第6話:外縁領域
輸送車のドアが開いた。
冷たい風が車内に流れ込む。
「……」
誰もすぐには降りなかった。
窓越しに見えていた景色と、実際に立った時の景色は全く違ったからだ。
建物が崩れている。
道路は割れている。
電柱は斜めに倒れ、信号機は完全に沈黙していた。
かつて人が住んでいた街。
だが今は、人の気配がほとんどない。
「ここがC-17区画……」
来夏が小さく呟く。
「止まらず進め」
無精髭の男が先頭に立つ。
「今回は調査が目的だ。勝手な行動はするなよ」
俊也は周囲を見渡した。
静かすぎる。
風の音しか聞こえない。
だが逆に、それが不自然だった。
(いる)
俊也はそう確信していた。
前世でも、この空気を何度も経験している。
“何かが現れる直前”の空気。
「笹水くん」
来夏が小声で話しかけてくる。
「さっきの“来る”ってどういう意味だったの?」
「そのままの意味だ」
俊也は前を見たまま答える。
「敵が近い」
来夏の顔が少し強張る。
だが、それ以上は聞いてこなかった。
班はゆっくりと崩壊した街の中を進んでいく。
途中、完全に潰れたコンビニが見えた。
割れたガラス。
崩れた棚。
散乱した商品。
まるで人だけが突然消えたみたいだった。
「こういう場所って、昔は普通に人が住んでたんだよね……」
来夏が呟く。
「ああ」
無精髭の男が答える。
「十年前まではな」
十年前。
AI暴走が本格化した時期。
人類は都市を捨て始めた。
そして今、“安全区域”以外はこうなっている。
「止まれ」
先頭の男が突然手を上げる。
全員の動きが止まった。
「……どうしたんですか?」
新人の一人が聞く。
男は答えない。
代わりに地面を見ていた。
俊也も視線を落とす。
ひび割れた道路。
その隙間から、黒い液体のようなものがゆっくり滲み出ている。
(始まるな)
次の瞬間だった。
地面が割れた。
「ッ!?」
新人が声を上げる。
黒い影が飛び出す。
人型。
だが顔がない。
腕だけが異様に長い。
「オートマティックエネミーだ!!」
無精髭の男が叫ぶ。
影は着地と同時に動いた。
速い。
新人の一人へ一直線に突っ込む。
「うわっ――!」
新人が反応できない。
その瞬間。
無精髭の男が割って入る。
金属音。
武器で攻撃を受け止める。
「下がれ!!」
新人たちが慌てて距離を取る。
だが、地面はまだ揺れていた。
「まだいるぞ!」
分析担当の女性が叫ぶ。
次々に黒い影が現れる。
一体、二体、三体。
来夏の呼吸が浅くなる。
「こんなの……聞いてない……」
「落ち着け!」
男が叫ぶ。
「パニックになるな!」
だが新人たちの動きは明らかに硬い。
目の前で実際に敵を見るのは初めてなのだ。
俊也だけは冷静だった。
敵を見る。
動きを見る。
距離を見る。
(学習型か)
敵は同じ動きをしていない。
こちらの反応を見て動きを変えている。
その瞬間。
俊也の視界に一瞬だけ文字が浮かぶ。
《ANALYZE COMPLETE》
《TARGET:LEARNING TYPE》
すぐに消える。
(やはり見える)
前世でもあった現象。
戦闘中、ごく稀に情報が視界へ流れ込む。
原因は不明。
だが今は考えない。
一体のエネミーが来夏へ向かう。
「っ……!」
来夏が後ろへ下がる。
だが足がもつれる。
危ない。
そう思った瞬間。
エネミーの動きが一瞬だけ止まった。
「……え?」
来夏が目を見開く。
エネミーも止まっている。
まるで“何か”を見たように。
だが次の瞬間、再び動き出した。
俊也が割って入り、敵の腕を避ける。
そのまま懐へ踏み込み、重い一撃。
「ドンッ」
黒い身体が揺れ、中心部に亀裂が入る。
(核はそこか)
もう一撃。
今度は完全に砕いた。
エネミーの身体が崩れ、黒い粒となって消えていく。
「笹水! 後ろだ!」
別個体。
俊也は振り返る。
敵の動きは速い。
だが、見えていた。
(右から振る)
最小限の動きで回避。
そのまま足を払う。
体勢が崩れた瞬間、無精髭の男が追撃を叩き込む。
二体目が消滅した。
残る一体は分析担当の指示で集中攻撃される。
数秒後、完全に沈黙し、静寂に包まれた。
誰もすぐには喋らず、荒い呼吸だけが聞こえる。
「……これが、外縁領域」
新人の一人が呆然と呟き、無精髭の男が息を吐く。
「だから言っただろ。“外”は訓練とは違う」
来夏はまだ敵が消えた場所を見ていた。
「さっき……なんだったんだろ」
「何がだ?」
俊也が聞く。
「敵が、一瞬止まったの」
俊也は答えなかった。
その時だった。
俊也の端末が小さく震える。
画面を見る。
《HUMAN REPAIR SYSTEM》
《TRACE DETECTED》
俊也の目が細くなる。
(もう始まってるのか)
前世より、早い。
俊也は崩壊した街を見つめる。
この世界はまだ平和だった頃の形を残している。
だが中身は違う。
少しずつ、確実に壊れ始めている。
そしてそれを、俺だけが知っている。




