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継灯 〜最弱の僕が、亡き父と未来の息子と、時を越えて世界を救う〜  作者: 智珠
第二章

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第二十一話 ひとりの未来

陽が、何かを隠している。


その確信は、日に日に強くなっていった。


崩れゆく未来で、たった一人、戦いつづける息子。彼は、決して、弱音を吐かない。自分のことを、語らない。


僕は、どうしても、彼の、その深い孤独の理由を知りたかった。


その夜。繋がった陽の気配は、これまでになく弱々しかった。


『……すまない、父さん。今日は、あまり長く、繋いでいられそうにない』陽の声が、掠れていた。『こっちの崩壊が……俺の体まで、蝕みはじめてる』


「陽……っ」僕は、思わず叫んだ。「無理、しないで。君が、そんなに消耗してまで……」


『いいんだ』陽は、言った。その声に、力ない笑みが滲んだ。『俺は……どうせ、最初から。失うものなんて、何もない身だから』


その言葉に、僕の胸が、ざわついた。


「……どういう、意味だ。陽」僕は、静かに尋ねた。「教えてくれ。君の世界のこと。君が、ずっと隠してきたこと。――僕は、君の父親、なんだろう。なら、聞かせてくれ」


長い、沈黙があった。


崩れゆく未来の彼方で、陽が、迷っている気配がした。やがて、彼は、観念したように、ぽつり、ぽつりと語りはじめた。


『……俺の世界には。父さんは、いないんだ』


僕は、息をのんだ。


『俺が、まだ六つの、ときだった』陽の声が、震えた。『父さんは……灰村との戦いで、死んだ。灰返りを止めようとして。俺を、母さんを、庇って。――俺の、目の前で』


六つ。


僕が、宗一を喪ったのと、同じ歳。


『俺は、ほとんど。父さんのことを、覚えていない』陽は、続けた。『温かい手のひらと。最後に言ってくれた、言葉だけ。「強くなれ」「母さんを頼む」って。――それだけ、だ』


僕の視界が、涙でにじんだ。


それは、僕自身の姿だった。


幼くして父を喪い、温もりと、ただ一言だけを胸に抱えて、生きてきた。僕と、まったく同じ。僕の息子も――父を、喪っていた。この、僕を。


『それから、俺の世界は』陽の声が、低く沈んだ。『どんどん、崩れていった。灰返りが進んで。街が、人が、消えて。母さんも……数年後に、病で。俺は、一人になった』


『継灯の力が、目覚めても。教えてくれる人は、誰もいなかった。守屋さんも、とっくにいない。俺は、たった一人で、崩れゆく世界で、手探りで戦ってきた』陽は、言った。『……ずっと、一人だったよ。父さんが、いない世界で』


僕は、言葉を失っていた。


僕が、これまで「守りたい」と思ってきた、未来。陽の生きる、その世界は。


僕が死んで、陽を一人にした世界、だったのだ。


僕は、宗一を喪った。そして、その僕は――いつか、陽を喪わせる。父を失う、あの底のない寂しさを、今度は、僕が、息子に味わわせる。同じ悲しみが、親から子へ、繰り返されていた。


「陽……」僕は、嗚咽をこらえながら言った。「僕は……君を、一人にするのか。君に、こんな思いを……」


『違う』陽が、ふいに、強く言った。『父さんを、責めてるんじゃ、ない。父さんは……俺と、母さんを守って、死んだ。立派に、戦って。――俺は、それを、誇りに思ってる』


『ただ』陽の声が、震えた。初めて、その気丈さが崩れた。『……ただ、俺は、ずっと思ってた。もう一度、父さんに、会いたいって。一度でいい。ちゃんと、父さんと、話したい。父さんに、頭を、撫でてほしいって』


『だから……灰返りを止めるために、時を遡って。父さんに、繋がったとき。俺は』陽の声が、潤んだ。『世界を救う、使命のほかに。……ほんの少しだけ、自分の願いも、あったんだ。会えなかった、父さんに。会えるって』


僕の涙が、あふれて、止まらなかった。


ああ。


僕と、同じ、だ。


僕が、宗一に会いたくて時を遡ったように。陽も――僕に会いたくて、時を遡ってきた。父を喪った息子が、その父を求めて、時の壁を越えて、手を伸ばす。


二人の息子。僕と、陽。同じ寂しさを抱えて、同じ想いで、失った父に手を伸ばす。


「陽」僕は、涙を拭って、けれど、まっすぐに言った。「ありがとう。話してくれて。――そして、ごめん。君を、一人にして」


『父さん……』


「でも、聞いてくれ」僕は、胸の灯に、力を込めた。「僕は、その未来を――君を、一人にする未来を、認めない」


陽の気配が、はっと揺れた。


「僕は、死なない」僕は、言った。「君を、一人になんか、しない。君が、父を喪わなくていいように。僕が、必ず、生き延びてみせる。そして――今度は、ちゃんと、君のそばにいる父親になる」


『そんな……っ、無理だ』陽の声が、震えた。『父さんの死は、もう、起きたことなんだ。俺の世界では、決まってしまった――』


「本当に、そうかな」


僕は、言った。


過去は、変えられない。宗一の死を、僕が覆せないように。けれど。


未来は――まだ、決まっていないんじゃないか。


僕の死は、陽にとっては過去でも、僕にとっては、これから訪れる未来だ。なら、変えられるはずだ。まだ、起きていないんだから。


「僕、確かめたいことが、ある」僕は、言った。胸の中に、小さな希望の灯が、生まれていた。「過去と、未来。変えられないものと、変えられるもの。その違いを」


崩れゆく未来の彼方で、陽が、息をのんだ。


そして、その、絶望に慣れきった声に。


ほんの、わずか。


聞いたことのない――希望のようなものが、よぎった気がした。

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