第26話 同じドローンでした
打ち合わせ机の中央に、灰色の小型ドローンが置かれていた。
菜月は送信機の画面へ、施設外周の飛行区域を表示する。前回の死亡工程で候補者が区画全体を止めたため、演出課は複数の経路を使用する工程へ組み直していた。
「外周の確認は、私が担当します」
「確認範囲は、第三者の進入と対象者の予定経路です」
高槻が飛行計画を開く。
「対象者の追跡には使用しません。予定経路を外れた場合は報告し、工程を中止します」
「機体を見られた場合は?」
「視認だけであれば、直ちに中止する必要はありません。対象者が継続して注視した場合は、指定した退避経路へ移してください」
「分かりました」
「成瀬さんは現場側の退避確認と、工程中止後の原状確認をお願いします」
「分かりました」
演出課から、飛行区域と死亡工程の開始位置が共有された。
数日後、菜月と成瀬は施設外周に止めた作業車へ入った。
菜月がドローンを上昇させる。映像には、搬入口へ続く通路と、その周囲の設備が収まっていた。
「外周に第三者はいません。清掃員二名は、指定区域の外です」
『飛行区域を維持してください』
事務所から高槻の声が返る。
候補者が搬入口から出てきた。手元の巡回表を確認し、予定されていた通路へ向かう。
壁際の設備から、短い駆動音が聞こえた。
候補者の足が止まる。
一度目の音より、二度目の方が長かった。
候補者は設備へ近づかず、通路脇に置かれた車輪付きの資材棚を見た。床へ引かれた停止位置の線から、わずかに外れている。
「これ、誰が動かしました?」
清掃員の一人が首を横へ振った。
「触っていません。点検は終わっていると聞いています」
「では、ここから離れてください。二人とも、防火扉の向こうへ」
「清掃が残っています」
「点検済みの設備から違う音がしているなら、終わっていません」
二人が清掃用具を持って通路を離れる。
候補者は防火扉が閉まったことを確認し、自分も予定経路から外れた。
「対象者が予定経路を外れました」
菜月の報告を受け、高槻が即座に指示した。
『死亡工程を中止してください』
演出課が応答した。
『了解しました。後続設備を停止します』
菜月はドローンを飛行区域の端へ寄せた。
候補者が施設へ戻る前に、一度だけ上空へ顔を向ける。機体を数秒見たあと、そのまま防火扉の向こうへ消えた。
原状確認を終えた成瀬が、作業車へ戻ってくる。
「清掃員二名に接触はありません。設備と資材棚も、演出課が元へ戻しました」
(数センチで、全部止められたんじゃ……)
「対象者は、異音の原因まで確認していませんよね」
「確認前に周囲を退避させました」
高槻は候補者評価票を開き、新しい項目を追加した。
「異常発見後の周辺人員退避と、原因判明前の経路封鎖を確認しました。ヴィネット側の依頼条件への適合率を上方修正します」
「納品できていないのに、評価項目だけ増えていきますね」
「適合確認は進んでいます」
演出課は、候補者が周囲の人間を先に退避させることを前提に、工程を再設計した。
次の実行場所は、施設の別棟だった。
第三者が入りにくい時間帯を選び、候補者が通常業務で使用する二つの通路へ工程を分ける。どちらか一方でも予定外の人員が入れば、全工程を止める条件は変わらない。
菜月は前回と同じ作業車から、ドローンを上昇させた。
「第三者はいません。演出課員の退避も確認しました」
『対象者が別棟を出ました』
候補者が階段を下りてくる。
予定では、そのまま正面の通路へ入ることになっていた。
候補者は階段の途中で止まり、上空へ顔を向けた。
菜月の指が送信機の操作レバーから離れる。
「対象者が機体を見ています」
『飛行音への反応ですか?』
「違います」
候補者の視線が、機体の移動に合わせて動いていた。
「前回と同じ機体です。前回も数秒見られています」
『注視を確認しました。退避してください』
「退避経路へ移します」
菜月は機体を上昇させず、事前に指定された建物の裏側へ向けた。対象者の位置から離れる経路だけを通り、追跡できる角度には戻さない。
候補者はドローンが見えなくなるまで立ち止まっていた。
その後、正面の通路へは入らなかった。
巡回表を開き、施設の裏手へ続く別の階段を下りていく。
「対象者が予定経路を外れました」
『死亡工程を中止してください』
演出課から応答が返ってくる。
『了解しました。開始条件未成立として、全工程を解除します』
三度目の死亡工程は、最初の異常が起きる前に終了した。
事務所へ戻った菜月は、ドローンの飛行記録を高槻へ提出した。
「指定高度から外れていません。対象者を追跡せず、決められた退避経路へ移しました」
高槻は映像と操作記録を照合した。
「飛行記録と一致しています。手順違反はありません」
「では、同じ機体を使ったことが原因ですか?」
「現時点では断定できません。ただし、同一対象者の周辺で機体を繰り返し使用する場合の基準が不足しています」
「前回、候補者は機体を数秒見ています」
「視認のみでしたので、当時の基準では報告対象外です」
「基準どおりに動いた結果ですか?」
「はい。基準が不足していました」
高槻はドローン運用基準の改訂を菜月へ割り当てた。
「川瀬さん。同一対象者への使用回数と、注視された場合の退避条件を整理してください」
「機体を替えるだけでは駄目ですか?」
「外観以外の要素で認識される可能性が残ります。飛行経路と使用間隔も含めてください」
「分かりました」
菜月は二度の飛行記録を並べ、重なっている区域へ印をつけた。
その夜、候補者は翌日の巡回表を開いた。
水漏れを見つけた区画も、設備の異音を聞いた搬入口も、事前に提出していた予定経路の途中だった。
上空にいた無人航空機も、二度ともよく似ていた。
偶然にしては、自分の予定と重なりすぎている。
候補者は、翌日の巡回順序を入れ替えた。
「しばらく、予定どおりには動かない方がいいな」




