第3話 秒殺される公爵令嬢
「さて。入学式終了後は本来、各クラスに分かれてホームルームなのだが、A組では予定を変更してA組1番のタキナ生徒、同組2番のシルフィー生徒の決闘を行う」
「「「「うおおおぉぉぉぉおおおおお!」」」
闘技場の真ん中で、副担任のバグラーダ先生が立ち宣言する。
闘技場は中央が砂地のステージで天井が高いため、その声はよく闘技場内に響き、観戦席に座る他のA組生徒たちの歓声はもっと響いた。
「さ~て。入学初日のヒヨッ子どもに、A組担任でカワイイ可愛いアオイ先生が最初の授業をしてやるですかねぇ。司会進行と違って、こういう地味な仕事をしてこその正担任ですからねぇ」
正直、この学園の事を何も知らずに来てしまっているので助かるが、相変わらずちょっと喋りがウザく、儚げ幼女の演技は閉店したアオイ先生から、この学園での決闘について説明があった。
まぁ、要は学内の揉め事に関しては、実力勝負で白黒はっきりつけろやという校風らしい。
──う~ん……。都会の人ってもっとスマートに物事を進めるかと思ったのに、思ったより解決方法が田舎と変わらんな。
うちの地元でも、しょっちゅうソブエ爺ちゃんは婆ちゃん達に浮気だ、夜の頻度がどうとかで殴られてたな。
お互い良い年なんだから、色んな意味でもうちょっと落ち着いて欲しいと唯一の若人の俺としては思っていたのだが。
「あのさ、シルフィーさん。今からでも決闘って止められないかな?」
アオイ先生が色々と決闘に関連して、ついでの講義をしている中、俺はこっそりと隣に立つシルフィーさんに話しかける。
「この期に及んで無理でしょ」
長い金色の髪をハーフアップからポニーテールにしながら、シルフィーさんは速攻で俺の提案を拒否する。
準備万端って感じだな。
「うーん……。けど俺、女の子は殴らないようにって田舎で教えられてきたからさ」
そう言いながら、正座して笑いながら婆ちゃん達にぶん殴られているソブエ爺ちゃんの姿が脳裏に浮かぶ。
おっと……。
ホームシックになるのはまだ早い。
「……何それ? 前時代的な教えね。今や、社会的地位も経済力も女の方が上の時代に。流石は山奥育ちは違うわね」
「え、そうなの? 確かにうちの田舎でも爺ちゃんたちは、大概は婆ちゃんにタジタジだけど……。っていうか、単純に俺が戦うのは……」
「そっ、ありがと。でも、気遣いは無用よ」
ジロリとこちらを睨むシルフィーさん。
「そもそも、何で君はそんな、入学初日にこんな決闘を申し込むような真似を?」
正直、この拙速さが疑問だった。
俺が偽りの首席なのは自明な事なので、放っておけば直ぐに馬脚を現す。
そうやって泳がせてからの方が、周りの支持はより得やすくなるし、決闘相手の俺の情報だって集められたはずだ。
「私には1位にならなきゃいけない理由があるのよ……」
「理由?」
「何でもない」
一瞬だけ切実で不安そうな顔をしたシルフィーさんだったが、すぐに弱気を振り払うように頭を振った。
──うーん……。シルフィーさんは、良く分からんが切実な事情を抱えているんだな。
そりゃ、何てったって公爵家だもんな。
田舎で野山を駆け回って育った俺なんかとは違って、幼少の頃から色んな重圧に曝されてきたのだろう。
エリート貴族ゆえに、1位以外じゃないと許さんって、親御さんに言われているのかもしれない。
となると、俺のこの決闘での立ち回り方としては一つしかない。
──よし。この決闘、わざと負けよう。
そもそも、ソブエ爺ちゃんの要らんお節介のせいでもらった偽りの首席の座だ。
ズルして手に入れた称号なんて嬉しくないし、俺の方はただの田舎者だから、首席でなきゃいけない理由も未練も一つも無い。
「ってな感じで、この学園での決闘についての仕組みの説明については以上ですぅ。さて、じゃあお二人とも。この決闘に何を賭けますか?」
「賭ける?」
いつの間にか説明が終わっていたアオイ先生に急に水を向けられて、つい聞き返してしまう。
「おや、首席のタキナく~~ん。先生の説明、聞いてなかったですかぁ?」
「す、すいません……」
つい、シルフィーさんとのヒソヒソ話や、八百長計画を頭に描いていたりしていて話を聞いてなかった。
「まったくぅ。まぁ、決闘なんてガシッ! ボカッ! チュイーン!で何とかなるですから」
「それで何とかなるのは、剣術特化のアオイ先生くらいですよ」
「バグラーダ先生みたいに魔術が上手ければ、私も魔法剣士になりたかったんですがねぇ。剣術特化タイプの私と、魔術特化タイプのバグラーダ先生が組んだら、最高の相棒同士になると思いません? そして、公私ともに2人は」
「それで、お二人はこの決闘に何を賭けるのですか?」
アオイ先生との掛け合いは茶番とばかりに、一蹴するどころか無視したバグラーダ先生から再度尋ねられる。
「私が勝ったら、一学年の首席の座を貰い受けます」
そう言って、シルフィーさんはバグラーダ先生が持つ天秤の片側に手をかざす。
どうやらあの天秤は、制約の魔術が込められたマジックアイテムのようだ。
「では、タキナくんは何を賭けますか?」
「俺ですか? うーん……。別に無いんですけど」
そもそもが、売られた決闘だしな。
「ちなみに、何も賭けないというのは決闘のルール上無しですよ。ある程度、等価な物でなければ決闘自体が成立しません。今回は、学年首席の座という価値ある物ですからね。賭けを受ける側としても、相応な物を要求できます」
「相応な物って?」
「そうですね、例えば……。以後、配下に加えたり、とかですかね」
少し考え込んだバグラーダ先生が、言葉を選ぶように俺にアドバイスしてくれる。
ああ。
決闘で勝ったら俺の子分になれって奴か?
「クフフッ、バグラーダ先生はお優しいですねぇ。配下に加えるなんて、ボカした表現を使って。タキナ君が要求されたう年首席の座の重さからしたら、シルフィーちゃんみたいな可愛い女の子に、色々と咥えさせる事すら可能ですよぉ」
「デリカシーを母親の胎内に置き去りにしてスクスクと育った所が、アオイ先生の強さの秘訣なんでしょうね」
「ヤッター、褒められたですぅ。これは結婚秒読みですねぇ」
ただでさえ低そうなバグラーダ先生のアオイ先生に対する好感度が、更に地に墜ちたのはさておき。
「ふ……ふんっ! 何でも賭けの天秤に乗せればいいじゃない。入試で圧倒的にトップだった私が、試験すら受けていない奴に負ける事なんてあり得ないんだから!」
そう言いつつも、シルフィーさんはそっぽを向く。
まるで、内心は不安なのを悟られたくないように見える。
「さぁさ、本人もこう言ってますし」
「うーん……。それじゃあ、俺が勝ったらシルフィーさんには友達になってもらおう」
「うわ! この童貞、日和ったですぅ」
「うるさいですよ」
まったく……。
入学式前の決闘騒ぎでは、涙ぐむ幼女教師だったのに。
実態は、こんなゲス教師だったとは。
バグラーダ先生に慰めてもらいたいからウソ泣きしてたんだな。
また一つ、都会の女の怖さを知った俺だが。
「賭けの天秤は一応、つり合いました。まぁ、友達という言葉の解釈は広義に解釈できるという判断でしょう。それでは決闘のルールを発表します」
ようやく先に進めるとばかりに、バグラーダ先生が進行する。
「まだ入学初日で、武術も魔術も初回授業が実施されておらず、最低限の安全性が担保できません。よって、今回の決闘ではソウル・フォースのみを用いたルールとします」
「ソウル・フォース……」
「ソウル・フォースか。あれ、苦手なんだよな……」
ソウル・フォースとは、己の身体の内から発せられる力をオーラのように身体に纏わせて戦う術だ。
剣術や魔術でも、ソウル・フォースを同時運用したりするので、まさに基礎の技術と言った感じだ。
なので、物心ついた頃から鍛錬してきたが、これ地味で苦手なんだよな。
「ふーん。君はソウル・フォースが苦手なのね」
「あ、やべ。口に出ちゃってた」
まぁ、どうせわざと負けるつもりだから、俺の苦手分野について知られても良いか。
「珍しいわね。庶民枠で合格した貴方は、てっきりソウル・フォースが得意かと思ってたけど」
「そうなのか?」
「ソウル・フォースだけは剣術や魔術と違って、潜在フォース量が物を言う分野だから、庶民の出自でも突然変異で潜在フォース量が高い人間は生まれるから」
「へぇ~、そういうもんなんだ」
たしかに、剣術や魔術は稽古してくれる師匠がいないと厳しい。
独学でやるには限界があるし、非効率だろう。
「でも、お生憎様。私の潜在フォース量は、高位貴族の中でもトップクラスよ」
本当にかなり自信があるのか、シルフィーさんはさっきから随分と饒舌になっている。
よっぽど、己のソウル・フォースの力量に自信があるようだし、俺が苦手だとこぼした情報に喜色を示していた。
──これなら、俺がわざと負けても気づかれないな。
プライドが高そうな彼女だから、俺がわざと負ける八百長をしかけたら怒り出しかねないし。
「それでは決闘を始めます。シルフィー選手、タキナ選手。両者、位置について」
バグラーダ先生の号令により、俺とシルフィーさんが闘技場の中央で相対する。
彼我の位置は5メートル程だ。
「はじめ!」
決闘の開始を告げる審判の声を受けて、俺もソウル・フォースを展開する。
わざと負けるにしても、何も展開すらしないでやられるのは不自然過ぎるからな。
ちゃんとソウル・フォースのオーラを全身に展開して、しばらくは防戦一方な展開を演出し、適当な頃合いを見計らって破れたフリをすればいい。
──八百長で負けるためにも、張るオーラは薄めにしておこう。
今後の試合展開を脳内で組み立てながら、俺はのんびりとソウル・フォースのオーラを展開した。
「あ、あれ?」
オアッ! という音が聴こえそうな圧で闘技場内にソウル・フォースのオーラが荒れ狂うのを感じる。
──え⁉ シルフィーさん、オーラ張るの遅すぎない?
先ほどは、ソウル・フォースに凄く自信がありそうだったから、発動スピードにはそこまでの手心を加えなかった。
実戦とは違い、ゆったり目にはしたが。
問題なのは、闘技場に充ち満ちているのが俺のソウル・フォースだという点で……。
「な、な……」
「なんてソウル・フォースの奔流……」
「観客席と闘技場の間には遮断障壁があるのに、それでもここまでソウル・フォースの圧が届いた……」
「それだけ濃密って事よね……」
「しかも無詠唱発動だったよね、今?」
「詠唱の補助に頼らず、戦闘開始時に反射的に垂れ流したソウル・フォースの力だけで今の圧って事……?」
「半端ないソウル・フォースのポテンシャル……」
──え? ソウル・フォースのオーラを張る時って詠唱なんてするもんなの? 物心ついた頃から、山で遊ぶ時とかにも当たり前のように張ってたから、呼吸みたいに自然に使ってきたんだけど……。
なんて事を、観客席のA組の他のクラスメイトからの反応で悟るが後の祭り。
闘技場と観客席の間には観客の安全のために、どうやらある程度の攻撃を遮断する障壁魔法が組み込まれているようだ。
その結果、闘技場内の大して広くない空間にソウル・フォースのオーラが瞬時に充ち満ちることになった訳だ。
その結果。
「ちょ、大丈夫⁉ シルフィーさん!」
「……シルフィー選手、失神。決闘は、タキナ選手の勝利です」
誰よりも間近で、何の障壁魔法の補助も無くソウル・フォースの奔流に揉まれたシルフィーさんが、白目を剥いて地面に昏倒したのを慌てて抱き上げるが、彼女は意識を完全に手放していた。




