第8話:監視対象
測定室の空気が変わっていた。
理由は単純だ。
新人の数値ではなかったから。
『身体強化率:8.9%』
『神経反応速度:B』
『戦闘適応:A-』
モニターへ表示された数値を見て、数人の新人が息を呑む。
「……おい、A-ってなんだよ」
「初戦闘だろ?」
「ありえなくないか……?」
ざわつきが広がる。
無精髭の男は腕を組んだまま俊也を見ていた。
「お前、本当に初実戦か?」
「そうです」
俊也は短く答える。
嘘ではない。
“この人生では”。
白衣の女性がモニターを操作する。
だが、その表情は少しだけ険しかった。
「戦闘適応値が高すぎる……」
「何か問題でも?」
別の研究員が聞く。
「普通、新人は恐怖で反応速度が落ちます。でも彼は逆です」
画面が切り替わる。
戦闘時の記録映像。
俊也の動きがスロー再生される。
「判断速度が異常に早い」
「しかも迷いがない」
「戦闘経験者レベルだ」
俊也は黙ってそれを見ていた。
(前世じゃ、この程度じゃ生き残れなかった)
■来夏の違和感
一方で、別の問題も起きていた。
「一ノ瀬来夏、再測定を行います」
来夏が再び装置へ入る。
「えぇ……また?」
本人は困ったように笑う。
だが研究員たちは笑っていなかった。
装置が起動する。
脳波。
神経伝達。
適応率。
様々な数値が流れていく。
しかし数秒後。
再びモニターが乱れた。
『ERROR』
『UNKNOWN SIGNAL』
『ACCESS DENIED』
「またか……」
研究員の一人が顔をしかめる。
「システム側が測定を拒否している?」
「そんなことありえるのか?」
空気が少しざわつく。
来夏本人だけが状況を理解していなかった。
「えっと……私、そんなに変ですか?」
「いや……」
白衣の女性は言葉を選ぶ。
「普通じゃない、ですね」
来夏の顔が引きつる。
■覚醒者と一般人の違い
測定終了後、新人たちは簡易講義室へ集められていた。
大型モニター。
白い机。
まるで学校みたいな空間。
「これより、“覚醒者の基礎知識”について説明を行います」
担当教官が前に立つ。
年齢は三十代後半ほど。
左腕が機械化されていた。
「まず、お前たちは一般人とは違う」
その一言で室内が静かになる。
「覚醒者はエネミーを倒すことで成長する」
モニターに映像が映る。
黒い核。
オートマティックデバイス。
そして、それが砕ける瞬間。
「エネミー内部には特殊エネルギーが存在している」
「覚醒者はそれを吸収し、自身を変化・進化させる」
「身体能力、神経速度、感覚器官、思考処理能力。個人差はあるが、確実に人間離れしていく」
新人たちがざわつく。
「じゃあ……俺たちって」
「人間じゃなくなるんですか?」
教官は少し黙った。
「半分正解だ」
空気が重くなる。
「覚醒者は強くなる」
「だが、その過程で壊れる者もいる」
モニターが切り替わる。
そこには、暴走した覚醒者の映像が映っていた。
黒い血管。
異常な身体変化。
崩壊した肉体。
「適応に失敗した覚醒者は、“侵食”される」
来夏の顔色が少し変わる。
「だから国家覚醒機関は、お前たちを管理している」
「力を与えるためじゃない」
「暴走させないためだ」
■ステータスの存在
「そして一部の覚醒者には、“情報層”が見える」
俊也の目がわずかに動く。
「戦闘中、数値や情報、解析表示が視界へ流れ込む現象だ」
新人たちがざわつく。
「ゲームみたいなやつですか?」
「似ている。だが違う」
教官が即答する。
「これは遊びじゃない」
「AIが人類を管理するために作った“解析補助システム”の残骸だ」
俊也は静かに教官を見る。
(ここまで分かってるのか)
前世より研究速度が速い。
「現在、この情報層を視認できる覚醒者は全体の数%」
「そしてその多くが、高ランク覚醒者へ成長している」
空気が変わる。
新人たちの目の色が変わった。
力。
成長。
特別。
その言葉は、人を簡単に変える。
■監視対象
講義終了後。
俊也は一人、別室へ呼ばれていた。
小さな部屋。
机と椅子だけ。
そこにいたのは、白衣の女性だった。
「笹水俊也」
「あなた、“見えてますよね?”」
俊也は答えない。
女性は続ける。
「戦闘記録を確認しました」
「あなただけ、敵の動きを予測するような反応をしている」
「しかも、初戦闘とは思えない」
俊也は静かに女性を見る。
「何が言いたいんですか」
女性は少しだけ沈黙する。
そして、小さく言った。
「本日より、あなたを監視対象に指定します」
空気が止まった。
「これは処罰ではありません」
「ですが、“情報層認識者”は非常に貴重です」
「そして同時に、危険でもある」
俊也は表情を変えない。
だが内心では理解していた。
(早いな)
前世よりも。
全てが。
部屋を出る直前。
白衣の女性が最後に言った。
「それと、一ノ瀬来夏についてですが……」
俊也の足が止まる。
「彼女のデータ、機関のデータベースに存在しない反応が出ています」
「正直に言います」
女性は少し迷ったあと、低く言った。
「……あれは、人類側の反応に見えませんでした」




