霊感少女(2)
満島家のものとは比べるべくもない庶民的なダイニングで、館脇圭吾と名乗る三十歳前後とおぼしき男性が、麦茶を入れて出してくれた。聞けば介護職で、今日は夜勤明けで休みなのだという。お休み中お邪魔をしてしまったことに、私は恐縮した。しかしインド人みたいに陽性の顔をした男性は、先生の胸をしばし注視したあと、むしろ積極的に情報提供してくれた。
「隣の事件でしょう? いやあ、びっくりしましたよ。警察も何度も訪ねてきて。僕も色々聞かれました。犯人扱いされたので、ヒヤヒヤしましたよ」
話したくてウズウズしていたようだ。ガタイの良いスポーツマンタイプなのに、随分おしゃべりな人だった。
「警察と質問がかぶってごめんなさいだけど、事件のことで何かご存じ? 例えば、被害者の身元とか」
先生が、プラスチックのコップに入った麦茶を飲みながら聞いた。ハイブランドのワンピースと庶民的な飲み物のギャップが、違和感ありありである。
「知ってますよ。発田のじいさんでしょう? 発田玄治さん。昔隣に住んでました。引っ越したとばっかり思ってたのに、なんで家の床下に埋まっていたんだろうな」
先生と私は、思わず顔を見合わせる。
「あの、それって確かなんですか?」
こんなにあっさり被害者情報が聞き出せると思っていなかった私は、思わず確認した。満島の話から、埋まっていたのが発田のじいさんであることは確実だったが、まさか隣人からその名前が出るとは思っていなかったのだ。ニュースにもなっていないし、警察も被害者の名前などは言っていなかった。圭吾は、頷いて顔をしかめる。
「十三年くらい前から姿を見ていないので、多分間違いないですよ。警察に聞かれたときも、そう答えました。素性の怪しい飲んだくれの偏屈じじいでね。引っ越すって聞いた時は、赤飯炊こうかって言ったくらいですから」
「引っ越す?」
私が聞きとがめると、圭吾はゴシップ好きな専業主婦みたいな顔で、身を乗り出す。
「十三年前に、発田の息子だっていう男が突然訪ねてきたんです。発田のじいさんを引き取るから挨拶に来たって。じいさんの身内とは思えないちゃんとした人で、高そうな手土産を持って挨拶に来たんで、すっかり信じていました。たぶんそいつが犯人だったんだろうな。発田のじいさんとの関係は分からないけど、身内っていうのは嘘でしょうね」
身内の男性? 私は反射的に八雲を思い出したが、八雲は「発田のじいさん」の身内ではない。彼は隣の家の所有者だった、肉食系おばあさんの孫だ。そう、その謎も解かなければ。
「隣の家って、おじいさんではなくて、おばあさんの所有だったって聞いたんですけど、そのおじいさんって、何者なんですか?」
「僕も実は、よく知らないんですよ。ただ発田のじいさんって呼んでただけで。隣のおばあちゃんは僕が高一の頃亡くなったけど、近所でも噂の破天荒なばあちゃんだったらしいですね。うちの祖父ちゃんに聞けば、詳しく分かると思います。とんでもなくモテる人で、男を取っかえ引っかえだったらしいです。僕から見たら、ただの可愛いおばあちゃんで、僕が小さい頃から発田のじいさんと一緒に住んでたけど」
「発田のじいさん」は、やはり八雲の祖母の内縁の夫だったようだ。満島は夫婦だったようなことを言っていたが、籍は入っていなかったのだろう。入っていれば、警察は簡単に身元を特定できたはずだ。私は圭吾のしたり顔を眺めながら、そんな推理をした。
しばらく黙ったまま、お行儀悪く床をスリッパの足で叩いていた先生が、妙なところに話を戻した。
「実際に赤飯は、炊かなかったわけね?」
「え?」
「今あなた、「赤飯炊こうかって言ったくらい」だって言ったわ。赤飯を炊いたとは言わなかった。ということは、赤飯は炊かなかったのね」
わけの分からないポイントを深掘りされて、圭吾は困ったような顔をした。
「母親が、不謹慎だって言ったんですよ。いくら嫌いな人がいなくなるからって、お祝いするような真似は良くないって。うちは男連中が陽性で人が悪く、女連中が陰性で人が良いんですよ」
苦笑いを浮かべて、我が家をそんな風に評する。
「妹もおとなしくて優しい性格ですが、母は輪を掛けてお人好しです。ノーと言えない日本人の典型みたいな人で、押しつけられて地区の班長を十年もやってたくらいです。発田のじいさんにも回覧板を投げつけられたりして、一番迷惑被っていたのは母なのに。後から分かったことですが、発田のじいさんから町内会費を徴収できなくて、自分の小遣いから立て替えてたらしいですよ。そんな糞じじい庇います? ふつう」
困ったもんですよと、圭吾は頭を掻いた。確かにそれは、相当なお人好しである。同情はするが、今は関係がない。私は先生のとんちんかんな質問より、もっと実のあることを聞いた。
「ちなみにその訪ねてきた男性、どんな人だったか覚えてます?」
「警察にも聞かれましたけど、僕は見てないんです。平日の夕方訪ねてきたので、家にいたのは妹だけでした。父は会社で僕は部活、母もレジ打ちのパートに出ていました。菓子折が残ってたんで生身の人間だったことは確かですけど、中年の男性ということしか……。妹に直接聞いてみます? 今いますよ」
圭吾は廊下へ続くドアを開けながら、「お~い、華」と、おそらく妹の名前を呼んだ。それにしても、生身の人間だったことは確かというのも、変な表現だ。




