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転生のおしごと ~あなたの異世界転生、当社が請け負います(※ご本人の同意は不要です)~  作者: カミツキ
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第23話 注文は取り消されました

「通路を空けてください!」


 現場責任者の声が、工場内の事務所へ響いた。菜月は壁際まで下がり、工場長の机へ集まる人の動きを避けた。


「救急車は?」

「呼んでいます。正門の人にも伝えました」

「担架が入れるように、入口の箱を動かしてください」


 作業員が机と壁の間を空ける。別の作業員は工場長に呼びかけながら、救急隊から電話で伝えられた手順を続けていた。菜月の端末に、成瀬と高槻のやり取りが流れる。


『西側搬入口へ到着しました』

『周辺状況は』

『事前確認どおりです。回収位置まで移動します』


 西側搬入口から事務所の裏手までの経路は、前日にドローンで確認されていた。障害物の位置と、作業員が通る時間帯も記録されている。菜月は端末へ目を落とし、工場長が動かなくなってからの経過を入力した。


 救急車の音が近づいてくる。


「正門、開いています!」


 救急隊員が事務所へ入り、工場長を囲んだ。菜月は壁に背中をつけたまま、端末の時刻を確認する。やがて、成瀬の声が入った。


『対象者の死亡を確認しました。回収へ移ります』

『実行してください』


 救急隊員が工場長の身体を担架に移している。机には、送信を終えた生産表が開かれたまま残っていた。


『回収完了。遅延ありません』

『魂の状態は』

『低下は確認できません』

『死亡確認時刻と回収完了時刻を記録してください』

「分かりました」


 菜月は二つの時刻を入力した。送信ボタンに置いた指が止まる。


(死んだのに、よかったって思ってしまった……)


 机の電話が鳴った。誰も受話器を取らないまま、呼び出し音だけが事務所に残った。


 菜月は記録を送信した。救急隊が工場長を運び出したあとも、事務所には人が残っていた。現場責任者が机から生産表を取り、明日の担当者を確認する。


「二番ラインは、この順番で動かします。工場長が送った表を使ってください」


 事務員がうなずいたところで、電話が鳴った。


「はい」


 受話器を取り、メモ用紙へ手を伸ばす。


「先日の追加注文ですか。はい」


 生産表に記載された注文番号を確認する。


「全数取り消し、ですか?」


 現場責任者が顔を上げた。


「すでに製造へ入っています。材料も使用していますが」


 受話器の向こうから返答があり、事務員のペンが止まる。


「未出荷分は、すべて停止ですね。分かりました」


 電話を切った。


「追加分、取り消しだそうです」

「明日の最初に入れてある分ですよ」

「未出荷なら止めてくれと」


 現場責任者は、工場長が最後に作った生産表を見た。追加注文の番号に赤い線を引く。すぐに別の電話が鳴った。


「はい。仕様変更の件ですか」


 事務員は新しい仕様書を手元に寄せた。


「元の仕様へ戻すんですか?」


 昨日まで何度も差し替えられていた書類だった。


「再検査も不要……分かりました。確認書を送ってください」


 電話を切ると、変更後と書かれた仕様書を机の端に分けた。


「昨日変えた分も、元へ戻すそうです。再検査もなくなりました」

「治具はもう動かしています」

「戻すしかないですね」


 工場の中で、止まっていたラインが一つ動き始めた。工場長が最後まで調整していた四番ラインだった。現場責任者が生産表を持って出ようとしたところで、三度目の電話が鳴る。


「今度は何ですか」


 事務員が受話器を取った。


「明日納品分も、ですか?」


 現場責任者の足が止まる。


「工場長が、さっき組み直した分ですよ」


 事務員は受話器を押さえた。


「先方都合で取り消しだそうです」

「全部ですか?」


 電話の相手へ確認する。


「追加分は、すべて取り消しですね。分かりました」


 受話器を置き、生産表へ目を落とした。


「追加注文は、すべて取り消されました」


 工場長が最後に引き直した線の上へ、もう一本、赤い線が引かれた。菜月は端末から事務所へ連絡を入れた。


「今から、全部取り消すんですか」


 高槻の声が返ってくる。


『対象者の死亡が確認されましたので、発注を継続する必要がありません』


高槻は取消条件を開いた。


『取消料等は、発注時の条件どおり弊社が負担します』


 仕様変更の書類が外される。

 再検査の予定が消される。


 明日までに仕上げるはずだった製品が、途中の箱ごと作業場所から下げられていった。


 回収容器が事務所へ戻ったのは、その日の夕方だった。成瀬が記録を高槻に提出する。


「回収経路に変更はありませんでした。西側搬入口から、予定どおり入っています」

「ドローンによる事前確認との差異は」

「ありません」


 高槻は死亡確認時刻と回収完了時刻を照合した。


「回収遅延なし。鮮度低下もありません」


 菜月は工場で入力した記録を開き、成瀬の報告と時刻を合わせた。


 美知留が女神との通信をつなぐ。


「器と、契約書に記載した適性の準備はできとりますか」

『できておる。こちらはいつでも受け入れられるぞ』

「工房の後継者として受け入れる準備も、契約どおりですね」

『もちろんじゃ。あの夫婦の子として、生まれる準備は整っておる』


 高槻が転送記録を確認する。


「では、転送を開始します」


 成瀬が回収容器を転送設備へ接続し、転送操作を終えた。高槻は完了時刻を契約記録に記入した。しばらくして、女神の声が届いた。


『定着したぞ』

「魂の状態に問題はありませんか」

『よい魂じゃ。これなら、あの工房も長く動かせるであろう』

『あの夫婦は腕はよいのじゃが、注文と材料をまとめる者がおらんでの。これで子が育てば、工房も安泰じゃ』

「契約どおりの状態で受け取ったことを確認してください」

『うむ。確かに受け取った』


 高槻が契約記録に完了時刻を入力した。


「契約条件を確認しました。本件を納品完了とします」


 美知留が依頼書を完了済みに移し、成瀬は回収用の機材を片付けた。

 菜月は自分の席へ戻り、案件の完了報告を開いた。


 工場で入力した死亡確認時刻に、成瀬の回収記録と女神の確認記録を添付する。最後に、工場に投入された注文の取消記録を追加した。工場長が最後に送信した生産表には、変更された作業順と、明日の人員配置が残っていた。前倒しされた納期の横には、本人が入力した完了予定時刻がある。


 菜月は同じ注文番号の取消記録を開いた。


 工場長が最後まで守った納期は、本人の死亡確認から十五分後に取り消された。

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