第五話 灯を継ぐ者
その日から、僕の奇妙な日々が始まった。
学校が終わると、僕は守屋さんのもとへ通った。守屋さんは町外れで、小さな古道具屋を営んでいた。埃をかぶった古い品々の立ち並ぶ、薄暗い店。その奥の畳敷きの一室が、僕の修行の場となった。
「継灯の第一歩は」守屋さんは、僕の前にあぐらをかいて言った。「自分の中の灯を、感じることだ。目を閉じろ。胸の、いちばん奥。そこに小さな、温かいものがあるのを探せ」
言われるまま、僕は目を閉じ、意識を胸の奥へと沈めた。
最初は、何も感じなかった。ただ、自分の心臓の音と、呼吸があるだけ。けれど、根気よく探りつづけるうち――ふと、気づいた。胸の、奥の奥。確かにそこに、ぽっ、と灯るような、かすかな温もりがある。
「……あ。なにか、ある。温かいものが」
「それが、おまえの灯だ」守屋さんの声が聞こえた。「その灯に、呼びかけろ。繋がりたい血族を、強く想いながら」
僕は、父を想った。
繋がりたい。父さんに。声しか覚えていない、あの人に。
胸の灯に、必死に呼びかける。届け。時を越えて。父さんに――。
けれど。
何も、起こらなかった。胸の温もりは、僕の呼びかけに応えるどころか、まるで固く閉ざされた扉のように、びくともしない。焦って、力めば力むほど、灯は遠のいていくようだった。
「……だめだ。全然、繋がらない」
僕は、肩を落とした。
「当たり前だ」守屋さんは、にべもなく言った。「目覚めたばかりの灯で、いきなり時を越えられるものか。そう容易い力ではない。――いいか、灯真。継灯には、重い代償がある」
「代償?」
「時を越えて灯を交わすたび、おまえは自分の灯を――その身の生命を、削る」守屋さんの目が、鋭くなった。「使いすぎれば、寿命を縮め、命を落とす。おまえの父、宗一が、若くして逝った理由のひとつも、それだ。あの男は、おまえのために、未来へあまりに多くの灯を遺しすぎた」
僕は、はっとした。
父の遺し物。あの、橙の光。あれは、父が自らの命を削って遺してくれたものだったのか。一つ、また一つと、僕の未来へ灯を託すたびに、父は、自分の寿命をすり減らしていた。
胸が、締めつけられた。同時に、僕は思った。だからこそ、この力を、軽々しくは使えない。父が、命をかけて繋いでくれた、この灯を。
「焦るな」守屋さんの声が、少し和らいだ。「まずは、灯を感じ、慣れること。時を越えるのは、それからずっと先の話だ。――今日は、灯を灯したまま、保つ。それを、繰り返せ」
それから、僕は来る日も来る日も、胸の灯と向き合った。
灯を感じ、灯し、保つ。たったそれだけのことが、驚くほど難しかった。少し気を抜けば、灯はすぐに揺らいで、消えてしまう。それでも、僕は諦めなかった。不格好でも、人よりずっと遅くても。一歩ずつ。
何も持たなかった僕が、初めて手にした、自分の力。父が、命がけで繋いでくれた、灯。これを、ものにしたい。その一心だった。
そして、修行を始めて幾日かが過ぎた、ある夜のこと。
いつものように、胸の灯を灯し、保っていた、その時だった。
ふと。
その灯の、ずっと向こう。時の彼方から。
何か温かいものが、こちらに応えるように、ほんの一瞬、ぽっ、と灯った気がした。
「……っ」
僕は、思わず目を見開いた。
気のせい、だろうか。いや。違う。確かに、感じた。あの温もり。あの気配。――父さん、の。声しか覚えていない、あの父の気配によく似た何かが、時を越えた遥か向こうで、確かに僕の灯に応えた。
まだ、繋がってはいない。声も、姿も、届かない。けれど。確かに、そこにいる。時の壁の向こう側に。僕の、父が。
涙が、にじんだ。
待っていて、父さん。今度は、僕が。必ず、そこまで灯を届けるから。
その決意を新たにした、矢先のことだった。
修行の帰り道。夜道を歩いていた僕は、ふと足を止めた。
背筋に、覚えのある、あのぞわりとした感覚。空気が、重い。虫の声が、消えている。
――また、来た。
僕は身構えた。御守りを握りしめる。あの夜の化け物が。あの、冷たい目の少年が。また。
けれど。
闇の中から現れたのは。化け物では、なかった。
それは――僕と同じ制服を着た、見覚えのない一人の少女だった。
ただ、その少女の背後にも。あの墨のような闇が、ゆらりと揺らいでいて。
そして、少女は僕を見るなり、切迫した声でこう叫んだのだ。
「あなた、燈本灯真ね!? お願い、逃げて! あいつらの狙いは――あなたよ!」
見知らぬ少女が、なぜ、僕の名を。なぜ、僕を助けようと。
夜の闇が、再び、深く蠢きはじめた。




