第十二話 灯、灯る
橙の光を全身に纏って、僕は初めて、自分から前へ踏み出した。
迫りくる、墨色の化け物の群れ。その一体に向かって、光を突き出す。すると、父の力の宿ったその輝きが――化け物の体を一瞬で灼き、霧散させた。
「……!」
できた。あの夜、為す術もなく逃げ惑った僕が。
『そうだ、灯真!』時の彼方から、父の声が響いた。まるで、すぐ隣にいるように。『恐れるな。おまえの灯は、もう、闇に負けはしない。――前を、見ろ!』
「うん……っ、うん!」
僕は、光を振るった。一体、また一体と、化け物が灼かれ、消えていく。父の声が、導いてくれた。右だ、灯真。後ろにも、いるぞ。落ち着け、呼吸を合わせろ。
不思議だった。一人では、あんなに心細かったのに。父と、二人なら。怖くなかった。震えていた手が、今は、まっすぐに前へ伸びている。
僕は、倒れた母のもとへ駆け寄り、その前に立った。光の輝きが、母を包む闇を押しのける。
「灯真……あなた、その光……」母が、信じられないというように、僕を見上げた。
「母さん、もう、大丈夫」僕は、振り返らず言った。「父さんが……父さんが、一緒にいてくれてる」
母が、息をのんだ。その目から、ひとすじ、涙がこぼれた。
「――調子に、乗るな」
焔の声が、冷たく響いた。彼の指先の黒い炎が、ごうっと燃え上がる。残った化け物たちが、一斉に、僕に殺到した。
僕は、光をかざして受け止める。橙と、黒が、激しくせめぎ合う。
「父親の力を、借りただけだろう」焔が、吐き捨てた。「借り物の力で、いい気になるな!」
「借り物じゃ、ない」僕は、歯を食いしばって言い返した。「父さんが、繋いでくれた灯だ。僕の血に、流れてる灯だ。――お前にだって、あるはずだろう。受け継いだ、何かが」
焔の目が、揺れた。
「……黙れ」
二つの力が、拮抗する。灰村の闇と。燈本の灯と。二人の受け継いだものが、真っ向からぶつかり合う。
『灯真!』父の声が、鋭く飛んだ。『今だ。おまえの灯を信じて――押し出せ!』
僕は、ありったけの想いを込めた。
母を、守りたい。鈴を、守りたい。父が、命がけで繋いでくれた、この灯を。無駄にはしない。
「うわあああああっ!」
橙の光が、爆発するように膨れ上がった。父の力と、僕の想いが、ひとつになって。まばゆい奔流となって、焔の黒い炎を――真っ向から打ち破った。
「ぐ……っ!?」
焔が、思わず後ろへ跳び退いた。彼の操っていた化け物の群れが、その光に呑まれ、ことごとく霧散していく。
夜を覆っていた、墨のような闇が、晴れていく。
闇の奥で。燼の影が、ゆらりと揺れた。
『……ふむ』その声は、相変わらず、冷たく静かだった。けれど、どこか、面白がるような響きもあった。『最後の灯は、思いのほか、しぶといか。――焔。退くぞ』
「……っ、しかし、父上」
『よい』燼の声が、言った。『灰返りの刻は、まだ来ておらぬ。この子の灯が、どこまで育つか――見ておくのも、一興』
その言葉に、僕の背筋が、冷たくなった。
灰返りの刻は、まだ来ていない。つまり――こんなものは、まだ本当の脅威の、ほんの序の口に過ぎないのだ。
焔が、立ち去る前。一瞬だけ、僕を振り返った。
その目は、いつもの凍てついた色とは、少しだけ違って見えた。何か、問いかけるような。あるいは――羨むような。
「……お前は」焔は、ぽつりと言った。「父親と繋がって、嬉しそうな顔をするんだな」
それだけ言い残して。彼は、闇の中へ消えていった。父の――燼の影とともに。
後に残されたのは。
静かな、夜。そして、晴れ渡った空に、瞬く、星々。
「……やった、の?」
ふいに、全身から力が抜けた。継灯を使った、反動。けれど、あの敗北の夜とは、違った。倒れかけた僕を――母が、しっかりと抱きとめてくれた。
「灯真……! よく、頑張ったわね」母が、泣きながら、僕を抱きしめた。
『よく、やった。灯真』時の彼方で、父も、優しく言った。その声に、誇らしさが滲んでいた。
僕は、初めて。誰かを、守れた。
何も持たなかった、僕が。父の灯を継いで。大切な人を、この手で。
涙が、こぼれた。悔しさの涙では、なかった。
けれど、僕は、まだ、知らなかった。
燼の言った「灰返りの刻」が。そして、あの未来からの声が告げた、本当の意味が。これから、どれほど大きな戦いへと、僕を導いていくのかを。
過去の父と、繋がった、今。
次に、僕を待っていたのは。――未来、だった。




