第十三話 父より遠く、子よりも近く
戦いが、終わって。
僕は、しばらくその場に座り込んで、時の彼方の父の気配を感じていた。
けれど、その温もりが、少しずつ薄れていくのが分かった。
『……灯真。そろそろ、時間のようだ』父の声が、惜しむように言った。『これ以上は、おまえの灯も、もたない。一度、繋がりを解かねば』
「父さん……」
行かないで、と。子どものように、言いたくなった。けれど、僕は、その言葉を飲み込んだ。これは、別れじゃ、ない。
『また、繋げる』父は、僕の心を読んだように言った。『おまえが、灯を磨きつづければ。何度でも。――おれは、いつだって、ここにいる。時の向こうで。おまえを、見守ってる』
「……うん」僕は、頷いた。涙を拭って。「父さん。今度は、僕が言うね。――ありがとう。僕を、守ってくれて。生まれてきて、よかったって、思えたよ」
時の彼方で。父が、息をのむ気配がした。そして、震える声で言った。
『……ああ。こちらこそ、だ。灯真。おまえが、おれの息子で。本当に――よかった』
温かい光が、ふっと、遠ざかる。
父の気配が、消えた。後には、胸の奥に、確かな温もりだけが残った。もう、寂しくはなかった。父は、ずっと、そこにいる。時の、向こうに。
家に帰って。傷の手当てをして。母と、守屋さんと、鈴と。僕たちは、卓袱台を囲んだ。
「灰村は、退いた」守屋さんが、言った。「だが、燼は、言ったのだろう。『灰返りの刻は、まだ』と。――これは、長い戦いになる」
僕は、頷いた。怖くないと言えば、嘘になる。けれど。
「僕、やります」僕は、はっきりと言った。「継灯を、もっと磨いて。強くなる。母さんも、鈴も、守屋さんも。この町も。父さんが、命をかけて繋いでくれたものを。全部――僕が、守る」
母が、目を潤ませた。鈴が、嬉しそうに笑った。守屋さんが、深く頷いた。
何も持たなかった僕が、今は、守りたいものが、こんなにもたくさんある。受け継いだ灯がある。繋がる父がいる。隣に立つ、仲間がいる。
「……でも」ふと、鈴が、首をかしげた。「あの、未来からの声。結局、誰だったんだろう。灯真くんの、未来の血族……だよね?」
その問いに、僕は、改めて考え込んだ。
未来の、血族。父とは、別の誰か。あの、若い男の声。なぜか、懐かしくて。必死に、僕に手を伸ばしてきた、あの声。
「継灯は、過去と――未来の血族と、繋がる」守屋さんが、ぽつりと言った。「宗一が、過去から、おまえに繋がったように。……いつか、未来の誰かが、おまえに繋がっても、おかしくはない」
未来の、誰か。僕の血を引く者。
それは、つまり。
僕は、自分の手のひらを見つめた。
僕に、いつか、子どもが生まれるということ、なのだろうか。この戦いの、ずっと先に。あの声の主が。僕の――息子だというのなら。
不思議な、感覚だった。
時を遡れば。三十年前に、若き日の父がいる。僕のルーツが。そして、時を下れば。まだ見ぬ未来に。僕の血を継ぐ子が、いる。
父は、三十年の彼方。遠い。けれど、繋がれた。
そして、息子は。まだ、会ったこともない。生まれてもいない。それなのに――時を越えて、僕を助けようと、手を伸ばしてくる。父より、ずっと遠い未来にいるはずなのに。なぜか、その声は、父よりも近くに感じた。
父より、遠く。子よりも、近く。
僕は、そのあいだに立っている。失った過去と、繋ぐ未来の。ちょうど、まんなかに。
その時、ふいに。
胸の奥の灯が、とくん、と脈打った。
また、あの感覚。時の彼方から、誰かが、触れる――。
『――聞こえるか。父さん』
その声に、僕は、息をのんだ。
父さん。今、確かに、その声は、僕をそう呼んだ。
未来の彼方から。あの、若い男の声が。僕を、「父さん」と。
『やっと、はっきり繋がった。……俺だ。あんたの、息子だ』
世界が、ぐらりと揺れた。
僕の、まだ見ぬ、息子。それが、今、時を越えて。滅びゆく未来から。僕に、語りかけてきた。
長い、長い、血脈の戦いの。本当の幕が、今、上がろうとしていた。
過去から、未来へ。受け継がれる、灯の、物語が。
――第一部 了――




