?」
男は俺を見た。
「君だ」
空気が凍りついた。
「理由を聞いても?」
「簡単なことだ」
男は淡々と答えた。
「君は、最初から自分が生き残ることより、ゲームの仕組みを理解することを優先している」
「それが悪いことですか?」
「いや」
男は首を横に振った。
「ただ、不自然だと思っただけだ」
「どうして?」
「普通の人間なら、まず自分の命を心配する。だが君は、誰が嘘をついているのか、どんなルールがあるのか、そればかり気にしている」
俺は言葉を失った。
確かに、そうかもしれない。
だが、それだけで運営側だと判断するのは早計だ。
「あなたは、俺が運営側だと思っているんですか?」
「そうは言っていない」
男は目を細めた。
「君が運営側でなくても、君を残すのは危険だと言っている」
その瞬間、俺は理解した。
彼は俺を疑っているのではない。
俺を危険な存在だと、全員に認識させようとしている。
理由はわからない。
しかし、この男は俺を脱落させたい。
その意図だけは、はっきりしていた。
残り時間、一分。
スピーカーから音声が流れた。
『投票を開始します』
十二人の腕輪が一斉に点灯した。
『投票先を選択してください』
目の前の画面に、十二人の番号が表示される。
俺は指を止めた。
ここで誰を選ぶべきか。
運営側の人間を探すべきか。
自分に投票すると宣言した人間を避けるべきか。
それとも、俺を危険だと主張した男を選ぶべきか。
どれも決定的な根拠がない。
俺は一度、画面から目を離した。
そして、少女を見た。
彼女はすでに投票を終えていた。
俺と目が合うと、口元だけで笑った。
まるで、俺が何を選ぶのか知っているかのように。
残り時間、三十秒。
俺は投票先を決めた。
その直後、モニターに文字が表示された。
『投票を締め切ります』
全員の腕輪が消灯した。
『集計結果を発表します』
部屋の空気が張り詰める。
『第一位――PLAYER 07』
俺だった。
『第二位――PLAYER 03』
俺を指名した女子高校生だった。
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
俺に投票すると宣言した人間が、なぜ二位に入っている?
彼女自身が俺に投票したのなら、俺の票が増えるのは当然だ。
だが、彼女にも複数の票が入っている。
誰が彼女を選んだ?
『特別権限の使用を確認しました』
少女の腕輪が再び点灯した。
『投票結果を変更します』
俺は息を止めた。
少女は、静かに目を閉じた。
『脱落者を発表します』
モニターが切り替わる。
そこに表示された番号を見て、俺は初めて、自分の推理が完全に外れていた可能性を考えた。
PLAYER 03。
女子高校生だった。
彼女は、驚いた様子を見せなかった。
ただ一度だけ、俺を見た。
そして、唇を動かした。
声は聞こえなかった。
それでも、俺にはわかった。
――ごめんね。
次の瞬間、彼女の腕輪が赤く点灯した。
『第一ゲーム、終了』
扉のロックが解除された。
誰も動かなかった。
彼女がどうなったのか、誰も尋ねなかった。
尋ねることが怖かったのだ。
俺は、彼女が座っていた椅子を見つめた。
そこには、小さな紙片が落ちていた。
いつからあったのかはわからない。
拾い上げると、裏面に文字が書かれていた。
「三番目に死ぬのは、あなたではない」
俺は紙片を握りしめた。
このゲームは、ただの多数決ではなかった。
最初から、誰かが結果を予測していた。
そして、その誰かは――。
俺が顔を上げたとき、白いシャツの男と目が合った。
男は、初めて笑った。
「ようやく気づいたか」
「……何に?」
男は答えなかった。
代わりに、次の部屋の扉を指さした。
扉の上には、新しい文字が浮かんでいた。
第二ゲーム――『囚人のジレンマ』
制限時間、三十分。
参加者、十一名。
そして、その下に小さく。
「前のゲームで、あなたたちは一人を殺した」
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第二話・終




