奇人VS変人(3)
ドアベルを派手に鳴らして入ってきた先生は、いつもどおり胸元のざっくり開いた深紅のカットソーに、身体ぴったりの黒いミニスカスーツを着ていた。
管野先生には、一言では語り尽くせないインパクトがある。まず美人である。いや、美人と言わざるを得ない圧がある。四十代で一児の母、濃いメイクに宝塚の娘役のような巻髪をしている。衣装は常にハイブランドで、海外のリーガルドラマの主人公のようなセレブ感を放出している。背が高いくせにハイヒールを履いているので、威圧感が増していた。ぱっと見の年齢は不詳である。それだけでも日本人としては浮いているのだが、先生の特徴はそれだけではなかった。
先生を見た人の一〇人中九・五人くらいは、まずその胸に視線が行く。胸。そう、いわゆる巨乳である。管野先生は、胸が大きかった。痩せてはいないが太ってもいないので、純粋に胸だけが大きい。私の入手した情報によると、Fカップあるそうだ。その大きな胸を強調するように、常に胸の谷間を大きく露出したカットソーと、体にぴったりのジャケットを着ていた。
私はパーテーションの陰でタブレット端末を示しながら、そんな濃いキャラクターの先生に経緯を説明する。先生は一通り話を聞いたあと、偉そうに一つ頷くと、満を持して応接スペースに足を踏み入れた。
何の挨拶もせず、変人の先生は客人とは反対側のソファーにどっかりと腰をかける。奇人の客人も、特に何の挨拶もしないで座ったままだった。一秒だけ先生の胸元に、サングラスの奥の視線を向ける。奇人とはいえ、正常な男子の欲求はあるのだなと、私は何故か安心した。
変人対奇人の無言の睨み合いは十秒ほど続き、先に先生が口を開いた。
「あなた、室内ではサングラスくらい取りなさいよ。人として」
先生にだけは言われたくない、一般人としてのダメ出しをする。男は無言のまま、サングラスを外した。
「あ、ジョー・ミツシマ!」
露わになった細いつり目を見て、私は声を上げた。正確には、ゴルゴ十三みたいに凜々しい眉の間の、特徴的なホクロを見て。慌てて口を塞いだが、先生とジョーに睨まれる。有名人を間近に見るのは初めてなので、勘弁して欲しい。
「画家の満島丈さんね。さっきそこの事務員が、細々した経緯を説明してくれたけど、肝心の依頼人の名前は聞いていなかったみたいね。きちんと仕事をするように、あとで教育的指導を入れておくわ」
私は先生の脇に立ったまま、ダラダラと冷や汗をかいた。満島の奇人っぷりに、名前を聞くという、もっとも基本的な情報収集を失念していた。言い訳できないミスだ。それにしても、こんな著名人に気づかないとは、私の観察眼もたいしたことはない。
自己紹介されるまでもなく、ジョー・ミツシマこと満島丈の個人情報は概ね頭に入っていた。友人が彼の絵のファンで、散々蘊蓄を聞かされたからだ。彼は日本を代表する、有名な画家だった。
日本画の大家である祖父の影響を受けて、幼い頃から絵画の英才教育を受けた彼は、高校時代にニューヨークで開いた個展で注目を集め、二十代にして画家として名が知られていた。その絵には相当な価値がつくという。ちなみに母は書道家で、父は銀行の元頭取で現会長というセレブだった。噂では、相当甘やかされて育ったようだ。
変人っぷりも有名で、彼のファンだというハリウッドセレブが来日した際、約束の時間に現れずに騒動になった。そのうえ、「時間を守りたくないから画家になったんだ。時間を守らせようとした先方が悪い」との暴言を吐き、炎上した過去を持つ。ちなみにその暴挙を笑って許したオスカー俳優は好感度を上げ、結果的にジョー・ミツシマの名前は世界的に有名になった。
彼の『落書き』のクオリティの高さも、今となっては合点がいく。満島の作風は墨汁で荒々しく輪郭を書き、その間にビビッドな色合いを配置するのが特徴だった。落書きにも、その片鱗がある。
先生はふんぞり返っていた姿勢から前屈みになり、満島の顔を覗き込んだ。胸の谷間が強調され、満島の視線が釘付けになる。先生の巨乳は、奇人にも効果を発揮するようである。




