強面刑事と一番隊組長(3)
満島の自宅までは電車を乗り継いで四十分ほどだったが、その日は先生のヒールのかかとが取れて事務所まで戻ったり、人身事故があったり、道に迷ったりして、目的地に到着したのは警察が来る時間のほんの少し前だった。打ち合わせも何も出来やしない。
満島邸は世田谷にある、絵に描いたような豪邸だった。庭はさほど広くないが、近代的な白亜の建物は、口を開けて眺めたくなるような存在感だ。インターフォンを鳴らすと、満島の母親らしき女性が出迎えてくれた。建物内も広くて、玄関ホールだけで私の1LDKがすっぽり収まりそうだった。
「まあ、管野先生。ご足労いただいてありがとうございます。うちの息子は繊細なので、どうか守ってやってください。私も同席いたしますが、警察に恫喝でもされたら、どんなに怯えてしまうか……」
つり上がった目尻が満島にそっくりの、いかにも金持ちのマダムですといった装いの満島の母は、噂通りの過保護っぷりを発揮した。先生は横柄に頷くと、案内されて南東側のリビングに向かう。私は小市民らしくへこへこしながら、先生の後を追った。
キッチン、ダイニングから一続きになったそのリビングも、ただただ広い。そしてモデルルームのように綺麗に掃除されていた。使用人でも雇わなければ、このようにはいくまい。身の丈に合った生活で満足している私だが、こうしてお金持ちの生活を目の当たりにすると、やはり羨ましいかもしれない。
満島は、三人くらい寝られるのではないかと思われる特注らしきソファーの一角に、ぽつんと座っていた。マスクはしているが、手袋ははめていない。さすがに自分の家では、黴菌の恐怖に襲われないらしい。
「丈くん。管野先生をご案内したわよ。客間もあるのに、こっちで良いの?」
「うん。客間には昨日、父さんの取り巻きの、あの不潔な守銭奴みたいなおじさんが来ていただろう? 二週間は入りたくないね」
満島は父親の知人をウィルス扱いしてから、先生と私に着座を促した。重厚な木製テーブルの、自分の座っている側――の、一番端っこに。寝そべった人一人分くらいのパーソナルスペースを空けられる。守銭奴みたいなおじさんよりは待遇が良いが、やはり黴菌の媒介者と思われているのかもしれない。テーブルの反対側に座らせなかったのは、そちらには警察を座らせる予定なのだろう。
先生は堂々と、私は恐縮しながらソファーに腰掛けた。いきなり呼び出されたとはいえ、菓子折くらいは持ってくるべきだったのだろうか? 仕事の訪問なのでそんな必要はないのかもしれないが、手土産もなくこの空間に存在することが、無礼の極みのような気がしてきた。戦国時代なら、「無礼者」と首を刎ねられているかもしれない。
私の居たたまれなさを遮るように、インターフォンが鳴った。警察が来たのだ。満島の母親が一言断って、玄関に向かう。
戻ってくるまでに、随分時間がかかった。やがて母親に案内されて入ってきたのは、強面の中年刑事と、まだ学生みたいな顔をした色白の若い刑事だった。
警察は入るなり目に飛び込んできた異物に、面食らったようだった。二人とも、足を止める。
「あの、失礼ですが、そちらの方々は?」
先に正気に戻った若い方の刑事が、満島に尋ねる。視線が先生の胸元に釘付けになっている。中年の刑事は、苦虫をかみつぶしたような渋い顔で、こちらを睨んでいた。気難しそうだが味のある顔をしていて、いかにも叩き上げの苦労人といった印象だ。
「弁護士の管野恭香です。ちなみにこっちは、事務員の守永雅ちゃん」
満島に紹介される前に、先生は立ち上がって偉そうに自己紹介した。大きなバストの下で腕を組み、ふんぞり返る。そのポーズをすると胸が強調されるので、若い刑事だけでなく中堅刑事の視線も奪った。二人とも、フリーズしている。
刑事達が絶句したままなので、先生は片眉をつり上げた。
「私は自己紹介したわよ。そちらも名乗りなさい」
「失礼しました。警視庁捜査一課の本郷です」
「沖田です」
夢から覚めたような顔で警察手帳を示しながら、刑事達は名乗った。若い方の沖田刑事は、白い頬に朱を浮かべている。新撰組一番隊組長と同じ名字を持ちながら、温室育ちの学生のように初々しい。下手をすると、私より若いかもしれない。




