第19話 再発防止策を考えます
翌朝、事務所の会議机に岸本案件の経路図が広げられていた。成瀬が青いペンで予定経路を、赤いペンで実際の回収経路をなぞる。二本の線は橋の手前で分かれていた。
「死亡確認から三分後、予定経路を変更しました。橋の下へ安全に入れなかったためです。変更時と回収時の二回、事務所に報告しています」
「予定経路を使う選択肢は」
「ありません」
高槻が報告書の時刻を確認した。
「川瀬さん、予定と実績をお願いします」
「経路変更後に十一分増えています。死亡確認から魂の回収まで、予定より十四分の遅延です。報告時刻とのずれはありません」
菜月は机の下で指を組んだ。
(十四分遅れたあと、岸本さんは船になったんよ。これで怒られんことある?)
「現地確認票も見せてください」
菜月は確認票と添付写真を机の中央に置いた。橋、周辺道路、待機場所。すべての項目に確認済みの印がある。写っているのは橋の上と進入予定の道路、川岸から見た全景だけだった。
「この『橋、現地確認済み』なんですけど」
菜月が写真を並べた。
「橋の下へ入る経路は、どこにも写っていません」
「事前資料でも下部構造までは確認できませんでした。現地で見たのも、地上から見える範囲だけです」
成瀬が赤い線の分岐点を指した。
「でも、確認票では全部まとめて『橋』になっています。下へ入れるかを確認する欄がありません」
高槻は確認票と写真を見比べた。
「確認を省略したのではなく、調査項目に含まれていなかったということですね」
「はい」
「成瀬さん。現場での判断は現在も変わりませんか」
「変わりません。進入していれば、回収担当者にも危険がありました」
「分かりました」
高槻は確認票の余白に線を引いた。
「現場での判断に問題はありません。再発防止の対象は、事前調査の方法です」
「始末書は必要ないんですか?」
「始末書を増やしても、橋の下は確認できません」
「それは、そうですけど……」
「川瀬さん。確認票に、構造物の上部、下部、進入経路を分けて追加してください」
「私が直すんですか?」
「不足している項目を最も正確に把握していますので」
「見つけた人の仕事になるんですね……」
「改善提案として記録します」
菜月は確認票を自分の前に引き寄せた。
美知留が写真をのぞき込む。
「橋の下まで毎回事前に人を入れるんは、難しいですよね」
「確認のために危険な場所へ入ることはできません」
「地上から見えん場所なら、ドローンはどうでしょう」
「事前確認には使えます。魂の回収はできません」
「見るだけで十分です」
成瀬は地図の赤い線を指した。
「ここを先に確認できれば、代替経路を決められます。ただし、場所ごとの使用確認は必要です」
美知留が端末を開く。
「ほかの現地調査にも使えます。一件ごとに外注するより安くなりそうです」
「保管と点検は現場担当で対応できますか」
「できます。操作できる人員は複数いた方がいいです」
高槻は購入費用を確認した。
「改善策として問題ありません。調査用機材として一台、試験導入しましょう」
「魂が船になった反省会で、次に買うものがドローンなんですか?」
「同じ遅延を防ぐために必要です」
「そこはちゃんとつながっているんですね……」
菜月が確認票に項目を書き足す横で、美知留は外注費との比較を始めた。
「成瀬さんは、運用担当として講習を受けてください」
「分かりました」
「ほかに受講を希望する方は、業務上の用途を添えて申請してください。必要性が認められれば、費用は会社で負担します」
菜月は手を挙げた。
「私も受けていいんですか?」
「業務上の用途を説明してください」
挙げた手が半分まで下がる。
「潜入前の現場確認と、撮影記録の照合に使えます」
「分かりました。その内容で申請してください」
「え、通るんですか?」
「用途が具体的でしたので」
「費用とかは、いったん自分で先払いですか?」
「業務に必要な技能ですので、個人負担にする理由がありません」
(魂が船になった会社が、講習代は出してくれるんじゃ……)
菜月は端末に操作講習の申請を入力した。
会議が終わった。成瀬の始末書は作られず、現地確認票の改訂と、調査機材の購入と、操作講習の仕事が増えた。
菜月が地図と写真を案件ファイルに戻していると、美知留が新規依頼のメールを開いた。
「新規の依頼です」
依頼書が共有され、候補者条件の欄が開いた。
「異世界の工房へ納品するそうです。職人としての能力は先方が用意されます。こちらへ求められとるのは、工房全体を回せる管理経験ですね」
候補者欄には、中規模工場の工場長が一名挙げられていた。高槻が経歴書をめくる。
「書類上の条件は満たしています。現場での実績確認が必要です」
「管理職としての動きは、外から見ただけでは分かりません」
成瀬が添付資料を開いた。
「工場内へ入る必要があります。ちょうど短期作業員を募集していますね」
募集要項には、未経験可と書かれていた。菜月は候補者の経歴書と募集要項を見比べた。確認済みの印だけでは、現場までは分からない。
菜月は手を挙げた。
「今回の潜入調査、私にやらせてもらえませんか?」




