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夢(2)

 狭い日本家屋だった。柱から床から天井から、全て木でできていて昭和の匂いがした。三和土の上に裸足で立っていた私は、律儀にスリッパを履き、目の前の踏み板の狭い木製の階段を登ることにする。階段の上り口の脇には、これまた木製の棚があり、黒電話が載っている。ギシギシと音を立てて上った先には短い廊下があり、右手に一部屋、左手に一部屋あるようだ。誘われるように右手の扉を開けると、そこは寝室だった。

 酷く散らかった部屋の、真ん中に置かれたセミダブルのベッドの上で、二つの影が跳ね起きた。中年の女性と、思春期の少年。

私は何故か妙に落ち着いた気持ちで、二人をしげしげと観察した。小さな顔に大きなつり目の、猫に良く似たコケティッシュな顔と、太い眉の凜々しい若者。シーツと毛布で身体を覆った二人は、一様に驚いた顔をしていた。情事の現場に乱入した身としては、慌てて謝罪して逃げ帰った方がいいのかもしれない。

「あなた……」

 乱れ髪の女性――紅子は、私を通り越して、背後の廊下を凝視した。振り返ってみる。私のすぐ後ろ、短い廊下のこちら側に、冴えないおじさんが立っていた。呆けた顔をしていた男は、みるみる顔を真っ赤にして叫んだ。相当泥酔しているようで、ろれつがあやしい。

「お前、満島のところのガキだな!」

 慌てて学生ズボンを穿いた若き満島の父が、鞄を抱えてすり抜けようとするのを男は遮る。

「近所中に言いふらしてやるぞ、お前の将来をめちゃくちゃにしてやる」

「ちょっと、やめてよ」

 裸の紅子が、止めに入る。

 短い廊下の上で、揉み合う三人。私は何故か、妙に落ち着いた気持ちでそれをしげしげと観察した。この修羅場の顛末は、もう知っている。慌てることはない。

 あっ! と、声がした。少年が突き落としたように見えた。紅子の夫蓑田は、階段の上で二、三度宙を掻き、後頭部から真っ逆さまに落下した。階段下の木の棚に頭をぶつけ、派手な音がする。反動で黒電話が落ち、一拍遅れてガシャンと鳴った。

 階段の下には、老人がいた。初めて見る顔だが、発田玄治だと直感的に分かった。発田は呆然とする満島父と紅子を見つめ、ニヤリと笑った。

「見たぞ」

 お釈迦様とはほど遠い、俗物の笑い顔だった。

「見たぞ」

 息を呑む音が聞こえた。見上げる発田のすぐ脇に、口元を押さえて後ずさる華がいた。発田は何故か、気づいていない。発田の目は真っ直ぐに、驚いたまま時が止まった階段上の二人を見つめている。フラッシュモブのように、その姿勢のまま固まっている。

 ガタガタと震える華だけがリアルだった。そして彼女を後ろから抱きしめた、マッチ棒みたいに細長い満島だけが。

「しっ! 華、黙って。これを食べるんだ。好物だろう?」

 満島は背後から回した手で、華の口に何かを含ませる。かさりとそれを包んでいた乳白色の薄い紙が落ちる。紙には細かくペコちゃんが散りばめられている。ミルキーだ。

ミルキーを飲み込んだ華は、涙を流していた。涙を流したまま、ガタガタと震える。薄く開いた口元から、葉っぱのついたツタのようなものが天井に向かって伸びてくる。その植物は華の身体を侵食し、鼻や眼窩からも這い出し、やがて家中を覆い尽くすように増殖し始めた。満島も、発田も、紅子も、満島父も絡め取られる。私はここで初めて、危険を感じた。逃げるために足を上げようとすると、ツタが絡まっている。腰にも、腕にも。身動きが取れない。苦しい。

 悲鳴――。



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