第六話:情報の孤島
二条御所の冷たい床を這うように、堺からの早馬が報せを持ってきた。
千利休が足利に跪いた――その一報は、瞬く間に近畿を、そして西国を駆け抜けた。
「……はぁ、はぁ。よし。これで、経済の『蛇口』を閉めた」
俺の右腕は、すでに肩まで灰色の石のように冷え切っている。もはや動かない右腕を左手で抱えながら、俺は血の混じった呼吸を整える。
代償は身体の表面だけでなく、深部を侵し始めていた。時折、自分の鼓動に、違う揺れが、かすかに混じっているのが分かる。
だが、攻撃の手は緩めない。
泥濘に足を取られ、大義名分を失った羽柴秀吉。奴は今、必死に四方へ書状を送り、味方を募っているはずだ。
俺は、その 書状 という情報の糸を、一本残らず断ち切る。
俺は再び筆を執り、空中に墨をぶちまけるように書き殴った。
『羽柴秀吉の放つ言の葉、すべて「亡者の虚言」と化せ。彼の書状は道中で白紙に変わり、彼に味方する者は「歴史」からその名を削られる』
書いた瞬間、激しい耳鳴りが脳を突き刺した。
「……ぐっ、あああああ!」
耳から細い血が流れ落ちる。音が消え、世界の縁をかすめる微かな乱れだけが大きくなった。
だが、理は発動した。
街道を走る秀吉の伝令たちは、目的地に着く頃には、自分が何を運んでいたのかすら忘却した。
秀吉が必死に認めた血書の数々は、封を切った瞬間にただの白紙となり、受け取った大名たちは 羽柴は狂ったか と冷笑した。
秀吉は今、文字通り 情報の孤島 に閉じ込められたのだ。
数万の軍勢を抱えながら、誰とも繋がれず、誰からも見えない――存在しないも同然の幽霊。
「猿よ……。武力では俺に勝てても、この『記述された世界』でお前に居場所はない」
その時、俺の欠けた視界に、またしても例の 白光 が走った。
『異常:特定重要個体の「存在確率」が著しく低下しています』
『警告:これ以上の改竄は、世界の再起動を招く恐れがあります』
「再起動……だと? ふざけるな。俺がようやく掴みかけた天下を、たかが紙面上の言葉で終わらせてたまるか」
俺は血に濡れた筆を、さらに強く握りしめた。
身体が砕けようとも、この物語の完結は俺が書く。




