嘘つき多い問題(2)
「あの子、嘘ついてたわね」
つまらなそうに言った。口にものを入れたまま喋るとはお行儀がよくない。本当にお育ちが良いのか疑いたくなる。それはさておき、私は先生の差別的な発言に抗議する。
「でも華さんには、本当に見えているのかもしれないじゃないですか。何か精神的な疾患があって、幻覚が見えているのかもしれないし。霊感がある人の、十人が十人嘘つきって事もないと思いますよ」
「そうじゃない」
先生は、私の非難を遮った。
「あの子、満島くんのこと知らないって言ったでしょう? そのくせ彼のことを『丈くん』って呼んだ。よく知らない人間のことを、はたして下の名前で呼ぶかしら?」
「そう言われてみれば……」
「あれは普段そう呼んでいたから、とっさに口をついて出ちゃったのよ。華ちゃんは、満島くんのことを知っている。二人の年齢差から考えると、学校で馴染みがあったとも考えにくい。ご近所だから多少の付き合いがあったのかもしれないけど、だったらそう言ってたと思うし、家族が知らないはずはないじゃないの。華ちゃんが知らないって答えたときに、私は逆に、二人は意外と親しかったんじゃないかと思ったのよ」
先生は、だし巻き卵を注文しながら、私に問題を出した。
「自宅から学校まで車で送迎されていた中学生の満島君と、ほとんど引きこもりの小学生の華ちゃん。さて、二人はどこで知り合ったでしょうか?」
「ネットとか、SNSとかですか?」
「そういうコミュニケーションツールを、満島君が使うと思う?」
そのイメージはない。鈍い私に、先生はヒントを出す。
「そこで、館脇のおじいさまの話につながるのよ。おじいさまは華ちゃんが、ずっと自宅にいて、本を読んだり絵を描いたりしていたと言った。だけど、あれは嘘ね。雅ちゃんも気づいてたみたいだけど」
「あ、最後のあれって、やっぱりそうですよね? 何を隠したのかなって気になったんですけど」
「おじいさまは可愛い孫娘が、少しでも事件に関わっていると知られたくなかったのよ」
そこまで聞けば、さすがの私にもピンときた。
「要するに華さんは、当時発田さんの家に出入りしていたってことですか?」
「おそらくね。どういう経緯か知らないけど、家も隣同士だし、裏口からなら人目につかず出入りすることもできる。満島君と華ちゃんが親しくなったとしたら、発田の家で知り合ったんじゃないかと思ったのよ」
「でも満島さんは、何も言っていませんでしたよ」
事件に関係ないから、その情報を省略したのだろうか? そもそも、満島と華が、真実発田の家で知り合ったとして、その時期や期間がどれくらいだったのかは不明である。満島のほうは中学三年生の一時期であることは分かっているが、華はいつからいつまで発田家に出入りしていたのだろうか? もしかしたら数回顔を合わせた程度の仲で、語るに値しない薄い関係だったのかもしれない。
私はそこで、一番気になっていたことを聞いてみる。
「発田さんを殺してないけど埋めたって、満島さんの言葉信じます?」
先生は出された出し巻き卵を受け取りながら、「まあね、一応」と言った。
「満島君は、保身のために嘘をつくタイプじゃないでしょうから。だけど人間が嘘をつく理由なんて、それこそ幾通りもあるわ。断言はできない」
「発田さんの身内を名乗る、謎のおじさんも気になりますしね」
「雅ちゃんが会ったっていう、八雲さんは何歳くらいの人だったの?」
「え? まさかその男が、八雲さんだっていうんですか? 違うと思いますよ。八雲さん、良い人そうだったもん」
「それは、雅ちゃんの個人的な印象でしょう?」
先生は基本的に、私の直感を当てにしない。なんだか軽く傷ついたが、偏見を捨てて事実だけを述べることにする。
「五十歳くらいに見えましたけど。白髪まじりだったんで。でも十五年前に八十歳で紅子さんが亡くなってるから、紅子さんは生きていれば九十五歳。そのお子さんが七十歳くらいと仮定すると、その子供だから実際は四十半ばくらいですかね? 十三年前は三十代だから、華さんの会ったおじさんじゃない気がするな」
「八雲さんのお父さんだったとしたら?」
「ああ、なるほど。だとしたらギリ合致しますけど、発田さんの身内を名乗る理由が分かりませんね。殺害の動機となると、なお分からないし」
紅子の死後二年経ってから、内縁の夫を殺す理由が分からない。あの家に住むつもりだったら邪魔だったろうけど、八雲の父は北海道在住なのだ。追い出してから住もうと思っていたが誤って殺してしまい、住みたくなくなったというのも間抜けだ。身内を偽装して挨拶に来たのなら、計画的犯行だったのだろうし。
今日は情報のインプットが多すぎて、整理しきれていない。私は明日、自分なりに情報をまとめてみようと思った。厳密にいえば仕事ではないので無駄骨なのだが、暇な事務所なのでそれをする時間は十分にある。先生は例の、マスカラとアイラインで縁取られた真っ黒な瞳で虚空を見つめ、ぼんやりと言った。
「いずれにせよ、満島君にはもう少し話を聞かなきゃね」
それきり話は終わったとばかりに、お茶を啜ってから席を立った。私は貧乏くさく皿に残ったガリをお茶で流し込んでから、後を追った。
私のお寿司代もおごってくれた先生は、事務所への帰り道でも、ずっと無言のままだった。




