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転生のおしごと ~あなたの異世界転生、当社が請け負います(※ご本人の同意は不要です)~  作者: カミツキ
転生先は御社ですか?

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第5話 パワハラ上司を調査することになりました

 高木正彦の候補者調査書は、菜月の赤字と付箋で原形を失いかけていた。


 入社翌朝。


 事務所の会議机には、高木の営業記録、面談記録、顧客対応履歴が年代順に広げられている。菜月は印刷した高木の顔写真を机の端に追いやり、その上に性格が最悪と書いた付箋を貼る。向かいに座った高槻が、その付箋を剥がした。


「これは調査結果ではありません」

「半年間かけて確認した事実です」

「川瀬さんの評価です。何をした結果、何が起きたのかを書いてください」


 高槻はその付箋を、根拠のない評価を集めた付箋の山へ置いた。


 説教が長い。


 自分の失敗を部下のせいにする。


 飲み会を断ると機嫌が悪くなる。


 休日でも電話をかけてくる。


「『同じ話を二時間続けられる』は残していいですか?」

「何に役立つのでしょう」

「相手が折れるまで話し続けられます」

「実際に要求を受け入れさせた事例があれば、交渉を継続する能力として検討できます」

「部下が反論を諦めとるだけです」

「では、相手と結果を確認してください」


 悪口を、それらしい言葉へ置き換えればいいのだと思っていた。だが、高槻は言葉だけを変えることを認めなかった。


(元上司のパワハラを棚卸しして、異世界向けの営業資料に変えんといけんの!?)


 菜月は高木の写真を裏返し、営業記録を引き寄せた。


 氏名、年齢、職歴。

 契約件数、売上、顧客対応履歴。


 資料の右上には、見慣れない項目も表示されている。


 転生実行可能期間――未確定。

 発生見込みあり。


「この『発生見込みあり』って何ですか?」

「高木さんを転生案件として実行できる期間が、近いうちに発生する可能性があります」

「まだ送れないんですか?」

「期間が確定していませんので、実行できません」

「候補に登録したら、いつでも殺せるわけじゃないんですね」

「はい。期間、契約、計画の三つがそろった場合に限ります」


 高槻は営業記録の束を指した。


「その前に、提案に値する人材かを確認してください」


 事務所の奥で、金属製の棚が閉まる音がした。

 成瀬が厚いファイルを一冊抱え、会議机へ運んでくる。


「高木さんが担当した案件の原記録です」

「まだあるんですか?」

「実績として計上されている案件を絞りました」


 成瀬はファイルを開き、色の違う見出しを三か所示した。


「契約前に担当者が変更された案件です」


 菜月は一件目の記録を開いた。最初の相談から契約直前までは、別の社員が担当している。最後の面談だけ、高木の名前に変わっていた。


「横取りですよ。こういうの、何回もありました」

「元の担当者だけで契約できたのでしょうか」

「できたはずです」


 成瀬が顧客との交渉記録を菜月の前へ滑らせた。


「契約直前に、追加条件が出ています」


 菜月は二枚の記録を並べた。


 顧客から条件の変更を求められ、担当社員との話し合いが止まっている。解約の申し出が出た翌日、高木が顧客先へ出向いていた。


 面談時間は三時間四十分。


 その日のうちに条件を調整し、契約を成立させている。同じような案件は、一件ではなかった。菜月は付箋を一枚取り、契約直前の案件を横取りと書きかけた。


 横取りした。


 部下の成果を奪った。


 それでも、解約寸前の契約を成立させたことも事実だった。菜月は紙へ強く押しつけていたペンを離した。付箋には、ペン先の跡だけが深く残っている。


「やっぱり最悪じゃないですか」


 菜月は記録を高槻へ押し出した。


「部下に任せて、失敗しそうになったら自分が出て、最後だけ自分の成果にしています」

「途中で放棄してはいませんね」

「そこを評価するんですか?」

「部下を育成できていないことも、成果を自分へ集めていることも記載してください。都合の悪い事実を消す必要はありません」

「そんなことを書いたら、売れないんじゃないですか?」

「欠点を隠して契約を取れば、転生後のクレームになります」


 高槻は過去の交渉記録を抜き出し、机に並べた。


「一方で、対立している相手と直接交渉できます。条件が変わった場でも判断しています。目標を達成するまで、簡単には引き下がりません」

「人の気持ちは全然分かりませんけどね」

「人の気持ちを理解する仕事には、向いていないということです」


 高槻は高木の欠点を否定せずに、使える場所だけを探している。菜月は裏返していた高木の写真を表へ戻した。写真の中の彼は、一度も見たことのない穏やかな笑顔を浮かべている。菜月は指先でその端を押さえた。


「あの人を、役に立つ人みたいに扱わないでください」


 高槻の手が止まった。


「私は半年も我慢したんですよ」

「高木さんを評価しても、川瀬さんが受けたことは変わりません」

「だったら――」

「高木さんに能力があると認めることは、川瀬さんへの行為を正当化することではありません」


 菜月の指の下で、写真の角がわずかに曲がったが、高槻は写真を取り上げようとはしなかった。


「川瀬さんにとって有害だったことと、別の組織で必要とされることは両立します」

「そんな都合のいい話があります?」

「弊社が判断するのは、良い人間かどうかではありません。誰に、どの仕事を任せるかです」


 菜月は写真から指を離した。


 納得もしていないし、許すつもりもない。高木に使い道があると認めたところで、半年間怒鳴られ続けた事実まで消えるわけではなかった。


 高槻が別の資料を机へ広げた。菜月を受け入れる予定だった依頼主からの依頼書だった。


「若い女性が欲しいって書いてありますよ」

「現行の人材条件に、高木さんが適合していないことは承知しています」

「だったら、どうしてこの人を調べてるんですか?」

「依頼主が指定した人材と、解決したい問題が一致しているかを確認するためです」


 依頼書には、セルディア北部で停滞している案件の概要が記されていた。


 三か月前の豪雨で、穀倉地帯と王都を結ぶ街道の一部が崩落。


 補修命令は出されたが、道路を管理する官庁は軍用輸送路だと主張し、軍は民間の穀物輸送路だとして対応を拒否している。現地の領主は、予算の承認が下りるまで人員を出さない。責任者が決まらないまま、同じ報告書が部署を往復していた。


 食料輸送は遅延。


 王都では穀物の価格が上がり始めている。


「依頼書では、各部署への聞き取りと未処理記録の整理を担当する人材として、社会人経験のある若い女性が指定されています」

「私を送って、書類を片づけさせる予定だったんですよね」

「はい。ただし、川瀬さんが書類を整理しても、補修の責任者が決まらなければ街道は直りません」

「また同じ書類が回り始めるだけですね」

「川瀬さんが半年で退職を決めた職場と、構造がよく似ています」


 報告が上がらない。


 責任者が動かない。


 処理されていない仕事は、断らない人間へ集められる。


 前の会社で何度も見た光景だった。高槻は、補修命令と高木の交渉記録を並べた。


「先方に必要なのは、書類を整理する人材ではありません。責任者を決め、期限を切り、反対する部署を動かせる人材です」

「高木部長なら、全部の部署を集めて怒鳴りますよ」

「それで補修が始まる組織であれば、適性があります」

「言い方は最悪でしょうけどね」

「伝達方法には問題があります。権限と対象業務を制限する必要があります」


 高槻は、高木を全面的に褒めているわけではなかった。欠点を消さず、被害が広がらない使い方まで考えている。


 菜月は性格が最悪と書いた最初の付箋を、根拠のない評価を集めた山から取り戻した。


 部下との信頼関係構築に問題あり。

 対立状態にある相手との直接交渉が可能。

 明確な目標がある場合、長時間の交渉を継続。

 上位者からの命令に対する遂行意識が高い。


「これならどうですか?」


 高槻は付箋を一枚ずつ確認し、高木の経歴書の横へ並べた。


「最後の項目に根拠はありますか?」

「社長に命じられた仕事だけは、どれだけ無茶でも終わらせてました。社長が来る日は、部下にも優しかったです」

「後半は不要です」

「一番腹が立つところなのに」

「だから不要です」


 高槻は商談資料の表紙を印刷した。最初の表題は、社会人経験を持つ若年女性の代替候補だった。高槻はその表紙を破棄し、高負荷組織における業務再建責任者と題したものを印刷し直した。


「同じ人の資料に見えません」

「同じ人間を、別の問題に合わせて提案しています」

「欠点は載せたままですよね」

「はい。適性のない仕事へ配置しないためにも必要です」


 前の会社なら、都合の悪い記録は消せと言われていた。この会社は、人を殺して異世界へ送るくせに、欠点を残したまま配置と権限を調整しようとしている。


 どちらがまともなのか考え始めると、また判断基準がおかしくなりそうだった。


「私もこんな感じで売られてたんですか?」

「保険契約と事故対応の経験を持つ若年人材として提案していました」

「半年しか働いてないのに?」

「半年間で経験したことは事実です」

「私の欠点も書いたんですか?」

「職歴が短いことと、前職を退職予定であることは記載していました」

「退職理由は?」

「依頼主から求められた場合に説明する予定でした」

「どんなふうに?」

「長時間労働と継続的な叱責のある環境から、自分の判断で離脱できる人材です」

「都合よく言い換えないでください」

「事実と異なる説明はしていません」


 高槻が完成した資料をそろえ、机の角で二度、紙の端を整えた。そのとき、成瀬が調査部門から届いたメールを開いた。


「高木さんの死亡可能性値が基準を超えたと連絡がありました。候補者情報に記録された終了時刻までが、今回の実行可能期間です」

「過ぎたら?」

「今回の計画では、魂を確実に回収できません」


 候補者に選んだから、いつでも殺せるわけではない。契約と計画をそろえたうえで、この限られた期間に実行しなければ転生は成立しない。


「実行可能な計画はありますか?」


 高槻が尋ねた。


「二つあります。どちらも準備が必要です」

「本日中に商談を行います」


 高槻は完成した資料を通信端末の横へ移した。


「川瀬さんは、商談用の順番に並べ替えてください」

「今からですか?」

「契約変更が成立しなければ、現場準備には進めません」


 菜月は椅子から立ち上がった。


 広げていた資料を集め、街道補修の現状、高木の実績、欠点と権限制限案の順に並べる。一枚の向きが逆になり、直そうとした手が別の資料へぶつかった。紙が二枚、床へ落ちる。


 拾い上げる指先が冷たくなっていた。


「性別と年齢の条件を変えて、高木部長を売り込んで、計画を作って、現場まで準備するんですよね」

「はい」

「それをこの時間内に?」

「そのために、今から始めます」


(昨日まで納品される側じゃったのに、今日は元上司を納品する期限に追われとるん!?)


 高槻は依頼主との通信画面を開いた。


「川瀬さんにも同席していただきます」

「私もですか?」

「高木さんを最もよく知っているのは、川瀬さんです」

「嫌なところしか知りません」

「その情報も必要です」


 高槻は菜月の前へ商談資料を置いた。


「感情だけで発言しないでください。事実と異なる説明をした場合は止めて構いません」

「本当に止めますよ」

「そのために同席していただきます」


 通信先への接続が始まった。


 高木を異世界へ送りたい。


 そのためにこの会社へ入り、一晩かけて嫌いな男の記録を読み、認めたくもない能力まで探した。


(元上司の長所まで探した初仕事を、契約不成立で終わらせるんは絶対に嫌じゃ。何としても売らんといけん)


 自分でも恐ろしい方向へ、仕事への責任感が芽生え始めていた。


「一つ聞いてもいいですか?」

「何でしょう」

「この商談が失敗したら、高木部長はどうなるんですか?」

「その場合は転生させません」

「助かるんですか?」


 高槻は接続中の画面から目を離さなかった。


「この期間を越えて、生き続ける可能性はあります」


 助かるとは言わなかった。


 通信画面が切り替わり、紺色の長衣をまとった壮年の男が姿を現した。額の中央には、細い銀色の紋が浮かんでいる。


 セルディアの神、オルダン。

 菜月を受け入れる予定だった依頼主だ。


『条件の再調整を含む代替案を提示すると言ったな』


「はい」


 高槻は高木の資料を送信した。


「四十六歳の男性です」

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