仏陀の肖像(1)
その日の仕事終わりに、ミーハーな私は目黒区にある問題の空き家に行ってみた。駅からは十分ほど歩いたが、残業のない暇な仕事のおかげで、六時過ぎには現場に着いていた。一年で最も日の長い初夏なので、外はまだ明るい。
古い二階建ての日本家屋は、古民家というには粗末だった。おそらく昭和の中期に建てられたろう趣のないごく普通の木造建築で、かなり傷んでいる。いつから人が住んでいないのか知らないが、外観だけでも一見して廃れていた。庭には雑草が繁茂していて、奥まで見通せない。
カーテンと雨戸で、建物の中の様子は窺い知れなかった。その木製の雨戸の一つに、満島の『落書き』が描かれていた。
こうして生で見てみると、それはやはり素晴らしい芸術作品だった。有名画家が描いたという先入観からだけの感想ではない。荒々しいタッチの中に、時折混じる繊細な毛筆の柔らかさが心を掴む。そこには確かに、流れる空気とストーリーがあった。右腕を下に、お釈迦様は寝そべっていた。涅槃図だと満島が言っていたので、それはお釈迦様で間違いない。美しく浮かんだ蓮の花を背景に、質素な衣を身に纏い、螺髪に眉間の印(ネットで調べたところ、白毫相と言うそうだ)を持つ男が微睡んでいる。彼は微笑んでいた。あらゆる感情を昇華した半眼と、口元のアルカイックスマイルに、とてつもない慈悲を感じる。
濃淡のない墨汁だけでこれだけの表現ができる満島は、やはり天才と呼ぶに相応しい才能の持ち主だった。しかも彼は、これを一晩で描き上げたという。並大抵の集中力ではない。月明かりだけを頼りに、満島は一心不乱に仏を描いた。それはある意味、修行のような行為だったのかもしれない。
人の気配がして、振り向く。若い女の子二人が、後方一メートルの距離できゃあきゃあと騒いでいた。
「あれ、ジョー・ミツシマが描いたらしいよ。やばくない?」
「写真撮って、インスタに上げようよ」
二人は自撮り棒を取り出し、身体を寄せて決め顔を作る。さすがに敷地内に入るような暴挙には出なかったが、こんなものがインスタグラムにアップされたら、本当に問題になるかもしれない。というか、どこから噂が広まったのだろう。満島が落書きしたのは三日前だ。本人が言いふらしたわけでもあるまい。
注意しようかとも思ったが、部外者の私にその権利がないことに気づいた。結局撮影を終えた女子二人が笑いながら去って行くのを、指を咥えて見ただけで、私は何だか疲労を感じて帰ることにした。写真を撮る目的で来たのだが、その気もなくなる。




