第九話 未来からの囁き
翌日。僕は、守屋さんの店で、昨夜のことを二人に話した。
時の彼方から聞こえた、若い男の声。父ではない、誰か。そして、その声が告げた言葉。『〈灰返り〉が、動きはじめる』。
守屋さんの顔色が、変わった。
「……〈灰返り〉、だと」彼は、低く呻いた。「その声、確かにそう言ったのか」
「はい。間違いありません」
守屋さんはしばらく、黙り込んだ。やがて、絞り出すように言った。
「灰返り、というのはな」彼は、僕と鈴を交互に見た。「灰村の、悲願だ。一族が何代にもわたって追い求めてきた――おぞましい企て」
「灰村は、継灯の力を、こう使おうとしている。時を遥か過去まで遡り――燈本という血脈を、その『始まり』から消し去る」守屋さんの声が震えた。「もし、それが成れば。燈本は過去に、一度も存在しなかったことになる。――今を生きるおまえも。おまえの父も。これまで燈本が救ってきた、すべての人々も。何もかも、最初からなかったことにされる」
僕は、ぞっとした。
殺されるのとは、違う。消される。生まれてきたことすら、なかったことに。そんなことが。
「でも、おかしいよ」鈴が、口を挟んだ。「その警告の声。灯真くんのお父さんじゃ、ないんでしょ? なら、誰なの。継灯で繋がれるのは、血族だけ、なんだよね?」
「ああ。継灯は、同じ血を引く者としか繋がれん」守屋さんは、僕をじっと見た。「過去か――未来の血族と」
未来の、血族。
「だが、宗一の声ではないなら」守屋さんは、訝しげに眉を寄せた。「過去の血族でも、なかろう。となれば……」
その先を、彼は言わなかった。
未来の、血族。けれど、僕には子どもなんていない。兄弟もいない。未来に、僕の血を引く者がいるとすれば、それは。
考えかけて、僕は頭を振った。まさか。そんなはずは。
ただ、あの声の奇妙な懐かしさだけが、胸の奥にいつまでも残っていた。
「いずれにせよ」守屋さんが、表情を引き締めた。「その声の警告が本当なら。灰村は、近く、大きく動く。狙いは、灯真、おまえだけじゃないという。――備えねば、ならん」
その夜から。
町の空気が、変わった。
鈴が青い顔で店に駆け込んできたのは、その数日後のことだった。
「大変……っ、町中の瘴気が! 一気に濃くなってる!」
僕も、感じた。あの、ぞわりとした悪寒。けれど今度は、比べ物にならない。町全体が、墨のような闇に覆われていくような。
灰村の、大きな動き。それが――始まろうとしていた。
そして、僕は、ふいに嫌な予感に襲われた。
狙いは、僕だけじゃ、ない。あの声は、そう言った。
なら――母さんは。
家に、一人でいる、母さんは。
僕は、弾かれたように店を飛び出した。




