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継灯 〜最弱の僕が、亡き父と未来の息子と、時を越えて世界を救う〜  作者: 智珠
第一章

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第七話 灰の少年

鈴の警告は、数日と経たぬうちに、現実のものとなった。


その日。学校からの帰り道、僕と鈴は、いつものように守屋さんの店へ向かっていた。


夕暮れの、人気のない、川沿いの道。その先に、ぽつんと人影が立っていた。


僕は、足を止めた。全身に、悪寒が走る。


あの痩せた少年だった。冷たい目をした、灰村の。夕陽を背に、川風に髪を揺らして、彼はただ静かに、僕たちを待っていた。


「……来た」鈴が、緊張した声で囁いた。「灰村焔はいむら ほむら。あいつが、若頭よ」


灰村、焔。


焔は、僕を見据えると、感情のない声で言った。


「燈本灯真。――おまえを、殺しに来た」


あまりに率直な、宣告だった。怒りも、憎しみもない。まるで、決められた仕事を淡々とこなすかのような。


「な、なんで」声が、震えた。「なんで、僕を。僕は、君に、何も……」


「理由など、ない」焔は、静かに言った。「おまえが、燈本だから。それだけだ。――燈本の灯は、すべて消す。それが、灰村に生まれたおれの役目だ」


役目。


その言葉に、僕は、奇妙な引っかかりを覚えた。彼は、「憎いから」とは言わなかった。「役目だから」と言った。まるで、自分の意志とは関係のない、何かに縛られているかのように。


焔が、すっと片手を上げた。


その指先から、黒い炎のようなものが、ゆらりと立ち昇る。それは見る間に、あの目のない化け物の姿を象っていった。一体、二体――いや、さっきまでとは、比べ物にならない。数えきれないほどの墨色の影が、川沿いに、ずらりと現れる。


「灯真くん、下がって!」


鈴が、祓いの札を投げた。白い光が弾ける。けれど、化け物の数が、多すぎた。札の光が及ばぬところから、墨色の腕が、次々と伸びてくる。


僕は、御守りを握りしめた。


胸の灯に、呼びかける。修行で覚えた、あの温もりを。灯せ。光を。


僕の手の中で、御守りが、ぽっ、と橙の光を放った。けれど――あの夜のような、力強い輝きには程遠い。弱々しく、ちらつく、頼りない光。


それでも、僕は必死に、その光をかざした。鈴を守るように、前に出る。


「ほう」焔の眉が、わずかに動いた。「自分の灯で、灯したか。あの夜は、父親の遺し物に頼っていたが。――少しは、継いだらしいな」


けれど、それも束の間だった。


僕の未熟な灯では、この数の怪異を抑えきれるはずもなかった。光を強めようと、力めば力むほど――胸の奥が、ぎりぎりと軋んだ。守屋さんの言葉が、よぎる。『使いすぎれば、命を削る』。


体から、急速に力が抜けていく。視界が、揺れる。それでも、僕は灯を手放さなかった。手放せば、鈴が。


「く……っ、あ……!」


膝が、折れた。光が、明滅する。


「無駄だ」焔の声は、どこまでも冷たかった。「その程度の灯で、おれに抗おうなど。――百年、早い」


黒い炎が、津波のように、僕たちに襲いかかった。


だめだ――。


そう思った、瞬間。


「――退け、若造ども!」


しわがれた、けれどよく通る声が響いた。


僕たちと、黒い炎のあいだに、影が躍り込む。守屋さんだった。その手から、目も眩むような白金の光が放たれる。継灯の、本物の使い手の灯。その圧倒的な輝きが、押し寄せる黒い炎を、真っ向から押し返した。


焔の表情が、初めて、わずかに険しくなった。


「……守屋。生きていたか」


「おまえの相手は、わしだ」守屋さんは、僕たちを背に庇い、低く言った。「この子は、まだ目覚めたばかり。手出しは、させん」


焔はしばらく、守屋さんの灯を、冷たく見据えていた。やがて、ふっと、上げていた手を下ろした。黒い炎が、すうっと引いていく。


「……今日は、いい」焔は、背を向けた。「だが、燈本。その老いぼれの陰に、いつまでも隠れていられると思うな」


そして、立ち去り際。彼はぽつりと言い残した。


「灯を、継ぐ、か」その声に、ほんの一瞬――ごくわずかに、何か別の感情がよぎった気がした。「……継ぐべきものを、選べる、おまえは。せいぜい、幸運を噛みしめておけ」


その言葉の意味は、分からなかった。


ただ、夕陽に長く伸びた、焔の背中が。なぜか、ひどく孤独に見えた。


焔の姿が消えてから。僕は、その場に崩れ落ちた。


全身が、鉛のように重い。継灯を使いすぎた、反動だった。けれど、それ以上に。


「……全然、敵わなかった」


悔しさと、無力感が込み上げてくる。何も、できなかった。鈴を守るどころか。守屋さんが来なければ、僕たちは二人とも、あそこで。


「灯真くん……」鈴が、心配そうに、僕の背に手を当てた。


「灯真」守屋さんが、厳しい顔で、僕を見下ろした。「思い知ったか。これが、灰村と燈本の、力の差だ。今のおまえでは、焔の足元にも及ばん」


分かっている。痛いほど。


そして、僕は、ぞっとした。


焔は、また来る。今度は、守屋さんが間に合うとは限らない。僕が弱いままなら。鈴が。母さんが。僕の大切な人たちが。あの黒い炎に、呑まれてしまう。


握りしめた拳が、震えた。


強くならなきゃ。もっと。早く。


けれど、どうやって。あんな化け物みたいな相手に。何も持たなかった、この僕が。


夕陽が、川面を赤く染めていた。


僕の無力さだけが、その光の中に、くっきりと影を落としていた。

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