第5話 うん、おかえり。タキナ君
ようやく戻って来た救護室の担当教諭に任せて教室に戻ったら、既に他のクラスメイトはおろか、担任のアオイ先生も副担任のバグラーダ先生も居なかった。
──結局、入学初日はクラス内での自己紹介が出来なかったよ……。
今日は、偽りの学年首席に選らばれるは、入学式で代表挨拶をさせられるは、俺の首席に激オコな女子に決闘を申し込まれるはで、そんな暇がなかった。
流石に、今日は疲れた。
「ええと……。寮はここでいいのかな?」
既に夕方の時刻に差し掛かっているので、俺は自分が居住する事になる寮の建物の前に立っていた。
ウィギンス学園は寄宿制になっており、生徒は皆、親元を離れて寮に住んでいるのである。
──何か、同じ寮でも幾つか分かれてるみたいなんだよな。
俺が入居する事になったのは、バルターリ寮という寮名らしい。
生徒数が多いから、こうして分けてるのかね?
しかし、バルターリ寮は学園から遠いな。
これ、学校敷地の一番端っこじゃないか?
「俺の部屋はっと……ここか」
資料で事前に指定された部屋番号のドアへ向かう。
しかし、こういう時は寮の先輩とかが案内してくれるもんじゃないの? とも思うのだが、俺が来る時間が随分と遅くなってしまっていたせいか、寮の玄関ホールには誰もいなかった。
──今日は、入学式で首席だったり、決闘を申し込まれたり、負けた相手が死のうとするのを止めたりなど色々あったし、とっとと休みたい。
そう思いながら、俺はノックもせずに自分の部屋のドアを開けた。
「きゃっ!」
「んお⁉ 悪い!」
小さなカワイイ悲鳴を上げられ、慌てて扉を閉める。
──しまった! つい、ボーッとしてて忘れてた……。ここの学校は女子ばっかりだったんだ!
寮は2人1部屋だと資料には書いてあった。
って事は、俺の同室も当然、女の子だという訳で……。
──いや、学園側は何考えてるんだ⁉ 流石に俺が田舎者で、同年代が集落に居なかったからって、この年齢の男女が一緒の部屋がマズいっていうのは知ってるぞ!
部屋番号を再度見やるが、やっぱり合ってる。
ひょっとしたら、俺が男子生徒だって事が学園側に上手く伝わってないんじゃないか?
さっきアオイ先生たちも、俺についての情報はほとんど知らされてなかったって言ってたし。
なんて事を考えつつ、これからどうすればいいのかと考えていると。
「あの~」
「え?」
先ほど、俺が慌てて退避した寮の部屋のドアが開き、中の住人が顔を覗かせた。
「同室になるタキナ君だよね? 入って」
「え? でも……」
「さっきは驚かせちゃってゴメンね。よく間違えられるんだけど、こう見えてボク、男の子なんです。あ、そう言えば自己紹介がまだだったね」
そう言って、少し恥ずかしそうにドアの影から姿を現す。
「ボクの名前は、イズミ・エルディア・インデュライン。イズミって呼んでねタキナ君」
寝間着姿の少女……いや、少年は自己紹介してくれた。
銀髪で髪はセミロングで、男にしては髪が長めだけど、これが都会での男の流行の髪型なのだろうか?
背は俺より低く小柄で、ボーイソプラノのような声のトーンの高さが、余計に女の子っぽさを感じる。
「お、おう、よろしく……」
「どうぞ中へ」
「お邪魔します」
「フフッ。ここはタキナ君の家でもあるんだから、お邪魔しますじゃおかしいよ」
「あ、そっか。じゃあ、ただいま」
「うん、おかえり。タキナ君」
微笑んでパジャマ姿で迎えてくれる様は、昔にマンガで読んだ、残業して帰ったら同棲している恋人が笑顔で迎えてくれる絵を彷彿とさせるが、それはまぁ置いといてだ。
待ちに待った男なのである!
男‼ 同年代の‼
「いきなりで悪いんだけど、俺と友達になってください!」
「いきなりどうしたの⁉ タキナ君」
思わず感涙してしまった俺に対し、イズミが怪訝そうな顔をする。
「いやな……。俺、田舎でずっと暮らしてきて、同年代の友達がいなくてさ。同性の友達にずっと憧れがあったんだ」
「そ、そうなんだ……」
何故かイズミが少し罪悪感のようなものを顔に出した気がしたが、初めての同性で同年代の友達が出来る興奮でスルーしてしまう。
「で? どうだろうか? 俺と友達になってくれるかイズミ?」
「これから寮の同室になるんだから当たり前だよ。よろしくね」
そう言って、イズミは微笑んで、こんな俺を友達として迎え入れてくれた。
──やった! 友達2人目ゲットだぜ! 初日で2人目は上出来なのでは?
「いや~嬉しいな。クラスでは女の子ばっかりで正直言って不安いっぱいでさ。イズミの方はどうだった?」
「いや、ボクもウィギンス学園に男の子が入学したって事で、クラスの女の子達からは遠巻きにされてたよ」
そう言いながら、イズミが苦笑する。
どうやら、イズミも入学初日はクラスで肩身の狭い思いをしたようだ。
「ま、まぁそれが普通の反応だよな。俺も話しかけられたのは、『私と決闘しろ!』って言ってきた子だけだったし」
決闘宣言をイコール話しかけられた、の範疇に入れて良いのかは少し疑問だが、まぁ結果的に友達にはなったのだからアリ寄りのアリだろ。
「そうそう。決闘と言えば、ウィギンス学園では今、タキナ君の噂でもちきりだよ。公爵令嬢を決闘でぶっ飛ばしたって話で」
「いや、ぶっ飛ばしてはいねぇよ。相手は女の子だぞ」
「そうなの? ボクはクラスは別だし、クラスの女の子たちが騒いでいるのを小耳に挟んだだけなんだけど、公爵令嬢は入学初日から病院送りになったって聞いたけど」
「大分、噂に尾ひれがついてるなぁ……」
俺のいた村なんて、そもそも噂話をするほどの人数が居なくて、お互いの事は筒抜けだし、よく知っているというのが当たり前だったからな。
村で唯一の子供の俺の情報なんて、近所の爺さん婆さんは全て把握してたからな。
「とは言え、決闘して勝ったのは事実なんでしょ?」
「それは、まぁそうだけど」
「フフフッ。今頃、上級貴族の子たちが住んでるファウスト寮では大騒ぎだろうね」
「そう言えば、寮って幾つかに分かれてるんだな」
「うん。上級貴族の子女はファウスト寮、その他一般レベルの貴族の子達はコッピ寮、そして我らがバルターリ寮は庶民出身の子達だよ。因みに、ファウスト寮とバルターリ寮は、と~~っても仲が悪いみたい」
「同じ新入生なのに、イズミは随分と学園の内部事情に詳しいんだな。俺なんて、この学園の生徒がほとんど女子だって事すら、今日知ったんだから」
「この学園での男子生徒は、今のところタキナ君とボクの2人だけだから、男女比率は1:99以上だね。って、流石にタキナ君が知らな過ぎでしょ」
「面目ねぇ……」
──く~~っ! これだよ、これ! 同性の友達との気兼ねない会話! これこそが、俺の求めていたものだ!
俺は学園の事なんて何も知らないで来ちまったから、同室の友人で事情通のイズミに色々と聞けるのはありがたい。
「あ、そう言えば寮の先輩方から、タキナが来たらホールで新入生歓迎の宴をするって言われてたんだった。帰って来て早々悪いけど、行こうタキナ君」
「おう、相棒」
イズミの誘いに乗り、俺は新しいベッドに腰を落ち着ける間もなく居室を出るのであった。
◇◇◇◆◇◇◇
イズミについて行った先の寮のホールでは、既に新入生歓迎の宴が開かれていて、俺も適当なテーブル卓に混ぜてもらっていた。
「いや~、めでたい! 男子生徒で、しかもタキナ氏のようなA組に入る逸材が我がバルターリ寮から輩出されるとは、きっと神様の思し召しだ!」
「そんな大げさですよコヨイ寮長。あ、ジュースお注ぎしますね」
「わぁ、ありがとう。おまけに先輩への気遣いもできちゃうなんて。素晴らしい出来っ子だぁ!」
さっきから俺は宴会中、寮長の3年生のコヨイ・ベルナール・ワカミヤ先輩に捕まってばかりだ。
こういうの、田舎の宴会で、しょっちゅう爺ちゃん婆ちゃんの杯にお酌していたのを思い出すな~。
爺ちゃん婆ちゃんは、子供の俺に酒をつがれるのが嬉しくてつい飲み過ぎて、酔っぱらって何度も何度も同じ話をして褒めては、その度にお小遣いをくれたんだよな。
あれは、いい稼ぎになったもんだ。
「そうですよね。学年首席で庶民出となると、癖が強い子なのかと思ったら、中々どうして素朴で、いい意味でごく普通の青年だね~」
「アハハッ、ありがとうございます」
それにしても先輩たちはすこぶる上機嫌だ。
こんな風に、入学初日から先輩たちに受け入れてもらえているのは、入学首席だったからに他ならないので、そこはソブエ爺ちゃんに感謝しておかないといけないのかもしれない。
「A組入りしたバルターリ寮生はタキナ氏だけだ。高位貴族の巣窟のA組に単身で不安だろうが頑張れよ」
「はい。って、A組ってそういうクラスだったんですか?」
「ああ。ウィギンス学園は総合成績でクラス分けがなされるからな。剣術や魔術は、幼少期に家庭教師を就けて習ってき御貴族様がどうしても有利だ。まったく……」
苦々しそうな顔で、コヨイ寮長が手に持った杯をテーブルに置く。
どうやら、
「だが、今年のバルターリ寮には有望株が粒ぞろいだ。タキナの同室のイズミもB組所属だしな。お~い、イズミ氏~」
「は~い」
「お、イズミ」
名前を呼ばれて、イズミもこちらの卓に混ざりに来た。
イズミも、何かこういう場に慣れてる感じだな。
「おお、イズミ氏~。君とタキナ氏みたいな逸材が来てくれて、私は寮長として本当に嬉しいよ~。是非、バルターリ寮の未来を担ってもらいたい。貴族のボンボンってだけで、大してソウル・フォースの才能も無いってのに、アイツらはいっつもいっつも!」
「まぁまぁまぁコヨイ寮長。一献どうぞ」
「お、お、ありがと」
イズミが絶妙なタイミングで先輩にお酌をして、ちょっと話題が険悪な方向に入りかけた空気を、すかさず戻しにかかる。
こやつ、中々にやりよる。
しかし、コヨイ寮長のちょっと怖いくらいに怨念がこもっている様子からすると、想像以上に庶民と貴族というのは仲が悪いようだ。
たしかに、俺もA組の中ではちょっと浮いちゃってる印象だが。
「もう一度乾杯しよう。我がバルターリ寮の飛躍を祈願して乾杯~~!」
そして何度目か分からない乾杯の音頭。
未成年故にアルコールは一滴も入っていないはずだが、先輩たちはまるで酔っ払いのようにはしゃいでいる。
爺ちゃん婆ちゃん達が、宴会でへべれけになってるのを思い出す。
「にぎやかだね。タキナ君も楽しんでる?」
「ああ。先輩たち、まるで酔っ払いみたいなテンションだな」
「タキナ君が貴族の子達に一泡吹かせた勝利に酔ってるんだろうね」
成程。勝利と言うのは、かくも周りの人まで酔わせる魅力があるんだな。
ホール内のそこかしこでバカ騒ぎだ。
アルコールも無しで、こうしてバカ騒ぎ出来るのが、何よりの若さの特権なのだろう。
「何かいいな、こういうの」
「そう? 初めましての人たちに囲まれて、気疲れしない?」
「ああ。俺、宴会って言ったら地元の田舎の爺ちゃん婆ちゃんの寄り合い後の宴席くらいしか経験なかったからさ。いや、それはそれで楽しかったけど」
「これから毎日嫌って程やることになるみたいだよ。同じ寮の人たちは、同じ屋根の下で寝起きして、同じ釜の飯を食べるから、寮生は姉弟みたいなもんだって」
「姉弟……そっか。俺、村でただ一人の子供だったけど、ここにはこんなにたくさんの姉弟がいるんだな」
「うん、そうだよ。この場合は、ボクがお兄ちゃんかな?」
「え~、俺が兄貴じゃないのか?」
身長差や可愛らしさからすると、どう見てもイズミの方が弟って感じなんだが。
「学園や都会の事を色々と教えるのはボクなんだからボクがお姉……お兄ちゃんだよ」
そう言われると、俺としては弱い所だ。
「分かった。じゃあイズミがお兄ちゃんって事で、あらためてよろしくな」
「うん、よろしくタキナ君」
「お、何やら1年生男子同士で話し込んで仲良くなったみたいだけど、こっちの席にも混じってくれよ~」
「「は~い」」
これまで一人で寝起きしていた我が家。
最近は、流石に婆ちゃんがと一緒の布団で寝るのは恥ずかしいからと断って一人で寝ていた。
だが、内心では一人の夜に寂しさを感じていた。
そんな孤独だった夜が、都会の学園に来たところで、このかしましさだ。
「俺、都会に出て来て良かった」
俺は一人じゃない。
そう思えた上京初日の夜は、遅くまで乱痴気騒ぎで更けていくのであった。




