第二十四話 三つの灯(後)
一。
その声が。僕の口から、放たれた、瞬間。
三つの灯が。時を越えて。一つに、なった。
足元の、地の底から。三十年前、父・宗一が、埋め、育てつづけた、「礎の灯」が。橙金色の奔流となって。噴き上がった。
その光を。僕の〈結灯〉が、受け止め、束ねる。そして、未来の陽が〈灯路〉で、見定めた――黒き楔の、ただ一点の「要」へと。すべてを、収束させる。
過去の灯。未来の視。現在の結び。
三つの時代の力が。僕という、結び目を通って。一条の、まばゆい光の槍と、なった。
その光が。共鳴の最高潮に達した、要の楔を――真下から、貫いた。
ぴしり、と。
要の楔に。亀裂が、走った。
そして、次の瞬間。
ぱりいぃん、と。
要が、砕け散った。
途端、共鳴していた、無数の楔が。一斉に、崩壊を始めた。地に突き立っていた、黒い楔が。ひび割れ、砕け、黒い瘴気となって、霧散していく。空洞を覆っていた、闇が。晴れていく。
「な……っ、馬鹿、な!」
初めて。燼の声が。動揺に、震えた。
「私の……三十年、いや。一族の、何代もの悲願が……たった一夜で……!?」
『やった……っ!』陽の、歓喜の声が、響いた。『父さん! 楔が、崩れてる! 灰返りの総仕上げが――止まった! こっちの世界の崩壊が……止まった、んだ!』
僕は、肩で息をしながら。崩れゆく楔を、見つめた。
過去と、未来と、現在。三世代の灯で。僕たちは。灰村燼の、最大の一手を。打ち砕いたのだ。
「灰返りは」僕は、燼を見据え、言った。荒い息のまま。「止めた。あなたの悲願は。もう――遂げさせない」
燼は、しばらく。呆然と、崩れた楔の跡を、見つめていた。
やがて。その落ち窪んだ双眸が。僕を、捉えた。そこには、怒りも、あった。けれど、それ以上に――底知れぬ哀しみが、あった。
「……三つの時代の、灯、か」燼は、低く呟いた。「父と。子と。孫と。手を取り合い……忌々しい。本当に、忌々しいぞ、燈本」
その声に、滲んだものを。僕は、聞き逃さなかった。
それは。羨望にも似た、響き、だった。家族と、手を取り合う。それが、できなかった男の。一人で、悲願を背負い続けた男の。
その、燼の傍らで。
焔が。立ち尽くしていた。
彼は、信じられない、というように。崩れた楔と。僕たち、三世代の繋がりを。見つめていた。その左腕の、鎖の紋様が。激しく、明滅している。
「……三人、で」焔が、呆然と、呟いた。「過去と、未来の、家族と……手を、取り合って……」
彼の瞳が。揺れていた。これまでに、ないほど。
僕は、その目を見て。思わず、叫んでいた。
「焔! お前にも、あるはずだ! 受け継いだ、灯が! 鎖なんかじゃ、ない――本当の、想いが!」
焔の体が。びくり、と震えた。彼は、何か、言いかけて。口を、開いて。
けれど、その瞬間。
「ぐ、ぅあああっ!」
彼の左腕の鎖が。激しく脈打ち。焔を、苦痛で貫いた。
「焔!」
「……来る、な」焔は、腕を押さえ、よろめいた。荒い息で。「おれは……おれは……」
「焔。退くぞ」
燼の冷たい声が。焔を、呼んだ。
「此度は……我らの負けだ」燼は、僕に背を向けた。「だが、燈本。思い違いを、するな。灰返りの総仕上げは。確かに、砕いた。だが――道は、一つでは、ない」
その言葉に。僕は、ぞっとした。
「『始まりの灯』へ至る道。私は、その、もう一つの手段を、既に握っている」燼は、闇の中へ消えながら、言った。「次は……私が、直接。時の淵へ、降りよう。その時こそ。すべてが、終わる」
そして、燼と、焔の姿は。崩れた空洞の闇へと。消えていった。
苦痛に呻く、焔を。連れて。
後に残されたのは。
崩れ落ちた、楔の残骸。そして――静かな達成感、だった。
『……父さん』陽の声が。涙ぐんでいた。『すごいよ。本当に……俺たち、三人で。世界の崩壊を、止めたんだ。父さんと、じいちゃんと、俺で』
「うん」僕も、胸が熱くなった。「過去も、未来も、現在も。みんなで繋いだ、灯だ」
『……なあ、父さん』陽が、ぽつりと言った。『俺、今、初めて……家族って、いいなって。思ったよ』
僕の胸が、いっぱいになった。
ずっと、一人だった息子が。三世代の繋がりの中で。初めて、「家族」の温もりを、知った。それだけでも。この戦いには。意味があった。
けれど。
戦いは。まだ、終わっていない。
灰村燼は、言った。「次は、私が、直接、時の淵へ降りる」と。「その時、すべてが終わる」と。
灰返りの、最後の、そして、最大の戦いが。すぐ、そこまで、来ていた。
そして――あの、焔の。鎖に引き裂かれそうな瞳も。
僕は、まだ、諦めていなかった。彼の鎖を。断ち切ることを。
三つの時代の灯を、胸に。僕は、最後の決戦へと。向かおうとしていた。




