第二十二話 変えられる未来
翌日。僕は、守屋さんに、すべてを話した。
陽の世界のこと。そこで、僕が死んでいること。陽が、一人で生きてきたこと。そして、僕の決意を。
「守屋さん。教えてください」僕は、まっすぐに言った。「未来は……変えられますか。僕が死ぬっていう、その未来を。覆すことは、できますか」
守屋さんは、しばらく、僕を見つめていた。やがて、ゆっくりと口を開いた。
「……いい問いだ、灯真」彼は、言った。「継灯を扱う者が、必ず向き合う問いだ。――過去と、未来。その違いについて」
守屋さんは、囲炉裏の火を見つめた。
「過去は、変えられん」彼は、静かに言った。「すでに、起きたこと。決まってしまったこと。おまえの父、宗一の死も。紫苑さんの死も。――どれだけ力を尽くそうと、覆すことはできん。覆そうとするのは……」
「灰村燼の、道」僕は、呟いた。
「そうだ」守屋さんは、頷いた。「燼は、過去の、妻の死を、力ずくでなかったことにしようとしている。だが、それは、できぬこと。決まった過去を、無理に覆そうとすれば、その歪みが、世界を引き裂く。――灰返りが、世界を滅ぼすのは、そういう理由だ」
決まった過去を、覆そうとする。だから、世界が、壊れる。
「だが」守屋さんの目が、ふいに力を帯びた。「未来は、違う」
「未来は、まだ、決まっていない」彼は、言った。「無数の可能性が、これから紡がれるのを待っている。――陽くんの生きる、あの未来。おまえが死に、彼が一人になる、あの世界。あれは、『決まった未来』では、ない。数ある可能性の、ひとつ。今の、おまえの選択次第で、いくらでも変えられるものだ」
僕の胸が、熱くなった。
「じゃあ……」
「ああ」守屋さんは、頷いた。「おまえが、灰返りを止め、生き延びれば。陽くんが、父を喪う未来は、訪れない。彼が、一人で戦う、あの孤独も、最初から起こらなくできる」
過去は、変えられない。けれど、未来は、変えられる。
それは、絶望の中の、たった一つの、確かな希望だった。
その夜。僕は、すぐに陽に繋いだ。
「陽! 聞いてくれ」僕は、はやる気持ちで言った。「守屋さんが、言ってた。君の未来は、『決まった未来』じゃ、ないんだ。僕が死ぬのも。君が一人になるのも。――まだ、変えられる。これからの、僕しだいで」
陽は、しばらく、黙っていた。
『……でも』その声は、ためらいがちだった。長い間、絶望に慣れきった者の、声。『俺は、ずっと、その未来を生きてきた。父さんが、いないのが当たり前の世界を。それが……変わるなんて』
「変わるよ」僕は、はっきりと言った。「僕が、変えてみせる。君を、絶対に、一人にしない。君が、『父さんがいない世界』じゃなくて、『父さんがいる世界』を生きられるように。――僕が、生きて、君のそばにいる」
『……っ』
陽の、息をのむ気配がした。
『……父さんが、いる、世界』陽が、噛みしめるように呟いた。その声が、震えていた。『そんなの……俺、想像も、したことなかった。生まれてから、ずっと。父さんは、写真の中に、しか、いなかったから』
「これからは、写真じゃ、ない」僕は、言った。涙をこらえて。「ちゃんと、君のそばにいる。一緒に、ご飯を食べて。くだらない話を、して。頭だって、撫でてやる。――約束する」
崩れゆく未来の彼方で。
陽が、声を殺して泣いているのが、分かった。
ずっと、一人で、気丈に戦ってきた息子が。初めて、子どものように泣いていた。
『……うん』陽の、掠れた声が言った。『うん……父さん。俺、信じる。父さんを』
過去に、父・宗一がいる。喪う運命を知りながら、僕に灯を遺してくれた、父が。
未来に、息子・陽がいる。父を喪った哀しみを抱えながら、なお、希望を信じようとする、息子が。
そして、その、まんなかに、僕が、いる。
二つの喪失を繋ぐ架け橋として。受け継がれてきた悲しみを、今度こそ、断ち切るために。
僕は、もう、一人じゃ、ない。三つの時代の想いが、この胸の灯に宿っている。
その絆が、最も深く結ばれた、矢先のことだった。
胸の灯が、突然、激しく脈打った。過去と、未来。その両方から、同時に、警告が流れ込んでくる。
『灯真!』『父さん!』
宗一と、陽。二人の、切迫した声が重なった。
『灰村が……っ』『燼が、動いた!』
僕は、息をのんだ。
ついに、灰村燼が、自ら動きはじめた。灰返りの、総仕上げ。その、最大の一手を打つために。
長い、長い戦いが、いよいよ最終局面へと向かおうとしていた。
過去と、現在と、未来。三つの時代を賭けた、決戦の刻が、近づいていた。




