第二十話 崩れゆく未来
因果の環を知ってから、僕たち三世代の連携は、さらに深まっていった。
陽が見通し、父が備え、僕が動く。その繰り返しで、僕たちは、灰村の動きを、いくつも阻んできた。
けれど。
灰村燼の灰返りは、僕たちの想像を超えて、着実に進んでいた。
その異変が起きたのは、ある夜のことだった。
胸の灯を通じて繋がった陽の声が、これまでにない絶望を帯びていた。
『父さん……まずい。灰村が、新しい「楔」を。今度は、複数、同時に、打ち込んできた』陽の声が、掠れていた。『一つや、二つなら、なんとかなった。でも……五つ、六つと、いっぺんに来られると。俺の〈灯路〉でも、全部は追いきれない』
「そんな……」
『一つ、見逃した』陽の声が、苦渋に満ちていた。『その楔が、過去に、深く刺さった。灰返りが――一気に、進んだ』
その、瞬間だった。
陽の声が、ぶつり、と途切れ、ノイズのように乱れた。
「陽? 陽!」僕は、必死に呼びかけた。
『……っ、ああ、すまない』しばらくして、陽の声が戻った。けれど、それは、ひどく弱々しかった。『今、こっちの世界が……また、少し、崩れた。街が、一つ。人が、大勢。……消えた。最初から、なかったみたいに』
僕は、ぞっとした。
灯を通じて、伝わってくる。陽の世界の、軋み。崩壊の足音。あったはずの街が、人が、記憶が、灰返りに削られて消えていく。
『時間が、ない、父さん』陽の声が、焦っていた。『このままじゃ……俺の世界は、本当に、終わる』
僕は、繋がりを保つだけで、精一杯だった。崩れゆく未来へ灯を伸ばしつづけるのは、これまで以上に、僕の命を削った。
『灯真!』過去の父が、心配そうに言った。『無理をするな。おまえの灯が、保たん』
「でも……っ、陽が。陽の世界が、消えちゃう。僕が、繋がりを切ったら。陽は、また、一人に……」
その、とき。
僕は、ふと、気づいた。
陽の声。彼は、いつも「俺の世界が、終わる」と言う。「世界を、救ってくれ」と。けれど――彼は、一度も「助けて」とは言わない。「怖い」とも、言わない。
たった一人で、滅びゆく世界を戦い抜いてきた、未来の息子。彼は、いつも、気丈で、鋭くて。けれど、その気丈さの奥に、何か、ひどく深い孤独と哀しみが、隠されている気がした。
「……陽」僕は、そっと尋ねた。「君は。その世界で。ずっと、一人で、戦ってきたの? 仲間は……家族は、いないの?」
陽の声が、一瞬、止まった。
『……そんなこと』その声は、ふいに、硬く、よそよそしくなった。『今は、関係ないだろう。それより、次の楔の対策を――』
明らかに、話を逸らされた。
僕の胸に、小さな、けれど、消えない不安が灯った。
陽は、何かを隠している。
彼の世界のこと。彼の過去のこと。そして、たぶん――僕の、ことも。
未来の息子は、なぜ、あんなにも孤独なのか。なぜ、自分のことを、語らないのか。
『また、繋ぐ』陽は、逃げるように言った。『次の満月までに、態勢を立て直す。……それまで、無事でいてくれ。父さん』
声が、途切れる。
後に残されたのは、重い不安だけ、だった。
僕は、まだ、知らなかった。
未来の息子が、これまで、頑なに隠してきた、真実。それが――どれほど哀しく、そして、どれほど僕の覚悟を揺さぶるものなのかを。
崩れゆく未来の、その先に、待っていたのは。
僕自身の、運命の真実、だった。




