第十三話:理外の侵略者
二条御所の空は、もはや夜か昼かも判然とせぬほどに混迷していた。
ひび割れた虚空の隙間から、黄金の歯車や無機質な文様が覗き、時折、雨の代わりに 墨の欠片 のような文字が降り注いでいる。
「……あ、……あ……」
俺の喉からは、もう言葉が漏れることはない。
左目の光も消え、今や視界に残っているのは、右目が見せる 血塗られた戦場 と、脳裏に直接響く 天の理 の非情な宣告だけだ。
そこへ、南蛮の法衣を纏った異形の使者が現れた。
その男は、十字架を掲げながら、戦国時代の人間にはあり得ぬ冷徹な眼差しで俺を見下ろした。
『宣告:この世界は、足利義昭という「不純物」によって、保存に値せぬほど汚染されました』
『執行:これより、全ての因果を「白紙」に戻し、清浄なる歴史を再構築します』
男が掲げた十字架から、眼を焼くような純白の光が放たれた。
その光が触れるたび、俺が書き換えてきた 救われた光秀 や 屈服した家康 の糸が、一本、また一本と、無慈悲に解けていく。
「(……させるか、……たまるか!)」
俺は、もはや自分のものかさえ分からぬ 存在 そのものを筆に変えた。
右腕は石、左手は透明。俺は己の魂という墨を、御所の床に、柱に、そして自分自身の身体に直接刻みつける。
『理外の者どもに告ぐ。この世界を「嘘」と呼ぶなら、俺はその嘘を抱いて「真実」を殺してやる。天の白紙を、俺の漆黒で塗り潰せ!』
書いた瞬間――世界が派手な音を立てて悲鳴を上げた。
池の水は空へと昇り、重力はその役割を放棄した。
平伏していた公家たちは雲に向かって浮かび上がり、門番たちの身体は関節を無視して歪み、腕が脇腹から生えるような 理の壊滅 が始まった。
天が 正解 を押し付けるなら、俺は 完全な混沌 で応じるまでだ。
「……は、……ぁ……」
俺は、もはや形を保てなくなった玉座に深く沈み込み、唯一動く指先で、宙に一文字、決意を刻んだ。
『続』
世界が白光に包まれ、すべてが一度、白い虚無へと溶けていく。
物語はここで一度幕を閉じる。だが、それは 白紙 への回帰ではない。
俺という記述者が、天の神を相手に、真の 天下 を書き換えるための序章に過ぎない。
【第一部:完】




