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転生のおしごと ~あなたの異世界転生、当社が請け負います(※ご本人の同意は不要です)~  作者: カミツキ
転生先は御社ですか?

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第9話 大型案件です

「魔法実験中に発生した死亡、身体機能の喪失および能力消失について、弊社は補償いたしません」


 高木の初納品を終えた翌朝、事務所の通信画面には岩を削って人の顔に近づけたような男が映っていた。

 顔の前では青白い炎が揺れているが、室内を照らしている様子はない。菜月には立体映像なのか、本当に顔の前で燃えているのかも分からなかった。


『構わぬ。三十二のうち、一人でも魔王を倒せる器が見つかればよい』


 通信相手は、異世界ノルディアを管理する神グレオスだった。


 その神を相手に契約条件を読み上げているのは、菜月の知らない女性社員である。肩に届かない黒髪に細い銀縁の眼鏡をかけ、菜月より少し年上に見えた。


「改めて対象を確認します。現世の同じ学校、同じ学年、同じ学級に在籍する生徒三十二名。転移後、グレオス様が一人ずつ異なる魔法を付与し、適性を比較するという依頼で間違いありませんか」


『間違いない』

「三十二名全員が必要ですか」

『条件をそろえねば比較にならぬ』

「当日欠席などにより人数が不足した場合、弊社の判断で実行を保留します。その際は日程または契約人数について、再度協議させていただきます」


 グレオスの前で炎が大きく揺れた。


『一人欠けただけでもか』

「同一条件の集団をご希望なのは、グレオス様です」


 女性社員の声は変わらなかった。


 中学生三十二人へ異なる魔法を与え、誰が魔王討伐に向いているかを試す。その計画自体は問題なく契約書へ記載されているのに、一人の欠席は許されないらしい。


 しばらくして、画面上の契約書へグレオスの印が押され、契約が成立した。


 三十二名分の受注番号が一覧へ追加されると、女性社員は通信を切り、椅子の背へ体を預けた。


「取れた! 大型案件!」


「上坂さん」


 別の机で契約書を確認していた高槻が、すぐに名前を呼んだ。


「受注を喜ぶ前に、実行条件を確定してください」

「今からやります」


 上坂と呼ばれた女性は姿勢を戻すと、初めて菜月へ顔を向けた。


「新しく入った川瀬さん?」

「はい」

「上坂美知留。営業担当。入社は私が一年先じゃね」


 差し出された手を握りながら、菜月は通信画面に並ぶ三十二件の番号を見た。


 昨夜届いた新規依頼のメールには、人材選定依頼一件とだけ書かれていた。その中身が、教室一つ分あるとは思っていなかった。


「三十二人を一度に送るんですか?」

「今回は転生じゃなくて集団転移じゃけえね。肉体ごと送るから、現世で死亡させる必要もないし、魂の回収もいらん。到着した日から現地で動ける」

「私のときみたいに、刺す担当がいらないんですね」

「その分、準備が簡単。一件で複数人を扱えるけえ、こういう案件は営業同士で取り合いになるんよ」


(まとめてお得みたいに言うな!)


「今回の依頼は、本社から割り振られたものではありません」


 高槻が口を挟んだ。


「上坂さんが新規開拓した世界です」

「契約まで八か月かかりました」


 美知留は誇らしそうに言いながら、白竜湖周辺の地図を表示した。


「最初の四か月は、通信をつないでも炎しか映らなかったんよね」

「グレオス様はいたんですか?」

「おったみたい。話を聞いとらんかっただけで」

「それを四か月続けたんですか?」

「神様は寿命が長いけえ、人間より検討に時間がかかるんよ」


 営業上の分類は、結果を見てから決まるらしい。


 美知留が地図を拡大すると、市内から白竜湖へ続く山道と、その途中にある長いトンネルが表示された。


 契約対象は、市内の公立中学校に通う二年二組の生徒三十二名。数日後に予定されている校外学習で、クラスごとに貸切バスへ乗り、白竜湖へ向かうことになっている。


「学校が手配した二号車を、前日の配車変更という形で演出課の車両に差し替えます。運転手も演出課の社員。グレオスが接続を開く時刻に合わせて、このトンネルへ入れる予定です」


「トンネルの中で、バスごと転移させるんですか?」


「接続と発光現象はグレオス側が担当します。弊社は対象者と車両を指定時刻に接続範囲へ入れ、周囲の車両を遠ざけます」


 高槻が補足した。


「転移するのは、契約書へ登録された生徒三十二名、事前に指定された所持品、二号車です。運転担当者と添乗員は、接続地点の手前で退避します」


「バスも転移対象なんですか?」

「はい。車両費は契約額へ含まれています」


 菜月は学校側の運行表を確認した。

 各車両には一クラスずつ乗り、担任も同乗することになっている。


「担任の先生はどうなるんですか?」

「対象外の生徒と一緒に、接続地点の手前で支援車両へ移します」

「校外学習の途中で、先生だけ別の車へ移ってくれますか?」

「体調不良者が出た場合の分乗手順として、学校側の承認を取ります」

「じゃあ車両ごと消えた後は?」

「捜索機関への情報提供と学校側への対応は、事故処理課が担当します」


 中学生三十二人とバスが消えた後にも、菜月の知らない業務手順が用意されているらしい。


「実行条件を詰めましょう」


 高槻が学校から受領した資料を会議机へ表示した。学級名簿、健康調査票、緊急連絡先、座席表が並び、美知留は慣れた手つきで二年二組の人数を確認していく。


「在籍三十二名。契約人数と一致しています」


 そのまま確認済みの印を付けようとした美知留の手を、菜月は声で止めた。


「ちょっと待ってください。この二人、乗るバスが入れ替わっています」


 座席表の前方に記載された一名は、二年二組ではなく二年一組の生徒だった。備考欄には、乗り物酔いをしやすいため前方の空いている席へ移すと書かれている。

 一方、二年二組の生徒は体調面の配慮から、保健教諭が乗る別の車両へ移されていた。


「人数は三十二人だけど」


 美知留が二つの名簿を見比べる。


「人数は合っています。でも、このまま二号車の乗客を一括で対象にしたら、二年二組が一人足りなくて、二年一組の生徒が一人混ざります」


 高槻も座席表へ目を通し、菜月の指摘した二名へ印を付けた。


「川瀬さんの指摘どおりです」


 中学生を異世界の魔法実験へ送り込む契約は通ったのに、実行計画は乗り物酔いによる座席変更で止まった。


(魔王は通ったのに、乗り物酔いで案件が止まるん!?)


「クラス名簿だけでなく、当日の乗車名簿も確認した方がいいです」


 菜月は健康調査票と運行上の注意事項を続けて開いた。


「欠席者が出れば、空いた席へ別の生徒を移すかもしれません。保健対応や班の変更で、別の車両に乗る可能性もあります」

「こういう確認、経験あるん?」

「前の会社で団体保険を扱ったことがあります。申込時の名簿と、当日の参加者が違うことは珍しくありませんでした」


 社員旅行や町内会の行事では、人数が同じまま参加者だけが入れ替わることがある。事故が起きた後で対象者を確認すると、契約上の補償対象と実際の負傷者が一致せず、話がこじれた。


「つまり、二号車を丸ごと押さえても、契約した三十二人がそろうとは限らない?」

「はい。人数が合っていても、中身が違う可能性があります」

「商品が違うわけね」

「生徒を商品みたいに言わないでください」

「うーん、人材が違う」

「言い直しても、あまり変わってません」


 美知留は気にした様子もなく、グレオスへ送る契約変更の文面を作り始めた。


「対象者の指定は、車両単位から個人単位へ変更します」


 高槻は学級名簿と乗車予定表を並べ、それぞれに管理番号を付けた。


「上坂さんはグレオス様に接続条件の変更を連絡してください。演出課には、対象者全員の氏名、顔写真、当日の座席位置を共有します」

「分かりました」

「川瀬さんには、実行当日の乗車確認を担当していただきます」


 突然名前を呼ばれ、菜月は顔を上げた。


「私がですか?」

「名簿の不一致を発見したのは川瀬さんです。契約対象者の確認にも、前職の経験が使えます」

「学校の先生も、出発前に出席を取りますよね」

「学校側の出席確認を、弊社の納品検査として扱うことはできません」

「同じ生徒を二回確認するんですか?」

「目的が違います。学校側は校外学習へ参加する生徒を確認し、弊社は契約した三十二名が対象車両に乗っていることを確認します」


 先ほど見つけた座席変更を考えれば、同じ確認ではない。

 菜月が反論できずにいると、高槻は当日の乗車予定表を端末へ送ってきた。


「欠席、遅刻、座席または乗車車両の変更が一件でもあれば、トンネルへ入る前に報告してください。接続を保留します」

「一人でもですか?」

「三十二名全員という契約です」

「グレオス様が怒りません?」

「契約条件を守らないまま引き渡す方が問題です」


 高槻は当然のこととして答えた。


「私は、どこで確認するんですか?」

「対象車両へ同乗していただきます」

「学校側には、何と説明するんです?」


「バスガイドです」


 高槻は足元から細長い箱を持ち上げ、菜月の前へ置いた。

 ふたを開けると、中には紺色のジャケットと白い手袋、小さな制帽が収められていた。


 黄色い帽子ではなかったことに、最初に安心してしまった自分が嫌だった。


「白竜湖までの校外学習に、バスガイドって必要ですか?」

「弊社の業務には必要です」

「学校側には必要ないんですね」

「はい」


 高槻は隠そうともしなかった。

 通信画面を開き直した美知留が、菜月の前に置かれた制服を見る。


「似合いそう。当日は笑顔でお願いね。学校に不審がられて配車変更を取り消されたら、八か月分の営業が無駄になるけえ」

「中学生三十二人を異世界へ送る計画が、私の接客態度で中止になる可能性があるんですか?」

「あります」


 高槻が即答した。


「現世側の失敗要因としては十分に考えられます」

「笑顔も納品条件なんですか?」

「契約条件ではありませんが、実行環境を維持するために必要です」


 菜月は白い手袋を持ち上げ、その下に入っていた二種類の運行表へ目を通した。


 学校へ渡される方には、出発時刻や休憩場所、白竜湖への到着予定が記載されている。社内用の運行表にも途中までは同じ予定が並んでいたが、目的地手前のトンネルだけには、赤い文字で別の業務が書き加えられていた。


 納品。

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