第4話 友達って作った後が大変なんだな
「アハハハッ! いや~、面白いもん見せてもらったですねぇ」
心底愉快とばかりに、手を叩いて喜ぶアオイ先生。
その様子は小柄で幼い見た目も相まって、キャッキャしてる小猿のようだ。
「……すんでのところで魔術具での防御が間に合いましたが、もししくじっていたら、審判として決闘場内に居た私も、今頃シルフィーさんと一緒に枕を並べていましたね」
シュッとしていて、冷静沈着なエリート講師という見た目のバグラーダ先生だが、額の汗がまだ引いていないのか、時折り汗を拭いつつ、ベッドに横たわるシルフィーさんを見やる。
決闘で前後不覚に陥ったシルフィーさんを、救護室へ運んで寝かせているのだ。
なお、シルフィーさんはまだ意識が戻っていないが、別に体調的には問題ないらしい。
「それにしても、無試験での首席入学、それも男子生徒で市井の出という事だけ聞いていたので、ソウル・フォース絡みかなとは思ってましたが、いやはや、想定以上でしたねぇ」
「実は、教員の我々にも、君の詳細はウィギンス学園側から教えられていなかったんですよ。それで積極的にはシルフィーさんを止めなかったのです」
あ、そうだったんだ。
だから、シルフィーさんが決闘と言い出した時に、実施する時刻をずらせとは言っても、決闘自体は止めなかったのか。
俺の実力を見るのに打ってつけの機会だったから。
「それで、タキナ君。君のソウル・フォースの師は誰ですかぁ?」
「師って……師匠の事ですか? うーん……。地元の爺ちゃん婆ちゃんから習いましたが、強いてあげれば、やっぱり村長のソブエ爺ちゃんですかね」
ソウル・フォースについては、ソブエ爺さんが一番超大な物を持ってたからな。
それと比べれば、俺なんてまだまだで。
「ソブエ……。どこかで聞いた名ですね」
「タキナ君。もしかしてですが……。その御爺様の名前はギルバート・ソブエ・ブラッドリーでは?」
「そうです、そうです。ソブエ爺ちゃんのフルネームなんて久しぶりに聞きました。爺ちゃんの事知ってるんですか?」
理由があって、ブラッドリー姓の家が村にはたくさんあって、かと言ってファーストネームのギルバートって名前から連想するイメージとは似ても似つかぬ爺さんだから、俺はミドルネームのソブエ爺さんって呼んでたんだよな。
何か、響きも不思議としっくりくるし。
「知ってるも何も……」
「魔王を討伐した勇者様ですよ……」
「……え? そうなの?」
うそ~~ん⁉
だって、あのソブエ爺ちゃんだよ?
俺と2人きりで河原や山で語らってる時は、『男とは』みたいなカッコつけた話をする癖に、しょっちゅう同じブラッドリー姓の婆ちゃん達からひっ叩かれて土下座してるソブエ爺ちゃんだよ?
それが、勇者⁉
う~~~ん……え~~?
「そもそもが、ソウル・フォースは、伝説の勇者パーティが魔王討伐の折に持ち帰った原理原則ですからね。いわば今日の社会の始祖ですぅ」
「ソウル・フォースの力は、インフラから軍事に、今や現代社会において無くてはならない物ですからね。何故か始祖以外は、ほぼ女性しか扱えないのが未だ謎ですが」
あ、それでこの学園は男女比が歪で、女子生徒しか居なかったのか。
「勇者を引退した後は、中央政府の要職も断って、どこかに隠居されて消息不明と聞いてたですぅ」
「タキナ君は何も聞いてないのですか?」
「いや、勇者や魔王云々については何も……。若い頃にでっかいドラゴンを討伐したみたいな話は聞いてきましたが、ただの酒席でのホラ話だと思ってました」
「ふむ……。伝説の勇者パーティの隠棲先は今も国の最高機密になってますからねぇ……。どおりで、担任教諭の我々にすら、君のパーソナルデータが秘匿されてた訳ですぅ。ところでタキナ君」
「は、はい」
さっきからずっと飄々としているアオイ先生が、真面目な顔をしてこちらに向き直る。
いつになくマジな様子から、俺の方も思わず背筋を伸ばす。
「タキナ君が勇者様のお爺さんに師事していたというのは内緒にしておくですよぉ」
「いくらウィギンス学園の生徒達が、選抜された者達とは言え所詮は子供。耳寄り情報を秘匿しきるのは難しいでしょうからね」
「わ、分かりました。」
俺の方もまだ、ソブエ爺ちゃんが元伝説の勇者だっていう事を受け止めきれてないっていうか、半信半疑だからな。
周りの生徒には普通に田舎育ちだって言えばいいか。
「とは言え、半分手遅れですよねぇ……」
「決闘で分かりやすく、ソウル・フォースがクソデカなのを示してしまいましたからね」
「え……? 何でですか?」
沈痛な面持ちの担任と副担任に対し、俺が慌てて問い返すが。
「いや~。決闘の内容が、剣術や魔術だったらまだ言い訳ついたかもだけど、ソウル・フォースはなぁ~。しかも男でかぁ……。多分、その内に面倒なことになると思うのでメンゴですぅ」
──アオイ先生がテヘペロ顔で謝るが、謝罪が軽くない?
「謎の多い新入生との力を測るのに打ってつけかと決闘を許可したのは軽挙でしたね……申し訳ない」
──いや、あのバグラーダ先生……。アオイ先生ならともかく、しっかりした大人の教師から深刻な感じで謝られると、生徒としては余計に不安になるんですが……。
「あの、俺はこれからどうしたら……」
「お~~っと! そう言えば、決闘の後はホームルームがありましたですねぇ。入学初日のクラス担任としては、いつまでもクラスの皆を放っておくわけにはいかないですぅ」
思いっ切り誤魔化したアオイ先生が、救護室から脱兎のごとく逃げていく。
見かけそのままに、流石の小回りの利きっぷりである。
「タキナ君。これから大変だと思いますが、気をしっかり持って、節度を持って学園生活を過ごすのですよ」
いや、だからバグラーダ先生……。きちんとした大人の教師からマジトーンでアドバイスされると、余計に生徒としては不安になるんですってば!
って、何やかんやバグラーダ先生も居なくなってるし!
どうしよ?
俺も、A組の教室に戻った方がいいか?
なんて逡巡していると。
「う……うーーん……」
「あ」
ベッドの上で寝ていたシルフィーさんが目を覚ました。
「あれ……。ここは……」
「救護室だよ。シルフィーさんは気絶してここに運ばれて来たんだ」
まだ、意識が覚醒しきっていないからか、ベッドから上体だけ起こして呆けた顔を晒すシルフィーさん。
決闘の時のような公爵令嬢としての威容はなりを潜め、今だけはただの同年代の美少女でしかない。
「救護室…………。決闘⁉」
わっ! 急に大声出してビックリした。
「ちょ……決闘はどうなったの? 結果は⁉」
すがるように俺の両肩を掴み揺さぶるシルフィーさんは、先ほど大声を張り上げたおかげか、急速に意識が明瞭になってきているようだ。
それすなわち。
「いや……。救護室で私が寝ていて、貴方が傍に居てピンピンしてるって言う事は……そういう事なのよね……」
「う、うん……。決闘は俺が勝ったよ」
この場で誤魔化したところで、後でクラスで現実を知らされるだけなので、俺は決闘の結果を率直に伝えた。
──さて……。あんなに自信満々だったから、一体どうなる事やら。
再び、俺の事を罵倒するのだろうか?
あるいは、『さっきの決闘は不正だ!』と学園側に申し立てるか。
さて、どう出るか……。
「うう……。ふえぇぇぇん!」
「わっ! 泣いちゃった⁉」
同年代と触れ合う機会が今までなかった田舎暮らしの俺としては、女の子を泣かしてしまったのは人生初の経験だ。
ソブエ爺ちゃんは『タキナよ。女を泣かすのが良い男の条件だぞ』みたいに言ってたけど、いざ自分が実際に女の子を泣かす立場になると動揺しかない。
「ど……どうしよう……。私……負げち゛ゃっだ……公爵なのに……。もう死ぬしかない……」
「──っ⁉ ちょ、ちょ、ちょ‼」
どうやら隠し持っていたらしいナイフを取り出し、白刃を首筋に当てようとするシルフィーさん。
その様子を見て仰天した俺は、咄嗟にシルフィーさんに飛び掛かり、ナイフをもった手首を掴む。
慌てて飛びついた勢いで、そのまま救護室のベッドにシルフィーさんを押し倒す形になる。
「何しとるんやシルフィー! あらた命を無駄にしようとしよってからに!」
思わず田舎の方言丸出しになるが、そんな事はどうでもいい。
「もう私は終わりなの! 死なせてよ! 公爵家の恥さらしなんて、いない方がマシなのよ!」
「何を言っとんじゃ! たかだか15年そこそこ生きたくらいで! ナマ言っとんじゃねぇ!」
「アンタに私の何が分かるっていうのよ! 気楽な庶民と違って、貴族は見栄とメンツが全てなの! その貴族の実質最高位の私は、トップじゃなきゃ許されないの!」
「だからって、今死ぬ事はあるめぇよ。またリベンジすりゃいいだろ」
一回負けたくらいで、何をそんな絶望してるんだか。
「……私に生き恥を晒せってこと? アンタ、見た目に似合わずドSなのね。このまま見殺しにしてくれる方が、よっぽど優しい男よ」
「別に。俺はただ優しい男になんてなるつもりなんてねぇ、よ!」
「な⁉」
「これで、ちっとは落ち着け」
地元のソブエ爺ちゃんも言っていた。
男は優しいだけじゃ生きられない。女の子を優しく抱きしめた上で、安心させられる強さと分厚さを持てって。
まだ若輩の俺には、まだ分厚さなんてもんは無い力不足だろうが。
「………っ⁉」
「別に仲良しこよしなんてしなくてええ。リベンジしたいならいつでも受けて立ってやる。けど、何かあった時は俺が護ったる!」
こちとら、必死なので遠慮は一切なし。
という訳で、腕の中に居る野良猫みたいに暴れるシルフィーに対し、俺は本音をぶつける。
「何で……何で、そんな事してくれるのよ。今日会ったばかりで、ケンカを吹っかけて来た女に!」
そう。
別に、そこまでしてやる義理は客観的には無いのだろう。
でも。
「そんなの、友達だからに決まってるだろが!」
ようやく、公爵だから、貴族だからじゃなくて、一人の女としての自己認識に戻ったシルフィーに対し、俺は自分の素直な気持ちをぶつける。
正直言って、夢見ていた理想的な友達のでき方ではなかった。
俺が何度も思い描いていたのは、こう……。
河原で殴り合いのケンカをして、同時に倒れて、『おめぇ強ぇな』、『そっちこそ』みたいな事を言い合いながら、夕日を見上げて笑い合う感じなんっすよ!
けど、この学園には女の子しか居ねぇし……。
そして、決闘だけは申し込まれたけど、清々しく認め合うどころか自刃しようとするのを必死で止める有様だ。
でも、それでも。
「初めて出来た友達に、いきなり死なれたらトラウマになるだろが! だから、ちゃんと俺の友達してろシルフィー!」
そう言って、俺はもう一度、強くシルフィーを抱きしめる。
「う……うわぁぁぁあああん!」
腕の中のシルフィーは演説を受けて、俺の胸の中に顔を埋める。
身体を俺に預け、手からナイフが滑り落ちてカシャンと音を立てて床に転がる音が救護室の中に響く。
──そういや、いつの間にかシルフィーって呼び捨てにしてたな。
まぁ、いいか。
と、初めて出来た友達の頭を撫でながら、『友達って作った後が大変なんだな……』と、憧れと現実の差に、ため息をつくのであった。
なお、作中の方言は、作者の地元のをベースにしてます。
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