第2話 コネを使ってこんな不正やめてよね!
「ちょっと、ちょっと! 何の騒ぎですか?」
シルフィーさんが俺に決闘を申し込み、盛り上がっている喧騒を聞きつけてか、教室の扉が開く。
今日はこれから入学式なので、フォーマルな服に胸元には花を添えた女性教師が、慌てて仲裁に入る。
「貴女がこのクラスの担任教諭か?」
「そ、そうですよぉ……。A組担任教諭のアオイ・キュプラー・イイダですぅ」
だが、正直に言ってあまり威厳は感じ辛い。
担任教諭と言うので当然ながら成人女性なのだろうが、その容姿は幼く、生徒の俺達より小さく見える。
格好だけはフォーマルなスーツ姿だが、似合って無さ過ぎて子供がイタズラで親の服を着たように見える。
「今からクラス内で決闘を行うわ。立会人としてセッティングを」
「ふぇ⁉ だ、ダメですよぉ……。これから入学式が始まってしまいますからぁ……」
「実力主義であるウィギンス学園では、生徒間の決闘は推奨されており、その実施は学内でも上位の優先事項だと、学則に定められているはずですが?」
「ふぇぇ……」
シルフィーさんが理路整然と反論し、アオイ先生は一人でオドオドするばかり。
いや、別にシルフィーさんが必要以上に圧をかけている訳ではないが、目鼻立ちもはっきりしてる美人さんのシルフィーさんが幼女にしか見えないアオイ先生に迫っていると、弱い者いじめをしているようにしか見えない。
「あの、シルフィーさん」
「……なに?」
不機嫌であることを隠そうともしないシルフィーさん。
都会の女の子こぇぇぇ……。
だが、自分自身が渦中の人物なわけだから、逃げる訳にはいかない。
「あの、シルフィーさんは要するに、俺が首席な事が気に食わないんだよね? だったら俺、首席の地位は辞退するから。そうすれば次席のシルフィーさんが首席に……」
「へぇ……。私に、ただ譲られた首席の椅子に座れと? バカにするのも大概にしてほしいわね……」
──やべっ……。また、地雷踏んだくさい。
みるみる険しくなるシルフィーさんの顔に、自分がどうやら対処を誤った事を悟る。
そもそも競い合う子供が居なかった地元の村では、競うって言う概念への意識がそもそも俺には乏しいから、順位についてこだわる理由や想いっていうのが正直言って、俺にはよくわからないんだよな。
シルフィーさんをヒートアップさせる逆効果だけ生み出し、アオイ先生と一緒に項垂れるしかない俺。
が、ここで助け船が。
「シルフィーさん、それ位にしてください。流石に入学式の開始時刻を変更する事はできません。国の要人も多数出席していますからね」
そう言いながら、もう一人、男性教師が教室に入って来た。
──あ、ようやく女の人じゃなくて男の人が。
「くっ……しかし!」
「公爵家であるアンティクル家の力を使いますか? しかし、それは学内では身分差は無しという学園の学則とも矛盾しますね。学則を楯に使うならば、そこの一貫性はあるべきかと」
「そ、それは……」
「然るべきタイミングで決闘は実施します。これは学園の教師として確約しましょう。それでこの場は治めるように」
「わ……分かりました」
痛い所を淡々と突かれ、別に要求を全て跳ねのける訳ではないという男性教師の主張に対し、シルフィーさんは渋々だが矛を収める。
「ぐずっ……。ありがとうごじゃいましゅ、バグラーダ先生ぇ……。流石はA組の副担任でしゅ。好き……結婚してずっとそばに居て」
「貴方のそばに居るのは、何の思い入れも無い、ただの同僚の関係でしかないですよアオイ先生。鼻水出てます」
「すいませんでしゅ。ズズズッ!」
バグラーダ先生はアオイ先生の求婚をあっさり跳ねのける。
ただ、手持ちのチリ紙でアオイ先生の鼻をかませている所は、何やかんや世話好きという感じだ。
「っていうか、その儚げぶりっ子するのヤメてください。1学年筆頭クラスの正担任という、この学園で一二を争う実力者がそんなんでは悪寒がしますから」
「え~。初回しか騙せない楽しみなのに、もう終わりですかぁ? 仕方ないですねぇ」
そう言うと、アオイ先生が先ほどまで纏っていた、オドオドビクビクしていた空気は吹き飛び、代わりに自信に満ちたオーラが全身を覆う。
──さっきまでの、儚げな雰囲気は演技か。
この偽装には俺も騙された。
幼女の見た目に反して、結構油断ならない人だな、この先生。
「それでは皆さん。番号順に整列して、入学式会場の講堂へ向かうですよぉ」
取り敢えず場が治まった所で、入学式の会場へ向かう準備が整ったようなので、移動を促される。
「あ、タキナくんだけは、ちょっとこちらに残ってくださいですぅ」
「はぁ……」
呼び止められたので、Aクラスの皆が廊下に出るのをよそに、俺だけ居残りとなった。
──なんだろ? いきなり決闘騒ぎになんてなったから、お説教されるのか?
不安になりつつも、逃げだすわけには行かないのでそのまま教室に残る。
その背中に、シルフィーさんの射殺さんばかりの視線が突き刺さってきているのは、あえて無視することにした。
◇◇◇◆◇◇◇
『新入生総代挨拶。1学年首席 タキナ・ヨーロー・メルクス!』
「は、はいっ!」
入学式は既に終盤に差し掛かろうかという所。
その間に、学園長やら生徒会長やら来賓の挨拶やら、いくつかの挨拶やら儀式めいたイベントがあったが、全く憶えていない。
なぜなら、この新入生代表挨拶をしなくてはならなかったからだ。
「今年の総代が男⁉」
「男子生徒の入学者が出たのって今年度が初だよね?」
「男であることに紛れてるけど、今年の首席は庶民出なの……」
「締まりのない顔をした田舎者っぽい男ね」
「そもそも今年度の新入生にはアンティクル家の令嬢が居たはずじゃないの?」
「私、森でのモンスター討伐実技試験でアンティクル家の令嬢と一緒だったけど、討伐成績は圧倒的だったのに」
「首席になるくらいだから、試験会場でも目立つはずなのにおかしいな……」
生徒たちが座る席のあたりからヒソヒソ話が聴こえて来て、心が痛い……。
──ごめんなさい……。コネ入学でホントごめんなさい……。
「数々の関門を越え、名門のウィギンス学園の制服に袖を通せたことを嬉しく思い~」
挨拶は、既に用意された挨拶文に書かれた内容を読み上げるだけなので、何とかこなすが、新入生や在校生からの視線が痛い……。
シルフィーさんのいるA組の方なんて、もう見る勇気がない。
自分のクラスなのに……。
そんな感じで、挨拶の間落ち着かずに視線を彷徨わせていると。
──ん? あの鳥……。
新入生や在校生からの、嫉妬、怒り、値踏みの視線の中に異種の物が混じっていた。
まぁ、鳥なので異種族という意味ではそうなのだが。
厳粛に進められている式典の中に紛れ込んだ鳥が、講堂の内天井の梁の部分にとまっている。
言葉が通じる訳もない動物のすることなので、鳥が建物内に入り込んでしまうのはさして珍しくはないアクシデントではあると思われる。
だが、その事を講堂内に居る生徒も、式の運営側である教師でさえも誰も気に留めていないどころか、そもそも認識している様子がない。
──さては、あの鳥……。
その正体に心当たりがついた俺は、何とか新入生代表挨拶を終えて、周りからの視線を一身に浴びながら自分の席へ戻って行くのであった。
◇◇◇◆◇◇◇
「ここならいいかな」
入学式が終わり、『ちょっとトイレに』と誰に伝えるでもなくつぶやいて新入生の一団から外れて、人気の無い校舎裏のような場所に来た。
一息ついてから、俺は近くにある木の枝の方へ視線を向ける。
その視線の先には、先ほど、講堂に忍び込んでいた鳥がとまっていた。
「ソブエ爺ちゃん。こんな所で何してんの?」
「バレたか。流石はタキナじゃな」
鳥が当たり前のように人語を発する。
「入学式は恥ずかしいから見に来なくていいって言ったのに」
「何を言うか! 孫みたいに可愛がってきたタキナの晴れ舞台じゃぞ。見たいに決まっとろうが!」
クワッ! とくちばしを開けてソブエ爺ちゃんが憑依する鳥が言い切る。
「もぉ~。バレたら婆ちゃん達に怒られるよ」
「いや。婆さん達からは、ちゃんとタキナの入学式のライブ配信と録画をしてくるようにとの指令があったぞ」
「婆ちゃん達も共犯か……」
そういや考えてみたら、遠隔の動物の使役に動画配信、講堂への侵入時の高度な認識阻害など、幾つもの術式を用いているから、ソブエ爺ちゃんだけの仕業じゃないんだよなぁ……。
「そもそも、入学式には保護者席が設けられてなかったよ」
これは意外だったのだが、入学式には生徒の親たちの姿は無かった。
書物で読んだ感じだと、入学式は子供の晴れ舞台だから、保護者も出席できるのが一般的みたいなんだけど。
「ああ。それは学園側の配慮じゃな。クラス決めの直後には、親子ともども、中々冷静ではおれんご家庭も多いからな……。晴れの入学の日に、そこかしこで親子喧嘩が勃発では嫌な思い出で終わるからのぉ」
何やら意味ありげな事を言っているが、鳥なのでその表情からは真意は窺い知れない。
「っていうか、学園の事でソブエ爺ちゃんに苦情言いたいんだけど……。何で、入学試験を受けてない俺が首席入学の扱いになってるのさ⁉」
「ああ、その事か。ビックリしたじゃろ?」
「そりゃ驚いたさ! コネを使ってこんな不正やめてよね!」
おかげで、次席のシルフィーさんに対しては、第一印象からして地の底以下のスタートを切っている。
「だ、だって……。タキナが新入生総代で挨拶する所が見たかったんだもん」
「もん、じゃない!」
じじいの癖に可愛く言ってもダメ!
「あー、ソブエ爺ちゃんのコネが思った以上に凄いのは今回の件で十分に分かったよ」
「そうじゃろ~。ワシ、結構凄いんじゃぞ~」
地元の村では、よく宴会の席で真偽の定かでない昔の武勇伝を聞かされたものだが、子供の俺が宴席の場で退屈しないように話してくれるホラ話だと思ってた。
当時は話半分に聞いていたのだが、ちょっとは考えを改めるべきなのかもしれない。
「それで、その爺ちゃんの凄いコネで、今からでも俺の首席入学は無しにしてもらって」
「あ、そろそろ使役魔法の限界時間だ。じゃあなタキナ。友達たくさん作れよ~」
「ちょ! 爺ちゃん待って!」
絶対、使役限界を迎える程の時間なんて経ってないだろ! と突っ込もうとしたが、使役魔法が解除された鳥が大空へ羽ばたいていくのをただ見送るしかない。
──くそ……。本当に入学式を見に来ただけじゃん、あの人……。
まったく。
ソブエ爺ちゃんは、いつもああやって自分のやりたいように動いて、俺や婆ちゃん達を振り回すんだから。
けど、どこか憎めない人ではあるんだよな。
「こんな所にいたのね」
「わひゃ⁉ シルフィー……さん」
「着いて来なさい。決闘の準備が出来たそうよ」
「ええ……もう?」
「入学式では花を持たせてやったんだから感謝なさい」
そう言って、シルフィーさんは俺の手首を掴んでズカズカと進んでいった。
──この子も、人の話を聞かねぇな……。
結局のところ、人の話を聞けるかどうかに都会だろうが田舎だろうが関係ないんだなという事を実感するのであった。
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