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継灯 〜最弱の僕が、亡き父と未来の息子と、時を越えて世界を救う〜  作者: 智珠
第一章

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第四話 燈本の血

老人――守屋もりやと名乗ったその人は、僕の家までの夜道を、ゆっくりと歩いた。


道々、僕は何度も問いを口にしようとした。けれどそのたびに、守屋さんは「家に着いてからだ」と、静かにそれを制した。


家の玄関の灯りが、見えてきた。


その下に、母が立っていた。


エプロンも外さないまま。まるで、僕が帰ってこないことをどこかで恐れていたかのように、心配そうに暗い道の先を見つめていた。けれど、僕の隣を歩く守屋さんの姿を認めた瞬間、母の表情が――凍りついた。


「……守屋、さん」


母の声は、震えていた。そして、その目がすがるように、守屋さんと僕とを交互に見た。


「美月さん。久しいな」守屋さんは、静かに頭を下げた。「――この子の灯が、今夜、目覚めた。灰村に襲われてな」


母の顔から、さっと血の気が引いた。


「……そう、ですか」


母はしばらく、玄関先に立ち尽くしていた。やがて、深く長い息を吐く。そして、覚悟を決めたように僕を見た。その目には、涙がにじんでいた。


「灯真。……ごめんね。ずっと、隠してて」


母の言葉の意味が、分からなかった。


「入ってください。守屋さんも。――話します。全部」


  *


居間の、古い卓袱台を囲んだ。


母が淹れた茶は、湯気を立てたまま、誰の手もつけられずにいた。重い沈黙のあと、最初に口を開いたのは守屋さんだった。


「灯真、と言ったな」彼は、まっすぐに僕を見た。「単刀直入に言おう。おまえの家系――燈本の血には、特別な力が宿っている。〈継灯けいとう〉という、力だ」


継灯。


「人の魂には、ひとりひとり、小さな灯がある」守屋さんは、自らの胸に手を当てた。「燈本の者は、その灯を通じて、時を越えられる。強い覚悟の瞬間、同じ血を引く者と――過去や未来の血族と、繋がることができるのだ」


「時を……越える?」


荒唐無稽な話だった。普通なら、笑い飛ばしている。けれど僕は、たった今、その力の片鱗を、この手で見たばかりだった。あの、橙の光を。


「今夜、おまえを救った、その御守りの光」守屋さんは、僕の手の中の御守りを指した。「あれは、おまえの父――宗一が、生前、その灯を込めておまえに遺したものだ。時を越えて、今夜のおまえに届くようにな」


僕は、息をのんだ。


「父さんは……今夜のことを、知ってたっていうんですか。十一年も、前に」


「ああ」守屋さんは、重々しく頷いた。「宗一の灯は、特別でな。未来へ、布石を打つことができた。あの男は、自分がおまえの成長を見届けられないと知っていた。だから、その時々でおまえを守れるよう、いくつもの『遺し物』を、時の彼方へ託していったのだ。――今夜のあれも、その一つ」


胸が、詰まった。


父は。顔も覚えていない、あの父は。自分が死んだ後の僕のことを。何年も、何年も先の僕のことまで案じて。その身を削って、こんな光を遺していった。


「だが、その力ゆえに」守屋さんの声が、低く沈んだ。「燈本は古くから、ある一族と戦ってきた。灰村はいむら――同じく時を越える力を持ちながら、その力を奪うことに使う血脈だ。今夜、おまえを襲わせたのも、灰村の者」


あの、冷たい目をした少年。「燈本の、灯か」と言った。「消してやる」と。


「灰村は、燈本の灯を、根絶やしにしようとしている」守屋さんは続けた。「おまえの父、宗一も……その戦いの中で、命を落とした」


「――っ」


母が、ぎゅっと目を閉じた。


父は、病で死んだのではなかったのか。母がずっと、そう言っていた、あれは。


「嘘を、ついていて、ごめんね」母の声が、掠れた。「あなたには……普通に、生きてほしかった。この戦いのことを、知らないまま。怖い思いをしないで。ただ、穏やかに……それだけを願っていたの」


母の、隠してきたすべての理由が、その一言に込められていた。


母は、知っていたのだ。父が何者で、どう戦い、どう死んだのか。そのすべてを胸の奥にしまい込んで、たった一人で、僕をこの戦いから遠ざけようとしてきた。僕が「何もない」と思い込んで生きてきた、その平凡な日々は――母が命がけで守ってくれた、避難所だったのだ。


「母さん……」


僕の世界が、音を立てて書き換わっていく。


僕は、何も持たない、ただの落ちこぼれなんかじゃなかった。父から受け継いだ、血があった。その父は、僕を守るために戦い、死んだ。そして母は、その遺志を継いで、僕を守ってきた。


「だが、灯が目覚めた今となっては」守屋さんが、静かに言った。「もう、後戻りはできん。灰村は、おまえを放ってはおかぬ。今夜のように、また必ず襲ってくる。――灯真。おまえは、選ばねばならん。逃げ惑い、いずれ灰村に喰われるか。あるいは、継灯を学び、おまえ自身の足で立つか」


逃げるか。立つか。


怖かった。あんな化け物と、また戦うなんて。何の取り柄もない、この僕が。


けれど。


僕は、手の中の御守りを見た。父の遺した、灯を。


「……守屋さん」僕は、顔を上げた。「継灯を学べば。いつか、僕も。父さんみたいに、時を越えて……父さんと、繋がることができるんですか」


守屋さんが、わずかに目を見開いた。それから、ふっとその厳しい顔を、ほんの少しだけ緩めた。


「……できるかも、しれん。おまえが、その力を究めれば」


会ってみたい。


声しか覚えていない父に。時を越えて、もう一度。「よく頑張ったな」と言ってくれた、あの人に。今度は、僕のほうから言いたい。ありがとう、と。


その想いが、震えていた僕の心に、小さな、けれど確かな火を灯した。


「……やります」僕は、言った。「継灯を、学びます。僕は――逃げない」


母が、息をのんだ。守屋さんが、深く頷いた。


こうして。


何も持たなかった僕の、本当の物語が。静かに、動き始めたのだった。

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