第24話 結果がすべてではありません
瀬戸内からの光が事務所の窓を白く照らすころ、菜月は打ち合わせ机で高槻と向かい合っていた。
「川瀬さん、今後一年間の個人目標を設定してください」
高槻が一枚の用紙を、打ち合わせ机の中央へ置いた。
菜月の氏名と所属は、すでに印字されている。その下には、評価期間の終了日として一年後の日付が記載されていた。
「一年間ですか?」
「はい。この目標が、今後一年間の人事評価の基準になります」
(一年後まで、ここで働く前提になっとる……)
入社した直後は、一週間先も分からなかった。
菜月は用紙を手元へ引き寄せた。目標のほかに、設定理由と実行方法、達成状況の確認方法を書く欄がある。
「これ、自分で決めるんですか?」
「私と内容を確認した上で、川瀬さんに決めていただきます」
「上から数字を渡されるんじゃなくて?」
「部署として達成すべき数字は別にあります。個人目標は、担当業務と本人の経験に合わせて設定します」
菜月は目標欄へペンを置いた。
「達成する直前に、数字が増えたりしませんよね?」
「変更が必要な場合は、理由を記録し、本人と合意した上で修正します」
「本人の合意が要るんですか?」
「本人の評価ですので」
菜月のペンが止まった。
前の会社では、評価期間が終わったあとで、達成基準が増えたことを知らされた。
(評価される本人だけが、評価基準を最後まで知らんかったのに!?)
「何を書けばいいですか?」
「今後一年間、川瀬さんが自分の業務として取り組みたいことを書いてください」
「では……」
菜月は目標欄へ書き込んだ。
ミスをしない。
高槻は用紙を受け取り、その一行へ目を通した。
「評価できません」
「まだ一行しか書いていません」
「その一行が評価できません」
用紙が戻ってくる。
「何もしなければ、達成できるためです」
「仕事をしなかったら、別の理由で評価が下がりませんか?」
「下がります」
「逃げ道にもならんかった……」
菜月は書いた目標へ二本線を引いた。
「評価基準って、成功と失敗以外にもあるんですか?」
「あります。部署も担当業務も違います。同じ業務でも、本人の経験によって目標の難易度は変わります」
高槻は用紙の実行方法の欄を指した。
「自分で決めた目標に対してどう動いたか、必要な報告や修正を行ったか、結果として何が残ったかを確認します」
「未達成でもですか?」
「未達成という事実だけで評価は決めません。結果がすべてではありません」
「前の会社では、数字が届かなかったら全員同じ評価でした」
「それでは、難しい目標を設定した人ほど不利になります」
「結果を出した人より高い評価になることもありますか?」
「結果を確認しないという意味ではありません」
菜月は用紙へ視線を戻した。
「残業時間は評価に入りますか?」
「勤務時間は勤怠管理へ入ります」
「遅くまで残った方が、やる気があるように見えませんか?」
「勤務時間内に同じ成果を出した方より、高く評価する理由がありません」
「上司に言われたことを、断らず全部やるのは?」
「内容を確認せず引き受ける方が問題です。担当範囲を超える場合は、先に報告してください」
「失敗したら減点ですか?」
「同じ失敗でも、隠した場合と、報告して改善した場合では評価が異なります」
「たとえば?」
「川瀬さんの採用時の件は、計画失敗として記録し、手順を改善しています」
「私の例で説明しないでください」
(前の会社の高評価条件、全部こっちでは改善対象なんじゃけど!?)
菜月は空欄のままの目標欄を見た。
「今日中に決めればいいですか?」
「問題ありません。決まったら、もう一度確認します」
席へ戻ると、美知留が端末へ年間目標を入力していた。
「上坂さんも、目標を決めとるんですか?」
「今、出すところよ」
「何にしたんですか?」
「新規取引先との契約を一件成立させる」
菜月は美知留の端末をのぞき込んだ。
候補世界の調査、接触、条件整理、提案、契約締結までが、一つの目標にまとめられている。
「規模が違いすぎませんか?」
「営業じゃけえね。新しい世界と一本つながれば、来年度以降の売上にもなるし」
「成立しなかったら未達ですよね」
「そうじゃね」
美知留は入力した内容を保存した。
「でも、接触した世界と、断られた理由が残れば、次の営業に使えるけえ。何も残らん動き方をせんかったらええんよ」
菜月は自分の用紙へ目を落とした。
工場への潜入は、自分から希望した。
ドローンの講習も、自分から申請した。
どちらも、最初から成功が決まっていたわけではない。
目標欄へ、新しい一文を書き込む。
夕方、菜月は用紙を持って高槻の机へ戻った。
「これでお願いします」
高槻が目標欄を読む。
「自分から提案した業務を三件担当し、実行結果と改善点を報告する」
「はい。担当希望だけではなく、業務改善の提案も一件として数えます」
「提案が採用されなかった場合は?」
「採用されなかった理由を確認して、次に変える点まで報告します」
「担当した業務が失敗した場合は?」
「事実を記録して、原因と改善点を出します」
高槻は実行方法と確認方法に目を通し、目標承認欄へ日付を入力した。
「評価可能です。今後一年間は、この内容で進めてください」
「分かりました」
用紙を受け取ろうとして、一番下の欄が目に入った。
全社員共通項目として、二つの番号が印字されている。
「この、ISO9001とISO14001更新審査への協力って何ですか?」
「異世界標準化機構の認証規格です」
「番号ごとに違うんですか?」
「9001は納品業務の品質管理、14001は転送設備と回収資材の環境管理が対象です」
「魂を扱う会社が、環境には配慮しとる……」
「事業内容にかかわらず、環境負荷は発生します」
高槻が承認済みの用紙を差し出した。
菜月は受け取り、最初に書いた「ミスをしない」の跡へ指を重ねた。
二本線の下には、これから自分で取りに行く三件が残っていた。




