第十一話 初めての繋がり
助けて。誰か。――父さん!
その叫びが、僕の胸の灯から、時の壁を突き破って放たれた。
刹那。
胸の奥の灯が、これまでにない熱さで燃え上がった。覚悟が極限まで研ぎ澄まされた、その瞬間。閉ざされていた時の扉が――こじ開けられる感覚がした。
灯の、ずっと向こう。三十年の時を隔てた、彼方。
そこに、いた。
温かい、優しい、灯。あの御守りの光と、同じ。けれど今度は、録音された声ではない。確かな息遣いのある、生きた温もり。
『――灯真!』
声がした。
若い、男の声。けれど、その響きを、僕の魂は知っていた。ずっと、忘れていなかった。大きな手で、頭を撫でてくれた、あの。
「……父、さん?」
涙が、勝手に溢れた。
『ああ。聞こえるぞ、灯真』その声は、震えていた。喜びに。『繋がった……やっと、こうして、おまえと』
時を、越えて。
三十年の時の壁を越えて。僕は今、父と――生きている父と、繋がっていた。
聞きたいことが、言いたいことが、山ほどあったはずだった。なのに、言葉が出てこない。ただ、嗚咽だけが込み上げる。
「父さん……っ、僕、父さんの顔も……ろくに覚えてないんだ。声しか……」
『そうか』父の声は、優しかった。『……すまなかったな。そばにいてやれなくて。おまえが、こんなに大きくなるまで』
「ううん……っ、ううん」僕は、首を振った。「父さんが遺してくれた、灯。それが、何度も僕を守ってくれた。僕、ずっと……父さんに、会いたかった。ありがとうって、言いたくて」
『……灯真』
時の彼方で。父が、ふっと笑った気がした。泣きながら、笑うような。
『立派になったな。おれの、息子だ』
けれど、その温かい時間は、長くは続かなかった。
黒い炎が、再び僕に襲いかかる。現実の危機が、すぐそこにあった。母が、倒れている。焔が、燼の影が、迫っている。
『灯真。聞け』父の声が、鋭くなった。守る者の声に。『おまえの後ろに、大切な人がいるんだろう。なら――立て。まだ、終わっちゃいない』
「で、でも、僕の灯じゃ。届かないんだ。こんなに、弱くて……」
『弱くなんか、ない』父が、きっぱりと言った。『おまえの灯は、ちゃんと繋がった。三十年の時を越えて、おれに届いた。――それの、どこが弱いものか』
僕の胸が、熱くなった。
『今だけ、おれの灯を貸す』父の声が、力強く響いた。『おまえの灯に、重ねろ。おれの力を、おまえのその手に。――二人で、守るんだ。おまえの、大切な人を』
その、瞬間。
時の彼方から。温かい光が、奔流のように、僕の灯へと流れ込んできた。
父の、灯。三十年の時を越えて注がれる、父の力。それが、僕の弱々しかった光に、重なり、溶け合い――かつてない、まばゆい橙の輝きとなって、僕の全身を包み込んだ。
体に、力が漲る。さっきまで消えかけていた命の灯が、今は、煌々と燃えている。
僕は、ゆっくりと立ち上がった。
握りしめた御守りから。否、僕自身の胸から。あふれ出す橙の光が、家を覆っていた、墨のような闇を、ぐんぐんと押し返していく。
焔が、目を見開いた。「なに……っ、その灯は」
燼の影が、闇の中で、わずかに揺らいだ。『……ほう。父親と、繋がったか。面白い』
僕は、母を背に庇い、前を見据えた。
もう、一人じゃ、ない。
隣に――いや、時の彼方に。父が、いる。僕に力を貸して、共に戦ってくれる、父が。
「焔」僕は、まっすぐに彼を見た。声は、もう震えていなかった。「お前の、灰返りは。僕が――いや、僕たちが、止める」
橙の光が、夜を照らした。
何も持たなかった、僕の、初めての本当の戦いが。今、始まろうとしていた。父と、共に。




