第十四話:異邦の審判
白き虚無。
二条御所を包み込んだのは、この世の色彩をすべて吸い尽くしたような、無機質な純白の光だった。
「……あ、……あ……」
俺の喉からは、もはや意味を成す音は漏れない。
右腕は石と化し、左手は透明に透け、右足は崩れ去った。玉座に辛うじて留まっているのは、俺という人間の肉体ではなく、この世界を書き換えようとする 執念 そのものだった。
その光の渦の中から、静かに歩み寄る影がある。
南蛮の法衣を纏い、手には黄金の十字架を掲げた男。その瞳には感情がなく、ただ、乱れた書物を正そうとする 校正者 のような冷徹さだけが宿っていた。
『宣告:不純物。貴殿が綴った「英雄・光秀」も「屈服した徳川」も、すべては理に対する冒涜である』
男が掲げた十字架が、拍動するように光を放つ。
その光が触れるたび、俺が血を吐いて書き上げた 嘘の糸 が、陽炎のように揺らぎ、解けていく。光秀を縛っていた英雄の定義が剥がれ、彼が再び 裏切り者の苦悩 に顔を歪め始めた。
「(……させるか……!)」
俺は、もはや感覚のない指先に代わり、己の 五感 を墨へと変えた。
まずは 味覚 を差し出す。
次に 嗅覚 を。
舌の上から湿り気が消え、鼻腔をくすぐる雨の匂いが消え失せる。世界から 味わい が失われる代償として、俺の振るう筆は、さらなる漆黒の重みを増していく。
『南蛮の使者が掲げる「十字架」は、救いの象徴に非ず。それは、異国の地で道を見失った迷子の「道標」なり』
俺は、虚空に直接文字を刻みつけた。
天が彼を 審判者 として送り込んだのなら、俺は彼を 迷子 として再定義する。
書いた瞬間、男の表情に初めて 困惑 が走った。
「……私は、何を……。この光は、主の導きでは……なかったのか……?」
男の掲げる十字架から光が失われ、ただの古びた木片へと変わっていく。
天の理という絶対的な 正解 が、俺の 嘘 という不純物によって濁り、その機能を停止させたのだ。
だが、代償は容赦なく俺を蝕む。
視界の端に浮かぶ文言が、血の色で明滅する。
『警告:感覚器官の60%を喪失。個体「足利義昭」の存在定義が不安定です』
ふん、不安定か。上等だ。
もとより俺は、歴史の表舞台から消されるはずだった亡霊。
俺は、もはや何も感じなくなった舌を震わせ、形にならない笑いを浮かべた。
見ろ、天よ。
お前が遣わした使いは、今や俺の足元で、自らの名すら思い出せず震えている。
世界から味が消え、匂いが消えても、俺の筆にはまだ 歴史の熱 が宿っている。
次の一行で、俺はこの 白き虚無 に、さらなる混沌を招き入れてやる。




