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初恋物語(2)

 先生の属性を具現化したような真っ赤なポルシェを、満島邸前の勾配のきつい坂道に停める。インターフォンを鳴らすと、満島本人が出た。父親は来客中で、母親は仕事で外出中なのだという。広い玄関ホールで出迎えた彼は、寝起きのようで不機嫌そうだった。パジャマ姿のまま、腕を組んでにこりともしない。ハリウッドセレブを待たせたくらいの人物だ。先生に予定を会わせるなど、本意ではなかったのだろう。

「昨日は三時まで創作していたんだ。勝手に時間を決められては困る」

「それでもあなたは会ってくれてるのね。よほど、魔法(、、)の(、)言葉(、、)が聞いたみたいね」

 私は先生を、マジマジと見つめた。二時間かけた化粧に隙はないが、いつもの尊大な態度の先生である。その横顔に、人外のものの放つ魔性が見える。前々から魔女みたいな外見をしているとは思っていたが、ついに呪文を使い出したか。

 満島はどことなくバツの悪そうな顔をして、この前のダイニングに案内してくれた。この前のソファーの、この前と同じ場所に座ると、何故か私にコーヒーを入れるように指示した。メイド扱いである。

「それで何が聞きたいんだ?」

「事件の全貌、余すことなく全てよ。私に依頼したからには、隠し事は無しよ」

「…………」

 満島が何も教えてくれないので、私は広いキッチンの抽出という抽出を開けたあげく、やっとコーヒー豆を見つけた。挽いてある状態だったので安堵し、高そうなコーヒーメーカーを、勘だけでセットしてコーヒーを入れる。落としている間にも、二人の会話に聞き耳を立てることは忘れなかった。

「あなたはこの前、私に嘘は言わなかった。だけど慎重に、ある事実を隠したわね。あなたは発田さんの家で、絵を描いていたと言った。だけど発田さんと二人きりでとは言わなかった。そこにはもう一人登場人物がいたのよ」

 耳をダンボにしながら、私は三つ淹れたコーヒーを慎重に運ぶ。私がサーブする姿を見て、先生が眉をしかめた。

「ちょっと、雅ちゃん。それ、バットじゃないの」

「え? お洒落なシルバーのお盆かと思った」

「まったく、庶民ねえ」

 呆れながらも、差し出したコーヒーを口元に運ぶ。温度を確かめるという当たり前のことができない先生は、それでも唇に当てた瞬間に高温であることを悟ったのか、飲まずにカップをソーサーに戻した。

それから、イライラと話を戻す。

「ちょっと、どこまで話したか忘れちゃったじゃない」

 戻しどころを、見失ったらしい。

「もう一人登場人物がいたというあたりから」

「そうそう。別にもったいぶることじゃないわ。雅ちゃんですら、察していたくらいだから。あの場には、隣のお宅の館脇華ちゃんがいたのね?」

 満島は、慎重に頷く。

「あなたはなんで、それを隠してたの? 華ちゃんが発田さんを殺したわけでもあるまいし」

 先生はわざと刺激的な台詞で、満島を挑発した。私はハッとして先生を見つめる。昨日華の祖父も、彼女が発田の家に出入りしていたことを隠していた。しかしだからといって、彼女が発田さんを殺した可能性など、私は考えもしなかった。

「馬鹿なことを言うな。華はあの時まだ小学生だった。何度も言うが発田のじいさんは病死で埋めたのは僕だ。じいさんはずっと肝臓を患っていた。華は事件に関係がないから話さなかっただけだ」

 満島は顔中で不快感を表現して、きつい言葉で先生を詰った。今日はマスクをしていないので、表情が良く分かる。華のことを隠していたことを、あっさり認めた発言だった。

「発田さんが亡くなった時期も、華ちゃんはあの家に出入りしてたの? ――嘘はつかないでよ」

「……時期という意味では出入りしていた。ただ発田のじいさんが倒れたのを発見した日についていえば僕の方が早くあの家に着いていた。月曜だけは華の母親がパートの遅番で、近所の祖父母の家で晩ご飯を食べてから華は発田の家に来ていたんだ」

 満島は、これ以上話したくないとばかりに、腕と足を組んで拒絶を表現した。先生はもちろん、追及を止めない。相手が嫌がっていようと、いや、嫌がれば嫌がるほど、追い詰めるタイプだ。

「あなたと華ちゃんは、いつ頃から発田さんの家に出入りしだしたの?」

「一緒に出入りしていたわけではない。元々は華の方が発田のじいさんのうちに入り浸っていたんだ。じいさんの妻の紅子とかいうばあさんが亡くなった日から、彼女の霊が華の枕元に現れるようになったというのだな。――華に霊感があることは?」

「本人に聞いたわ。あなたにも、発田さんが憑いているらしいわよ」

 先生がからかうように言った。満島は小さく笑う。思いのほか、柔らかい微笑だった。我が子のいたずらを優しく許す、父親のような顔に見えた。

「そうか。とにかく紅子ばあさんの幽霊に発田のじいさんを頼むといわれたらしいんだな、華は。発田のじいさんも華のことは可愛がってて、家族が帰ってくるまでの間華はこっそり発田の家に出入りしていたらしい」

「そして途中参戦したあなたは、彼女に恋をしてしまったわけね」

 断言する先生に、言われた満島ではなく私がドキリとした。満島はと見てみると、動揺したようにソワソワしだしていた。失笑してみせるが、上手くごまかせていない。私は今朝方見た、満島の描く裸婦像を思い出していた。豊満な姿態から大人の女性と思っていたが、顔だけとってみればどことなく華に似ていた。



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