第14話 恋愛待機手当はありますか?
転入から一週間後の放課後、事務所の会議机で、菜月は倉橋と岸本の会話記録を、どちらから話しかけたかで絞り込んでいた。次の接触工程へ進めるかを判定するためだった。画面には、同じ名前が縦に並んでいる。
倉橋千佳。
倉橋千佳。
倉橋千佳。
岸本の名前が入っているのは、転入初日に港までの道案内を申し出た一件だけだった。
「会話は増えてますけど、始めとるのはほとんど成瀬さんですね」
「はい」
「この記録、どうやって判定まで持っていくんですか」
美知留が画面を下まで送り、岸本の名前が増えないことを確認した。
「三日間、千佳ちゃんから話しかけんかったらいいよ」
「三日もですか?」
「一日だと、話す機会がなかっただけかもしれんじゃろ。三日あれば、向こうが会話を続けたいか見えるよ」
「そのまま終わったら?」
「そこまでだったってこと」
高槻は接触計画書に観察期間を追加した。
「通常の挨拶と授業に必要な会話には応じてください。それ以外は、成瀬さんから接触を開始しないでください」
「承知しました」
「恋愛に待機命令が出た……」
* * *
翌朝、成瀬が教室へ入ると、岸本は鞄を机に掛けるところだった。
「おはよう、倉橋さん」
「おはよう」
成瀬は自分の席に座り、岸本は窓際の友人に呼ばれて立ち上がった。
昼休みには別々の場所で食事を取り、放課後も会話はなかった。
「昨日まで普通に話しとったのに」
「記録を継続してください」
高槻は翌日の欄を開いた。
* * *
二日目の昼休み、岸本は購買へ向かう途中で成瀬の席の横を通った。歩幅が狭くなり、机の前で一度止まる。
「岸本、焼きそばパンなくなるぞ」
廊下から友人に呼ばれ、岸本は成瀬へ顔を向けないまま教室を出ていった。放課後には、靴箱の前で携帯端末を開いていた。
成瀬が廊下の角から現れると画面を消し、鞄の持ち手を握り直す。二人の間には、ほかの生徒が三人通れるほどの距離が残っていた。
成瀬は上履きを収め、校舎を出た。岸本の唇が動いたが、音声には何も残らなかった。
「今の、話しかけようとしてましたよね」
『未確認です』
「分かってます。記録には入れません」
菜月は入力欄から手を離した。
(恋愛の待ち時間、見とる方にも手当をつけてほしい……!)
* * *
三日目の昼休み、成瀬は自分の席で弁当箱を開いた。卵焼き、鶏肉の照り焼き、きんぴら、青菜のおひたし。仕切りに使われた葉まで同じ方向へそろっている。
岸本は購買のパンと紙パックの飲み物を持って教室へ戻ってきた。
窓際では友人たちが机を寄せている。岸本はそちらへ二歩進み、成瀬の前に置かれた空席を見て止まった。パンの袋を持つ手が胸元まで上がり、また腰の横へ戻る。
「倉橋さん」
「なに?」
「ここ、座ってもいい?」
成瀬は箸を弁当箱の縁に置いた。
「うん。どうぞ」
岸本が向かいの席を借りパンと飲み物を机に並べたのを見て、菜月が声を上げた。
「来ました」
『記録してください』
菜月は、岸本から話しかけた時刻と会話の内容を記録した。
この三日間、岸本が自分から来るのを待っていた。けれど、この一件が会社にとって何を意味するかも分かっている。
(来てくれたのに、喜んだら駄目な気がする。なんなん、この応援席……)
菜月は記録を送信した。
「それ、自分で作ったん?」
「うん」
「毎朝?」
「できる日は。料理するの、好きだから」
「すごいな。俺、何も作れんけん、いつもパンなんよ」
「岸本君は、何が好き?」
「食べ物?」
「うん」
岸本はパンの袋の角を折り、弁当の卵焼きに目を移した。
「唐揚げとか。あと、卵焼きは甘い方が好き」
菜月のイヤホンに高槻の声が入る。
『好物情報を更新してください』
「一緒にお昼を食べ始めて、一分も経ってませんよ」
『献立の選定に必要です』
菜月は、好物として唐揚げと甘い卵焼きを記録した。入力した二品が、日曜日の弁当案に追加される。
(このまま進んだら、岸本君が死ぬ日に食べる弁当になるん……?)
「この前、佐木島のこと聞いとったじゃろ」
「うん。船で行ける島だよね」
「日曜、行ってみん?」
成瀬の箸が止まった。
「岸本君も一緒に?」
「案内する。港で電動アシスト自転車を借りられるけん、島を一周できるよ」
岸本は開けていないパンの袋を両手で持った。
「坂もあるけど、電動ならそんなにきつくないし、海沿いを走れるんよ。途中にカフェもあるし」
「どんなカフェ?」
「八朔とレモンのフラッペがあるらしい」
「飲んだことあるの?」
「ない。男一人で頼むの、ちょっと恥ずかしいじゃろ」
親指が、袋につけた折り目をなぞる。
「倉橋さんが行くなら、一緒に飲んでみたいなと思って」
成瀬は箸を置き、岸本へ顔を向けた。岸本の視線は机に落ちている。パンの袋はまだ開いていない。
「行ってみたい」
「本当?」
「うん。島を一周して、フラッペも飲みたい」
岸本の肩が持ち上がり、止めていた息が鼻から抜けた。
「じゃあ、日曜。港で待ち合わせでいい?」
「何時?」
「九時半の船に乗りたいけん、九時くらい」
「分かった」
菜月は画面へ身を乗り出した。
「これは、さすがにデートですよね?」
『交際関係の成立は未確認です』
「日曜日に二人で島を一周して、カフェでフラッペを飲むんですよ」
「観光案内にしては、よう考えとるね」
美知留が岸本の提案内容を計画書に移した。
「判定は当日の行動と発言で行います」
高槻が日曜日の行程表を開く。
フェリーの時刻、電動アシスト自転車の貸出時間、島内一周経路、カフェの営業時間が入力されていく。島内一周経路は、演出課の現地確認が必要だった。最後に、二つの工程欄が追加された。
佐木島校外同行
交際成立確認後、死亡工程に移行
三日間の待機は、岸本から初めて休日の約束を引き出した。
その約束の下に、死亡工程の入力欄が開いていた。




