第27話 逃した魂はデカかったです
演出課から届いた工程案には、前回までなかった赤字の注意事項が並んでいた。
菜月は最初のページをめくり、承認欄で指を止める。
「まだ承認されていないんですか?」
「承認できる内容か確認しています」
高槻が施設の図面を打ち合わせ机へ表示した。
候補者が巡回順序を変えたため、次にどの通路を使うか分からない。工程案では、候補者が選ぶ可能性のある場所へ演出課員を分散して配置することになっていた。
待機場所は六か所。使用する車両も前回の倍に増えている。
「一人の予定が分からなくなっただけで、こんなに増えるんですか?」
「どの経路を選んでも対応できるようにした結果です」
成瀬が図面を拡大し、配置地点を順に確認した。
「現場では無理です」
「理由をお願いします」
「対象者が経路を変えれば、配置した場所が全部外れます。全経路を押さえるなら、人と車両が増えすぎます」
施設の出入口付近だけで、三台の車両が必要になっていた。
「これだけ置いたら、事故より会社の方が目立ちませんか?」
「目立ちます」
菜月は工程案の第三者退避欄へ印をつけた。
「通路から人を外せば、候補者が不自然だと判断しますよね」
「人を残せば、先に退避させます」
「どちらでも工程が止まるんですね」
「そうです」
高槻が演出課へ回線をつないだ。
「対象者が工程開始後に引き返した場合、すべての設備を安全に解除できますか?」
『一部は、解除が間に合わない可能性があります』
「第三者が予定外の通路へ入った場合は」
『全工程を中止します。ただし、複数地点の同時確認が必要です』
「確認担当を追加した場合、対象者から視認される可能性は?」
『上がります』
高槻は安全確認欄を不承認へ変更した。
続けて、秘密保持の項目を開く。
「対象者は、すでに同一機体を複数回注視しています。追加の人員や機材を配置すれば、さらに行動が変わる可能性があります」
菜月は前回提出したドローンの飛行記録を開いた。
「機体を替えても、飛行経路や時間帯で気づかれる可能性が残ります」
「はい。現行案では、対象者へ追加の観測を行う必要があります」
「それも不承認ですか?」
「対象者が弊社の存在を認識する前に、中止する必要があります」
高槻は秘密保持の項目も不承認にした。
美知留が見積書を横へ並べる。
「演出課の追加人員、車両、待機時間で、契約額を超えとるね」
「フィリマ様へ追加費用をお願いすれば、実行できますか?」
「成功を保証できんのに、追加料金だけお願いすることになるよ」
高槻は工程案の誘導方法を開いた。
候補者がどの経路を選んでも同じ場所へ到達するよう、通路の一部を使用不能にする計画だった。
「これ、不運な事故になるんですか?」
「経路を人為的に限定した時点で、承認済みの死亡条件から外れる可能性があります」
「死亡させられても、契約どおりではないんですね」
「死亡させることだけが目的ではありません。承認された条件で魂を納品する必要があります」
契約条件の欄にも、不承認が入った。
菜月は工程案の印を見比べた。
安全のために人を増やせば、秘密保持が難しくなる。人を減らせば、第三者の動きを確認できない。候補者の経路を絞れば、不運な事故ではなくなる。
「直せば直すほど、別の条件から外れています」
「今回の候補者では、条件を同時に満たせません」
高槻が工程案を閉じた。
「この候補者は中止します」
「今回の工程だけですか?」
「候補者選定を取り消します。対象者への追加接触も行いません」
菜月は候補者評価票を開いた。
三回の死亡工程を経て、依頼条件への適合率は最初より上がっている。
「依頼条件には、前より合っていますよね」
「必要とされる能力が、納品条件を成立させません」
「それで候補者から外れるんですか?」
「納品できない以上、候補者として継続することはできません」
高槻は選定取消の承認欄へ電子署名を入れた。
「この人は、このまま生きているんですよね」
「死亡していませんので」
(本人は何も知らんまま、三回とも勝ったんじゃ……)
「成瀬さんは、演出課員と配置車両の撤収確認をお願いします」
「分かりました」
「川瀬さんは、次回の飛行申請を取り下げ、工程不成立の報告を完了してください」
「分かりました」
「上坂さんは、フィリマ様へ候補者変更の連絡をお願いします」
「すぐに連絡します」
壁掛けテレビに、フィリマの姿が映った。
美知留が画面へ向き直った。
『また失敗したのか?』
「現在の候補者では、承認済みの死亡条件を成立させられませんでした」
『求めた能力が足りなかったのか?』
「逆です。危険を避ける能力が、想定より高い方でした」
『それほど優秀なら、なおさら欲しいのだが』
「その能力によって、納品できません」
フィリマは肘掛けへ頬杖をついた。
『危険を避ける者を求めた結果、死亡させられぬのか』
「はい」
「別の候補者を選定しますか?」
『急ぎではない。条件に合う者が見つかるまで保留せよ』
「承知しました」
通信が切れると、美知留は案件を保留に変更した。
* * *
数日後、候補者は変更した順序で施設を巡回した。
設備から異音はしなかった。資材棚も所定の線へ収まり、上空に無人航空機の姿もない。
一度だけ空を見上げ、次の区画へ歩いていった。
彼が生き延びた理由は、NLAの記録へ一行で残された。
《危険察知能力が高すぎるため、死亡工程中止》
その直後、美知留の電話が鳴った。
「はい、ネクスト・ライフ・エージェントの上坂です」
いつもの営業用の声で応答し、相手の話を聞く。
ペン先が止まった。
「え?」
美知留は受話音量を上げた。
「いつですか。……先ほど?」
椅子から立ち上がる。
「新規分だけですか? 契約前の案件は――全部?」
通話を終えると、菜月たちへ向き直った。
「大変です! 大口顧客の異世界で、魔王が……討伐されました!」
「それは、いいことなのでは?」
「勇者関連需要が消滅しました! 新規発注は停止です!」




