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転生のおしごと ~あなたの異世界転生、当社が請け負います(※ご本人の同意は不要です)~  作者: カミツキ
第2章 必要なのは勇者ですか?

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28/28

第28話 魔王が倒されたので大変です

「今日、実行する勇者案件を出してください」


 高槻の声で事務所が動いた。


 菜月は机に積んでいた予定表を開く。今日の日付に勇者案件が三件並んでいた。そのうちの一件は、開始予定まで三分を切っている。


 美知留の受話器からは、遠い異世界の鐘と歓声がまだ漏れていた。魔王を倒した異世界側では祝宴が始まり、こちらでは人を死なせないための予定表が開かれている。


「候補者は予定地点へ向かっています」


 菜月が一件目の現場報告を読み上げると、高槻は机の時計に目を移した。


「中止連絡を優先してください。契約確認は私が行います」

「最初の一件、成瀬さんがもう現場に入っています」

「連絡してください。上坂さんは、契約済みの案件も中止対象か確認を続けてください」


 菜月は現場用の受話器を取った。

 一度目の呼び出し音で、成瀬につながる。


『成瀬です』

「成瀬さん、今すぐ死亡工程を中止してください!」

『理由は』

「魔王が倒されました!」


『未実行分は全部ですか』


 視線を美知留へ向ける。美知留は別の受話器を肩に挟み、紙へ走らせていたペンを止めた。


「新規分だけじゃないみたいです。まだ死亡していない候補者は全部止めてほしいって」

「契約済みも中止です」

『了解しました』


 高槻が、成瀬の胸元につけたカメラの映像を壁掛けテレビに映した。現場は商店街の入口だった。道路側に演出用の車が止まり、歩道の建物側には、灰色のかつらをつけた女性社員が杖を持って立っている。


 候補者が女性を助けようと車道へ出たところで、死亡条件を成立させる予定だった。


『中止です。救助役は隣の店へ入ってください。車両担当は動かさず待機』


 女性社員は杖をついたまま、すぐ横の衣料品店へ入った。軽自動車は路肩から動かない。


「もう止まりましたか」

『接触工程は止めました。候補者が予定地点を通過するまで、配置は崩しません』


 映像の奥から、作業着を着た男性が歩いてきた。候補者資料で確認した顔だった。片手に弁当の袋を提げ、前を行く会社員と同じ速度で歩いている。


 菜月は予定表の中止連絡欄に時刻を書いた。現場へ電話をつないだ時刻と、成瀬が復唱した内容も紙へ残す。その隣の停止確認欄にペンを移した。


「川瀬さん、そちらはまだです」

「連絡は済みました」

「現場の撤収を確認していません」


 菜月はペン先を浮かせた。


 これまでの死亡工程でも、止めると言った時点では終わっていなかった。社員と道具が残っていれば、候補者の動き次第で予定外の事故が起こる。


 男性が店の前へ近づく。


 ガラス越しに、灰色のかつらが見えた。女性社員は商品棚の前に立ち、買い物客のふりをしている。杖も手放していない。


 男性が足を止めた。

 菜月の指が受話器に食い込む。


 胸元から携帯電話を出し、画面を確かめただけだった。

 すぐに歩き出し、止まったままの軽自動車の前を通り過ぎる。


 机の時計の秒針が、開始予定時刻を越えた。


 男性は死ななかった。


 魔王討伐も、自分を助けさせるために老女が待っていたことも知らないまま、弁当袋を揺らして角を曲がった。菜月は資料を閉じず、その姿が消えるまで指で押さえた。


『候補者が現場を離れました。救助役を回収します』


 店の扉が開く。女性社員はかつらも杖もそのままで、買い物袋を抱え、建物沿いを歩いて車の後部座席へ乗った。


 最後に成瀬が歩道と車道を見回し、助手席へ乗り商店街から離れた。


 画面に残ったのは、何も起きなかった歩道だった。


「候補者との接触は」

『ありません』

「一般人への影響はありましたか」

『ありません。社員と道具の撤収も完了しています』

「死亡工程の中止を確認しました」


 菜月は三つの確認欄へ印をつけた。


「これで、一件目は終わりですか」

「はい。候補者に追加の接触は行いません」

「勇者候補だったことも、知らせないんですよね」

「知らせる契約ではありません」


 菜月は男性の資料に、中止とだけ書いた。助かったとも、生存とも書かない。会社の記録では、予定した工程を実行しなかった案件になった。


 通話を切ると、美知留が受話器を置いた。


 菜月は一件目の資料を中止済みの側に移した。まだ十三冊が残っている。開始前の案件だけではなく、救助役が現場へ向かっているもの、演出課が道具を組み終えたもの、候補者が既に移動を始めているものもあった。


 二件目の資料を開くと、救助役は既に待機場所へ入り、候補者は勤務先を出たと記録されていた。一件目より、止めるために残された時間が短い。菜月は中止確認欄を先に開き、現場の連絡先を指で押さえた。


「新規分だけじゃなく、契約済みも止めてほしいそうです」


 高槻が勇者案件の予定表を開く。一件目の下に、今日と明日の実行予定が続いていた。


「残りは何件ですか」

「十三件です」


 高槻は次の案件資料を菜月の前に置いた。


「次の死亡工程は、十八分後に開始予定です」


 菜月は受話器を取り直した。


(魔王、何倒されとるん!)

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