第5話:初任務(調査班)
国家覚醒機関の朝は、いつも同じ音で始まる。
金属の扉が開く音。
靴が床を叩く音。
そして、淡々と流れる点呼の声。
「笹水俊也」
「一ノ瀬来夏」
呼ばれた名前に反応し、二人は一歩前に出た。
その場には、すでに多くの覚醒者が並んでいた。
同じ“新人”でも、空気が違う。
(全員が似ているようで、全然違う)
俊也は無意識に観察していた。
隣で来夏が小さく息を吐く。
「なんか……緊張するね、ここ」
「まだ何も始まってない」
俊也は短く答える。
だが内心では違うことを考えていた。
(ここは“始まる前の戦場”だ)
訓練室の壁面にモニターが灯る。
そして、無機質な文字が並んだ。
『外縁領域調査任務:C-17区画』
『目的:異常反応の確認および記録』
「今回は戦闘任務ではない」
職員の声が響く。
その言葉で、少しだけ空気が緩む。
だがすぐに続きがあった。
「ただし、接触の可能性は排除されていない」
その瞬間、緩んだ空気が戻った。
来夏が小さく呟く。
「それって……結局危ないってことだよね」
「そういうことだ」
俊也は即答した。
出発までの時間、覚醒者たちは待機室に集められた。
ここでは初めて、他班の存在が見える。
・緊張で黙っている新人
・余裕そうに笑う者
・何も言わず天井を見ている者
誰もが“同じ場所にいるようで違う場所にいる”。
「初任務か?」
隣の男が軽く話しかけてくる。
「そうです」
来夏が答える。
「まあ死ななきゃ成功だ」
男は笑って、すぐに視線を外した。
その言葉に来夏は少しだけ黙る。
俊也はそれを見ていた。
(軽い言葉ほど、現場では重くなる)
「移動班、順次出発」
アナウンスが流れ、覚醒者たちが一斉に立ち上がる。
その瞬間だけ、空気が変わった。
待機していた“日常”が終わり、“任務”に切り替わる。
来夏が一歩踏み出して言う。
「行こうか」
「...」
「まだ始まってない」
俊也は言う。
だが、もう戻れない場所にいることは分かっていた。
車両内------
車両に乗り込むと、静けさが増した。
外の音が完全に遮断される。
「思ったより普通だね」
来夏が窓の外を見る。
「普通に見えるように作られてるだけだ」
俊也は答える。
車内には他の班の覚醒者もいる。
誰も大きな声を出さない。
その沈黙が逆に不自然だった。
車両が進むにつれ、景色が変わる。
建物は減り、道路は割れ、緑が増える。
「ここ、昔は街だったんだよね」
来夏が聞く。
「データ上はな」
俊也が答える。
(だが今は“記録上の街”だ)
車両が一度だけ揺れた。
誰も気づかないほどの小さな揺れ。
だが俊也だけは目を細める。
(今のは……)
外を見る。
遠くの空間がわずかに歪んでいる。
「まもなく到着地点」
アナウンスが流れる。
空気が一段階重くなり、来夏が小さく手を握る。
俊也はそれに気づくが、何も言わない。
(ここからだ)
車両が停止し、ドアが開く直前。
外の空気が“少しだけ歪む”。
だがまだ何も見えない。
無線が一瞬だけノイズを出す。
《……-C17……異常反応……》
すぐに途切れる。
ドアが開き、外の空気が流れ込んだ。
その瞬間。
来夏が一歩踏み出そうとする。
その瞬間。
俊也が低く言った。
「来る」




