強面刑事と一番隊組長(4)
それより捜査一課ということは、満島の容疑はやはり殺人なのだ。ドラマみたいな展開に、私の鼓動は速くなった。
「申し訳ありませんが、席を外していただけますか? そちらの満島丈さんとお話しさせていただきたいので」
手帳を仕舞いながら、本郷が落ち着いた声でそう言った。強面なので恫喝でもされるかと思ったが、今時の刑事は教育が行き届いているらしく、腰が低い。
「断るわ」
「は?」
「断ると言ったの。私は弁護士よ、立ち会わせてもらう」
先生はふてぶてしい態度で、そう宣言した。刑事二人は、顔を見合わせる。目と目で数瞬会話したあと、若い方の沖田刑事が困ったような顔で言う。
「申し訳ありませんが、部外者の方に同席していただくわけには……」
「部外者じゃないわ。その子の弁護士よ。立ち会う権利があるわ」
満島を顎で指しながら言う先生に、本郷刑事が苦笑した。
「満島さんには、被疑者としてお話を伺うわけじゃありませんよ。まさか疑われる前から、あなたに依頼したわけじゃないでしょう?」
「守秘義務で、お答えできないわ。弁護士の立会いを拒絶したって事が後でばれたら、問題になるわよ?」
有象無象の対応には慣れているらしい本郷は、それでも黙った。
「違法捜査って事になれば、せっかく集めた証拠が水の泡になるわよ。そんなことくらい、当然知っているんでしょうね? まさか知らないの? 何なら電話で、上司に確認してもいいわよ」
先生はどうぞお好きにとでも言うように、両腕を広げてみせた。沖田刑事が胸ポケットから携帯を出そうとするのを、本郷刑事が制する。反論するには少しだけ知識不足で、電話で確認するには少しだけプライドが高いようだった。
聞いておけば良いのにと、私は思った。多分一から十まで、先生のはったりなのだ。
刑事達は先生に促されて、渋々とソファーに腰掛けた。何故この家に縁もゆかりもない先生が仕切っているのか。本郷が、キッチンでコーヒーを入れている満島の母に気づき、大きめの声で制する。
「お母さん、お気遣いなく。そういったものは、いただけないことになっていますので」
「でも……」
「ママは部屋で待っててよ。僕は大丈夫だから」
満島が、外見に似合わない呼称で母を呼び、リビングから下がらせた。かなり後ろ髪を引かれたようだったが、彼女はおとなしく従った。息子には絶対服従のようだ。心配が高じて、盗聴器でも仕掛けてどこかで聞いていそうな勢いだ。
母親の足音が完全に遠ざかってから、本郷が口を開いた。
「お時間取らせるのもご迷惑かと思いますので、さっそく本題に入らせていただきます。沖田、あれ出せ」
「はい」
沖田が鞄から慌ててタブレットを取り出し、満島に示した。二、三度画面に触れ、写真画像を映し出す。
「これは、あなたが描いたものですね?」
私はお尻でにじり寄り、それを覗き込む。先生の豊満ボディーが邪魔だが、何とか見える。例の満島の落書きだった。
「そうだ」
満島は、相手構わぬ偉そうな態度で、軽く頷いた。微かに眉をしかめている。警察なんていう下品な連中とは、口をききたくないと言っていたっけ。
「何故こんなものを描いたんですか? 何故あの場所に?」
「描きたいときに描きたいところで描きたいものを描く。それだけだ」
満島は、先生と私にしたのと同じ答を警察にした。もちろん本郷は、あっさり引き下がったりしない。
「あなたがこの絵を描いた家の床下に、男性の遺体が埋まっていたのはご存じですか?」
「らしいな。ニュースで見た」
「偶然だとおっしゃるんですか?」
「当たり前だ。そんなことは、僕は知らなかった」
けんもほろろだ。少しも動じた様子のない満島に、本郷は少し顎を引いた。それでも果敢に、質問を重ねる。
「今までこういった空き家に、落書きをしたことは?」
「ないな」
「空き家に限らず、落書き自体したことはないと」
「ない」
話がまったく膨らまない。しかし本郷はくじける様子もなく、沖田に指示して、次の画像を表示させた。
「この絵を描いたのも、あなたですか?」
思いも寄らない質問をする。満島が他にも落書きしていたのかと覗き込むと、それは画用紙に描かれた絵だった。かなり汚れていて、波打っている。四つに折りたたんだ線には、茶色の色素沈着が起きていた。土に埋まっていたものを、掘り起こしたみたいだった。しかも、相当古そうだ。満島が好んで使う墨汁の輪郭と、それを埋める色彩は色鉛筆によるものに見えた。かなり稚拙で、たとえ手慰みの落書きだったとしても、現在の彼の作品とはほど遠い。
満島は軽く息を飲んで、黙った。驚いている。それは私が初めて見る、満島の常人らしい表情だった。




