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「不潔な守銭奴みたいなおじさん」のハナシ(2)

「最近、死体が掘り起こされた家があっただろう?」

 ドキリとした。やはり、今回調べている事件に繋がっている。盲点だったが、やっぱり満島の父が発田を殺した……と話し出すのかと思いきや、男の話は私の描いた軌道を逸れ始めた。

「あの家には元々、紅子という女が住んでいた。この女がとんでもない尻軽で、男を虜にする天賦の才を持っていた。ひとたび自分のお眼鏡にかなえば、子供だろうと老人だろうと、平気で誘惑する」

 またしても、紅子さんの登場だ。よほどインパクトが強かったらしく、聞く人聞く人彼女の話をする。

男は他人の醜聞を好んで話す人特有の、歪んだ笑みを口元に滲ませながら、話を続けた。

「俺と満島が高校生だったころ、紅子は確か四十かそこらだったはずだが、町内会で顔を合わせる満島のことを誘惑しだした」

「満島さんは紅子さんのお眼鏡にかない、あなたはかなわなかったっていう事ね?」

 先生は、いちいち神経を逆撫でるようなことを言う。男は忌々しそうに舌打ちした。

「俺のほうが、四十のばばあなんか眼中になかったんだよ。だが満島は、紅子の色目にあっさりと引っかかった。十五、六のガキが、四十のばばあにだぞ? あいつのことを変態だと言ったのは、そういう意味さ。とにかくあいつは、紅子の家に入り浸った。せっかく有名な進学校に入ったのに、放課後の貴重な時間を、あの家で紅子と情事に耽るために浪費した。一時成績が下がったくらいだからな。優等生の転落というやつだな」

 その話が本当なら、満島父は息子同様、思春期の一時期あの家に通い詰めていたことになる。因縁を感じた。

 先生は私とは対照的に、なんの感慨も声に上らせなかった。

「それを満島さんは、あなたにだけ打ち明けたのね」

「そうだ。情事の自慢をしたがる、男とはそういう生き物だ。しかしあいつは、聖人君子を標榜していたからな。とても浅い付き合いの者に吹いて回るような性格じゃない。俺とは昔なじみで気心も知れていたから、話しやすかったんだろう」

 そんな心を開いた相手に、このように陰で悪し様に言われているとは。私は満島の父親に同情したくなった。もっとも情事の自慢をする相手が、大事な親友だとも思わないが。

「変態は分かったけど、それがどうして人殺しに繋がるの?」

 先生は悪口に終始しそうな話を、軌道修正した。先生に会話をコントロールされていることに気づいていない男は、我に返ったような顔をして横道から戻ってきた。緩い風が向きを変えるたびに、酒臭い息が鼻腔に届いて不快だ。

「紅子には亭主がいてな。蓑田という男だ。五十過ぎのボンクラで、紅子の浮気を知りながら、見て見ぬふりをしていた。そのくせ酔っては、メソメソと泣き言を言う。子供も作らず紅子に尽くしているのに、紅子は他の男に色目を使ってばかりいる。その愚痴をこぼすんだな。その日は平日で、満島はいつものように紅子の家に入り浸っていた。いつもは蓑田の帰宅する時間までには家に帰るんだが、その日はいつもより興が乗ったんだろうな。蓑田が一杯引っかけて帰ってきたとき、まだ紅子の寝室でぐずぐずしていた」

 男はまるで、見てきたような事を言った。私は満島の父が、そんな細部まで語ったとは思えなかったのだが、口を挟むのは控えた。とりあえず一通り話させるのが賢明だ。先生も黙って聞いている。

「酔っ払って帰ってきた蓑田は、二階の紅子の寝室で、裸で抱き合っている紅子と満島を見つけたんだ。当然口論になり、蓑田と満島は揉める。満島は将来有望な若者だ。蓑田は何もかもぶちまけて、満島の人生をめちゃくちゃにしてやるとでも罵ったんだろうな。激昂した満島は、階段から蓑田を突き落として殺した」

「…………」

 無言で男を見つめる先生と私の視線に胡乱なものを感じたのか、男は黙った。脚色が過ぎていることに、自分でも気づいているのだろう。信憑性はほとんどないとみた。それでも男は、めげずに続ける。

「表向き蓑田は、酔ったあげく階段を踏み外した事故で死んだことになっている。だが、それを通報したのは紅子だ。そのとき建物内には、蓑田と紅子しかいなかったと証言したのも紅子だ。しかし俺は、満島がそこにいたのを知っている。俺はたまたま用があって、その日の七時に満島に電話しているんだ。やつは出なかった。紅子の家に行っていたのは、確実だ。風邪で寝ていたと本人も家族も言っているが、嘘に決まっている」

 先生はしらけた顔で男を見つめ、たっぷり三十秒は溜めてから、

「で?」

 と言った。

「なに?」

 気色ばむというより、本当に意味が分からなかったらしく、男は聞き返した。

「だったら、どうだっていうの?」

「何だと? 満島は殺人犯だぞ。俺がこのことを警察に喋ったら、あいつは終わりだ」

 男はムキになったように言い募った。先生は肩に落ちた、工芸品のような巻髪を弾く。馬鹿にしたように、鼻で笑った。

「終わっているのは、あなたの方よ。今の話は、まったくのあなたの憶測でしょう? いいとこ七時に、満島さんが電話に出なかった事実が証明できるだけよ。何の証拠にもなりゃしない。よしんばその話が真実だったとして、改正前の刑事訴訟法では、とっくの昔に時効になっているのよ。今更逮捕も何もあったものじゃない。

それに引き換え、あなたの方はどう? あなたの恐喝罪は現在進行形で証拠もあるわ。今の話を公にしたら、不利になるのはあなたの方なのよ」

 噛んで含めるように言う。酔っ払いの頭では、先生の話を理解しきれないようで、男はなおもブツブツ呟く。

「時効がどうした。たとえ捕まらなくたって、あいつはご立派な地元の名士だ。こんな話がばれたら、社会的に抹殺される」

「分かってないわねえ。そもそも紅子さんとの関係だって、あなたしか知らない事実でしょう? そんな少年時代のやんちゃも含め、頭のおかしい幼馴染みの妄想だととぼけられたらそれでおしまいよ。金に困っている昔の同級生が根も葉もない言いがかりをつけてきたけど、哀れになって金を恵んでやったと反撃されたら、満島さんは評判を落とすどころか、好感度をアップするでしょうね」

「…………」

「それに対して、そんな噂を流したあなたはどうなると思う? 名誉毀損に恐喝罪。執行猶予がついて刑務所に入らなくて済んだとしても、もうそんな高いお酒は二度と飲めないでしょうね。私があなただったら、そんな勝ち目のない戦はしないわね。黙っている代わりに、それとなく仄めかして成功者のお零れに預かるわ。そういうのを、Win―Winの関係と言うのよ」

 いや、そういうのはWin―Winの関係とは言わないと思うが。先生の屁理屈で男が引き下がるとは思わなかったが、意外にも男は忌々しそうに押し黙った。煙に巻かれたせいで、攻撃の矛先をどこに向けてよいか見失ったらしい。

そして不自由な足を引きずりながら、男はよたよたと歩き去って行った。


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