第二十六話 第二章の結び
焔と別れてから。事態は。急速に、動きだした。
ある夜。胸の灯を通じて繋がった、陽の声が。これまでにない、絶望と緊張を、帯びていた。
『父さん……ついに、来た』陽は、言った。『灰村燼が……自ら、時の淵へ、降りる準備を、始めた』
「時の、淵……」
『「始まりの灯」へ至る、もう一つの道』陽の声が、硬かった。『前は、楔で、無理やりこじ開けようとした。でも、今度は、違う。燼は、自分の命を燃やして。直接、太古の――一族の始まりの時へ、遡る、つもりなんだ』
「自分の命を、燃やして……?」
『ああ』陽は、言った。『継灯の、究極の使い方だ。己の灯を、すべて燃やし尽くして。誰も行けない、時の最果てへ、至る。――燼は、もう、自分が生きて帰ることなんて、考えちゃいない。ただ、紫苑さんの死を、なかったことにするために。世界がどうなろうと。自分がどうなろうと。燈本を、始まりから消す。それだけのために』
僕は、ぞっとした。
最愛の人を喪った、哀しみ。それが。ここまで、人を。突き動かす。自分の命さえ燃やし尽くして。世界を消そうとする、ほどに。
『もし、燼が、始まりの灯に辿り着いて。それを消したら』陽の声が、震えた。『燈本は、過去から消える。父さんも。じいちゃんも。俺も……みんな、最初からいなかったことに、なる。そして……世界そのものも。崩れる』
これが。灰返りの、最終局面。
僕は、守屋さんと、鈴に。そして、過去の父と、未来の息子に。そのことを、伝えた。
「みんな」僕は、言った。「最後の戦いだ。灰村燼が、始まりの灯に辿り着く前に。僕たちで――止める」
『ああ』過去の父が、力強く応えた。『おれも、おれの時代から。全力で支える』
『俺も』未来の陽も、言った。『〈灯路〉で、燼の行き先を。最後まで、見届ける』
「わたしも、いるよ」鈴が、笑った。「最後まで、一緒。相棒、だもん」
「うむ」守屋さんも、頷いた。「燈本のすべてを、賭けた戦いだ。わしも、老骨に鞭打とう」
過去に、父。未来に、息子。現在に、仲間。
僕は、もう。あの、教室の隅で、一人震えていた、灯真じゃ、ない。三つの時代を繋ぐ、灯を宿した。燈本灯真だ。
そして――その決戦を、前に。
僕は、もう一度、感じた。あの気配を。
胸の灯が、ふと、揺れる。誰かが、遠くから。僕に、語りかけようとしている。けれど、それは。父でも、陽でも、なかった。
『……燈本』
掠れた、小さな声。それは――焔の声、だった。
「焔!? どうして、お前が……」僕は、驚いた。継灯は、血族にしか繋がらない、はず。なのに。
『分からない』焔の声も、戸惑っていた。『なぜか……お前の灯に、触れられた。ほんの少しだけ、だが。……いや、今は、それより』
焔の声が。切迫した。
『聞け、燈本。父上は……本気だ。自らを燃やし尽くして。始まりの灯へ、向かう。止めたければ……明日の夜。古い神社の跡地に、来い。そこが、入口だ』
僕は、息をのんだ。
「焔……お前、なんで。それを、僕に」
しばらく、沈黙があった。やがて、焔は。ぽつりと言った。
『……分からない』その声は。迷子の子どものようだった。『ただ……このままでは。いけない気がした。父上も。おれも。お前の言った、「本当の想い」が……まだ、おれにも、あるのか。それを……確かめたく、なった、のかもしれない』
それは。鎖に縛られた少年が。初めて。自分の意志で。何かを選ぼうとした。その、最初の一歩、だった。
『……時間だ。長くは、繋げない』焔は、言った。『燈本。おれは、まだ。お前の敵かも、しれない。明日も、お前と戦うかも、しれない。だが……』
その先を。彼は、言わなかった。ただ。
『……来い。待ってる』
そう言い残して。焔の気配は。消えた。
僕は、しばらく。胸の灯に残った、その、かすかな温もりを。見つめていた。
焔の鎖が。軋みはじめている。彼の心が。動きはじめている。
明日。すべてが、決する。
灰村燼の、最後の企て。焔の、最後の選択。そして――三世代の灯の、真価が問われる、決戦。
過去と、現在と、未来。失った過去と。繋ぐ未来の、まんなかで。
僕は、最後の戦いへと。向かう。
長い、長い物語が。いよいよ、その結末へと。動きはじめた。
――第二部 了――




