妖婦・紅子(1)
お祖父さんはやっぱりインド系の顔をした、赤ら顔の老人だった。圭吾がいうことを信じるなら、この人も陽性で人が悪いことになる。
お祖父さんは縁側に置かれた安楽椅子に座り、しきりに足を撫でていた。先生の姿を認めると、遠慮なく大きなバストを視線で撫で回す。
胸に注目されることに慣れている先生はそれをスルーし、軽い挨拶の後、早速隣に住んでいたおばあさんの話から質問を始めた。そこから始めるとなると、だいぶ長い道のりになりそうだ。
「隣に住んでいたのは紅子という女で、死んだばあさんは妖婦だ毒婦だと陰口を叩いておったが、腹黒いところのない清々しいほどの奔放な女だった。とんでもないあばずれだったが、なんとも言えない愛嬌と色気があって、ここらに住む男どもは、老いも若きも皆紅子のことを好いとった。かくいうわしも……ゴホン」
お祖父さんは昭和風に失言を咳払いでごまかすと、痛い足を引きずりながら壁面の書棚に向かった。大ぶりのアルバムを選んで開く。きちんと収まりきれずに挟んであった写真が、パラパラと落ちた。
お祖父さんが特に気にせず別の写真を物色しているので、私が散らばったそれらを拾い集める羽目になった。手に取って見てみると、ほとんどが家族のスナップ写真だ。ごく普通の家庭の、ごく普通の思い出。そのうちの大ぶりな一枚に、目がとまる。目の前のお祖父さんも含め、おそらく全員が写っている家族写真だ。小学生くらいの華、中学生くらいの圭吾、父、母、祖父母が笑顔で写っているその写真は、ちょうど事件のあった頃のものと思われた。
圭吾の家族評そのままの表情で、家族は写っていた。男性陣は皆インド系の顔をしていて、陽気に笑っている。お祖母さんも濃い目の顔だが、表情が乏しい。そして不安そうに表情を硬くする華と、困った顔で作り笑いしている彼女の母親が居心地悪そうに収まっていた。華の母親は、華に面差しが良く似ていた。日本人らしい薄い顔。体型だけは華と違って、女性らしくメリハリがある。くびれたウエストと、先生ほどではないが大きな胸。私がじっと見入っていると、いつの間にか先生が背後に立ち、肩越しに覗き込んでいた。特に感想は言わない。ただ手持ち無沙汰なのかもしれない。
やがてお祖父さんが、「あった、あった」と小さなアルバムを選んで見せてくれた。最後のページにバラで挟んであった写真のうちの一枚を取り出して示す。かろうじてカラーだったが、解像度の低い時代を感じさせる写真だった。どんな経緯で撮られたのか不明だが、ブロマイドみたいなそれに写っていたのは、若い女の人だった。
華のある、綺麗な人だった。綺麗というか、可愛い。凹凸の少ない東洋人らしい小さな丸顔に、目だけが大きく吊り気味で、日本猫を思わせる。童顔なのに強い顔。コケティッシュとでも表現するのだろうか? 人を惹きつける不思議な魅力があった。これが噂の紅子さんか。発田が一緒に眠りたいと執着した理由も頷ける。
「紅子が隣に建った家に越してきたのは、二十そこそこのことだった。わしはその頃まだ洟垂れだったが、冴えない中年男と紅子が挨拶に来たときは、胸が躍ったもんだ。紅子の亭主であるその平凡な男は、蓑田という三十過ぎのつまらん会社員で、水商売をしていた紅子を身請けしたという噂だった。風采が上がらず大した稼ぎもない男だったが、実家が東北の金持ちで、紅子に請われてこの一等地に一軒家を建てたらしい。完全に尻に敷かれていてな。仕事も家事もしない紅子に、給料全てつぎ込んで贅沢をさせていた。もちろん紅子は、そんなつまらん男で満足する女じゃない。近所のめぼしい金持ちや、学生や、外人と遊び歩いて、その度にトラブルを起こしとった。三十手前のときなんかは、他に好きな男ができたと言って、二、三年帰ってこなかったこともある。なんでもその男の子供を生んで、北海道で所帯を持ったという噂だった」
その子供というのは多分、八雲の父のことだ。そして結局、その時の旦那にも恨まれていない。紅子は噂に違わぬ奔放な女性だったようだが、何をしても許されてしまう天部の才能も授かっていたようだ。
「でも結局、紅子に文句も言わず贅沢三昧させてくれるのは蓑田だけだった。紅子は三十三で出戻って、またうちの隣で好き放題やりはじめた。四十になっても男遊びは止まず、自分に甘えはするが決して愛情を返さない紅子に蓑田は苦しみ、酒浸りになり、結局泥酔した状態で自宅の階段を踏み外して死んだ。哀れな末路だった」
お祖父さんはしみじみと言った。未だに紅子の写真を大事にしている彼は、彼女に入れ込んで身を滅ぼした男の末路をなぞることで、道を踏み外さなくて良かったと内心安堵しているようだった。




