第13話
青葉と琥珀の下を離れた縁璃は、ツカツカと会場を出て廊下を急ぎ足に歩く。
まず来る途中に頭に入れておいたゴミ箱の位置まで足を進めれば、案の定、そこには西ヶ浦阿子が社長の器ではないと陰口を叩いた若い男性社員二名。二人は鋭い顔で歩いてくる縁璃に気付くと、バッと背筋を伸ばし――縁璃はその二人の下で、一瞬、足を止める。
そして、懐から取り出した小さな封筒をそれぞれ二名の胸ポケットに入れる。
男性社員二人は慇懃に会釈し、縁璃は「ご苦労様です」と言い残してその場を離れた。その背を再びお辞儀と共に見送った男性社員たちは、まだ一本しか減っていない電子タバコの箱を、ぐしゃりと握り、そのまま燃えるゴミの中に放り捨てた。
そして理央が手配したタクシーに向かおうとする途中、スマホが鳴る。
「――もしもし。急ぎの用件があるので手短にお願いできますか?」
電話の主は社長室長の増永だった。
「興信所の結果についてです。日を改めますか?」
「いえ、結構。今お願いします。端的に」
「琥珀様の連れてきた女性は東条青葉という同校同学年の女子生徒です。最近、親の名義で三千万円の借金ができたとのことで、同級生に仕事はないかと探し回っていた、と。生憎と分かったことはそれくらいで」
「十分な結果です。ご苦労様でした」
そう告げて通話を切ろうとした縁璃に、待ったの声が掛かる。
「お忙しいところ恐縮ですが、どうされるのかお尋ねてしても?」
縁璃は出口に用意してあったタクシーをエントランスからガラス越しに見て、足を止める。そしてすっと目を細めた後、静かな声で尋ねた。
「胸が痛みますか?」
「同じ年頃の孫娘がいるものでして」
「あくまでも最終目標は琥珀さんの社長就任です。彼女の気に入りそうな男性をあてがうというのはその手段の一つ。恋人を連れてきたと言い張るのならそれを尊重するだけです」
ほっと露骨な吐息が電話越しに聞こえるが、縁璃は構わず冷たい声で続けた。
「が――それが金の繋がりだというのなら遠慮をする道理もないでしょう。見たところ、琥珀さんは随分と彼女に気を許している。アレが偽装の関係である内に、剥がし、揺さぶり、そこに東条青葉さん以上の好物件をあてがう。仮にそこまで上手くいかずとも……」
縁璃はそう言いながら歩き出し、タクシーに軽く手を上げながら呟いた。
「……これから攻める城の守りを、崩さない人間がいるでしょうか?」
パーティ会場からタクシーで数十分移動した場所に、阿子が搬送された病院があった。
車内、特に言葉を交わすこともなく、ただ不安を誤魔化すように二人は手を握り合う。そして到着次第、場違いに明るいスマホのキャッシュレス決済音を聞きながらタクシーを出た。
病院に入って、受付で西ヶ浦阿子の名前を出して身分を証明すると病室を教えられる。
余裕のない表情で会釈だけして足早に歩き出す琥珀に、青葉は足を引きずるようにして着いていく。その覚束ない足取りを手から感じ取った琥珀は、ハッと歩調を緩めて青葉の脚を見た。そしてどうにか青葉に合わせようとしてくれるので、青葉は手を離し、背中を押した。
「――急いであげてください。私もすぐに向かいます」
まるで『ここは俺に任せて先に行け』とばかりの台詞だ。
しかし命に別状はないと聞いてはいるが、実の家族が倒れたと聞いて心配しないはずがない。
逸る気持ちは青葉も充分に分かる。だからこそ、こちらは気にせず一人で向かって構わないのだと微笑めば、琥珀は申し訳なさそうに頷いて足早に病室へ。
阿子の病室は病院の三階にあるらしく、青葉は足を引くように急いで琥珀を追う。普通に歩く分にはこんなことをしなくても済むのだが、少しでも走ろうとすれば足に痛みが滲みだし、庇うような歩き方になってしまう。難儀な身体になったものだ――と、そんなことを思っている内に、一分ほど遅れて青葉は阿子の病室までやって来た。
そして思わず足を止める。
そのまま入室すればいいものを、足を止めたのは、入れないと思ったから。
どうしてか。一足先にやってきたはずの琥珀が、病室の壁に腕を組んで背を預けていたから。どうしたのかと静かに近付いた青葉をチラリと見た琥珀は、眉尻を下げて目を逸らす。
近付くと、病室から女性の声が聞こえてきた。
「――知らない訳ないでしょ⁉ みんな言ってる、私じゃなくて兄さんたちが副社長になればよかったのにって! 経営企画部だって、私がトップになってからミスが目立つようになった。だったら! 私が頑張らなきゃどうしようもないじゃない!」
耳をつんざくような、しかし嗄れた喉から絞り出される悲痛な叫び声が漏れ聞こえてきて、青葉は呆然と立ち尽くす。それが誰の言葉かは、考えるまでもなかった。
会場での二人組や縁璃の言葉を思い出した青葉は、琥珀と同じように壁に寄り掛かる。
塩ビシートの真っ白で清潔な廊下の上で、二人、木の手すりに寄り掛かるように壁に背を預ける。数秒後、どうやら理央より先に会場を出ていたらしい西ヶ浦黒曜の声が聞こえてくる。
「お前の副社長就任は、取締役会を通して承認されたものだ。胸を張っていい」
「立場に⁉ そんなの暗君そのものでしょ! 結果に胸を張れなきゃ意味がない!」
「……落ち着け。疲れてるんだろう。あまり声を荒らげるな」
宥めるような優しい声の後、「うっ、ぐぅ」と嗚咽が聞こえてきて、二人はやるせない感情になる。入って支えたい気持ちと、今は少しでも落ち着く時間を取ってほしいという気持ちがせめぎ合う。兄弟は、西ヶ浦阿子が自らの兄妹を嫌っていると言っていた。
何となく分かったような気がした。彼女には余裕がない。しかし、黒曜も、理央も、琥珀も。結果の大小や優劣はあれども、自らの仕事を淡々と落ち着いてこなせる人間だ。
それだけでも憎いに決まっている。しかし、それに加えて――
「――私じゃなくて、琥珀が次の社長になればよかったのにね」
そうすれば、皆が幸せだった。と。
病室から自嘲気味な呟きが微かに聞こえてきた。
チカ、と、廊下の照明が明滅したような気がした。
腕を組んでいた琥珀が目を見開く。そして、苦悩を隠せずに目をぎゅっと閉じると、やがてだらりと組んでいた腕をほどいて天井を仰ぎ見る。
青葉はその横顔を痛ましく眺めながら、ただ黙り続ける他はなかった。
自分でなければ全部上手くいく。そう確信しながら苦しみ続ける状況を、その相手への憎しみ以外で発散できるだろうか? ましてや、最も気に掛けられていた、最も出来の良い経営者が、よりにもよって経営に興味がないからと早期リタイアを決意している。
倒れたと聞いて急いで駆けつけてくるような妹を、まさか嫌っているとも思えない。
だが、今の話を聞いている分には、素直に大切だとも言い切れないのではないか。
愛憎――ドロドロと粘性の感情に苛まれるように琥珀が顔をしかめて、それを手で覆う。
「琥珀さん……」
青葉は見ていられなくなって、一つ声を掛けようかと思った。だが、その時。
廊下の向こうからツカツカと鋭い足取りで歩いてくる西ヶ浦縁璃の姿を見た。
琥珀は指の隙間から苦悩の滲んだ目でそれを見ると――しかし、縁璃が琥珀を社長に仕立て上げようとするその動きは、結果として琥珀よりもずっと阿子に寄り添っていたという事実に、沸き上がった嫌悪感や怒りが鎮火する。この場で最も嫌悪されるべきは自分だ、とでも言いたげに。青葉はその辛そうな顔に何かを伝えなければと、思わずブラウスの端を指先で摘まむが、琥珀に反応はない。そこに、縁璃は腕を組んで呟いた。
「――現社長の持病が悪化し、経営を退いての療養を医者に勧められています」
琥珀は目を見開いて口を開け、「は?」と、ただ一言返すことしかできなかった。
青葉は琥珀より幾らか衝撃が弱いから、代わりに思考を巡らせて理解した。ここでようやく縁璃がここまでして琥珀を社長にしようとする理由が分かったような気がした。
「……それを知っているのは、今まで、縁璃さんとお姉さんだけだった?」
青葉が思わず口を挟めば「察しがいいですね」と縁璃は目を瞑って微かに顎を引く。動揺に目を泳がせた琥珀はどうにか思考を巡らせると、全てを納得したように目を瞑る。
「つまり……急いで次期社長を用意しなければならない。消去法で阿子姉さんくらいしかいない。でも姉さんにそれはできないから……私を引っ張ってくるしかなかった」
「いつかこうなると思っていましたからね。会社の存亡に関わる危機的状況で、自らの双肩に乗る重みに阿子さんが耐えられるとは思えない。楽にできるのは、思い浮かぶ限りは貴女だけです。こうなる前に貴女を心変わりさせたかった」
琥珀は悔恨の念に苛まれて頭をくしゃりと掻くと、息苦しそうに縁璃を見る。
「どうして私なんですか。私は――そんなに優れた経営者じゃない」
「情に弱く人を切り捨てられない。現実ではなく理想を追求してしまうことがある」
「分かってるなら……」
「そこは私が補いましょう」
縁璃の即答に、琥珀の双眸が激しく揺れる。確かに、この冷酷な人間ならば琥珀の甘ったれた判断に一々冷や水をぶっかけてくれるかもしれない。懸念は、消えた。
だが――だが。それでも、西ヶ浦琥珀は、経営に関わることなくゆっくりと人生を生きたいのだと、いつかそう語った。その夢はどうするんだと青葉が思わず琥珀の手首を掴むと、琥珀の頭が前後に揺れた。そして揺れる目でそれを見ると、葛藤に顔を歪めた。
「少し……考えさせてください」
琥珀は縁璃の提案を振り払いきれず、終いにそう言い残した。
縁璃は達成感を匂わすこともない鉄の仮面を被ったまま頷いた。
そして青葉は琥珀の胸中を慮ってその手首を掴み続け、幾つもの言葉を思い浮かべる。
万人が軽んじるかもしれないが、それでも、琥珀は蓄えたお金で働かずに生きていきたいと言って、今まで頑張ってきた。それを手放して社長という重責を背負うのか。
そう問い掛けたくなるが――しかしそれは、先ほどの西ヶ浦阿子の慟哭を思い出すと口から出てくることはなく、青葉の沈黙を以て琥珀は弱々しく笑う。
それは、青葉を心配させまいとする、琥珀の虚勢に満ちた笑みだった。
「ここまで連れてきておいてごめん。先帰るね。ちょっと、一人にしてほしい。交通費は……今度立て替えるから。タクシーでも電車でも」
青葉は数秒、琥珀の手首を握ったまま動かない。やがてチラリと病室の扉を見ると、先ほどの阿子の会話を思い出して唇を噛み、最後に一度、強く訴えかけた。
「一人で悩まないでくださいね」
「約束する」
返事は淀みなく、けれどもどこか気が抜けていた。
最後に一度頷いた琥珀を認め、青葉はそっと手を離す。そして琥珀は、きっと自分の顔を見たくはないだろう姉の様子を確かめることもなく、重い足取りでこの場を離れていった。
西ヶ浦琥珀と出会ってからまだ日は浅いが、初めて彼女がああまで取り乱しているのを見た。そしてその原因は分かっている。家族が倒れ、その家族が自分の社長就任を願っている。
やはり琥珀は、情に弱い。青葉はそれが愛おしくも心配だった。
琥珀の小さな背をしばらく見送った後、青葉は横目に縁璃を見た。
「私も聞いて、よかったんですか?」
「構いません。貴女も無関係ではありませんから」
つまり――縁璃は確信しているのだ。青葉と琥珀の関係が偽装の恋人であり、それを用いることで、琥珀が縁璃の釣りから身を守ろうとしていたことを。
どうにも好きになれない。だが、行動原理は一貫している。好きになるのが難しい相手だということが分かったのなら、そこから先はそう難しい相手でもないだろう。
「私もこれで失礼します」
琥珀なしに会ったところで不審がられるだけで向こうも嬉しくないだろう。縁璃も「ええ、お気をつけて」と言ったきり、青葉に声を掛けることもなく病室の扉に手を掛けた。
縁璃が病室に入ると、椅子に座って話し込んでいた黒曜が顔を上げる。薄っすらと声は聞こえていたことだろう。驚くこともなく立ち上がると、ベッドに座る阿子へ言い残す。
「それじゃあ俺はもう行くよ。少しは自分の身体を労わるようにな」
そう言って黒曜は立ち上がって歩き出し、会釈と共に縁璃の脇を抜けていく。
縁璃は彼に一瞥と会釈を返した後、代わりに歩み寄ってベッドの上の長女を眺めた。
「聞きましたよ、オフィスで倒れたそうですね」
西ヶ浦阿子。大学を卒業して間もない齢二十三歳の女性だ。
手入れを全くできていないボサボサした焦げ茶のセミロングヘアに。栄養不足か、肌も荒れて乾いている。疲弊が薄い隈として浮かび上がるくぼんだ目で、阿子は縁璃を睨んだ。
「……何か、文句を言いたげですね?」
「過労と伺いました。自己管理の甘さが結果として出た形です。人が倒れたという噂が広まって会社の得になることはありません。副社長としての自覚を持つように」
容赦なく説教から入ると、阿子の顔が歪む。そして頬が吊り上がって右手が拳を握った。そしてぼふんと毛布を叩くと、嗄れた声で嗤うように噛み付いた。
「倒れて、搬送された娘の病室に来て第一声がそれ⁉ 流石母さんね!」
「過労で命に別状はないと聞きましたが、違いましたか? でしたら心配が勝りますが」
真顔で淡々と確かめる縁璃に、阿子は唇を噛み締めて毛布を強く掴み直す。
「帰ってッ!」
鼓膜を引っ掻くような叫び声に、しかし縁璃は眉一つ動かさず言い返す。
「それがお望みであれば全く構いませんが、しかし数日は入院でしょう。着替えに食べ物に私物。必要な物もあるのでは? 取りに行く人間が必要でしょう」
淡々と事実を突き付ける縁璃に、阿子は余計に神経を逆撫でされて眦を吊り上げた。
「今さら母親面⁉ やめてよ! どうせ私たちより会社の方が大事な癖に!」
「ええ、相違ありません。ですが他の一切よりは貴女たちを大事にしているつもりです」
肩で息を乱しながら感情的に怒鳴り散らした阿子に、縁璃は迷いなく頷いた。
娘や息子よりも会社の方が大事だと認めた。しかし、同じ口でそのまま、会社以外の全てより娘や息子を大事にしているとも言った。一瞬、阿子は鼻白む。そして動揺を怒りに変えた。
顔を真っ赤に染め上げて笑い、怒りのままに病室の扉を指そうとする。
しかし固く唇を噛むと、やがてぶはっと吹き出すように笑ってその手を胸に置いた。
「じゃあ何? これから退院までの一週間付きっ切りで傍にいてって言ったらそうしてくれるの? 心細い娘の傍にさ! できないでしょ⁉」
縁璃は返答の前に懐からスマホを取り出し、それを見た阿子は頬を歪めた。
「知ってるからね、今は専務の仕事がそんなに忙しくないことくらい! それに別に一週間程度じゃ会社も傾かないでしょ! ああでも無理か、そういえば来週に知り合いと旅行行くとか言ってたもんね! どれだけ待ったんだっけ? 半年前だっけ? こんな馬鹿な娘の――」
取り乱しながら感情任せに叫ぶ阿子。
その必死の慟哭に呼応することもなく、縁璃は静謐にスマホを仕舞ってその言葉を遮った。
「――直近一週間の個人的な予定は全てキャンセルしました」
ことなんて、と。掠れた声で余韻を紡いだ阿子の口が次第に錆びていく。
困惑と共に口を何度か開閉した阿子は、「は?」と揺れる視界にどうにか鉄の仮面を被った母親を捉えようとする。不明瞭な視界の中、母親は笑み一つ浮かべずに言った。
「私は社長とは違い自らが不在でも会社が動けるよう入念にシステムを構築しています。たった一週間程度の欠勤で致命的な問題が発生することは断じてあり得ない。そして言った通りです。他の一切を貴女たちより上に持ってくることは有り得ない」
縁璃は恩着せがましくするでもなく事実だけを告げ、椅子を引っ張ってベッドの脇に座る。そして呆然と口を半開きにさせる阿子の目の前でメモ帳を取り出すと、再び尋ねた。
「一週間、傍にいます。持ってきてほしいものはありますか?」
阿子は嗤うように頬を吊り上げ、しかし上手に笑えずに唇を噛む。
どうにか笑おうと何度も試行して、繰り返す度に顔が歪んでいく。
「な……なん、で……やめてよ――やめてよ! 憎ませてよ!」
阿子は息苦しそうに頭を掻いて怒鳴り散らす。
それを縁璃は、メモ帳を置いて素早く立ち上がると、すぐにその自傷的な手を掴み止めた。どれだけ足掻こうともピクリとも動かない頑強な母の手に奥歯を噛み締める阿子。
そして縁璃は阿子の手を掴むと、それを広げて己の首を至って正気のまま掴ませた。
「憎んで結構。貴女が私を憎まない道理がない」
阿子は激しく揺れる目で縁璃を見詰めながら、徐々に、徐々に、溜め込んだストレスの捌け口として母親の首を絞めんとその手に力を込めていく。
だが、五指が首に触れて数秒後。阿子はその手を縁璃の肩に。
そしてもたれかかるように体重を預けると、目尻に涙を浮かべて唇を強く噛む。涙の粒が膨らむ度に病室の照明がそこに輝き、それを静かに眺めた縁璃は表情を動かすことなく娘の背中に手を回す。阿子は、何度か肩で息をすると、くぐもった声で弱音を吐露した。
「わた、わたし、私……無理だよ、社長。だって、全然、駄目なんだもん」
「ええ、貴女に社長は務まりません。それだけの能力が備わっていない」
自らを駄目な人間だと卑下する阿子を、縁璃は容赦なく肯定した。
下手な慰めは何の意味もなく、何よりも縁璃は会社のことであれば妥協はしない。会社にとって最適は、ここで実力不足によって苦心し倒れた実の娘に実力不足を指摘すること。
「しかし貴女は頑張っている。今はそれだけ考えていれば結構です」
だからこそ、そこから先に続いた言葉は純然な母親としての気遣いだった。
噛んだ阿子の唇がプルプルと震え、目尻の涙が膨らむ度にポロポロと涙の前に虚勢が剥がれ落ちていく。そして堪えきれずに僅かだけ口を開けた阿子は、息を震わせる。やがて、縁璃の肩を掴んでいた手を背中に回すと、顔をくしゃりと歪め、小さな嗚咽を上げた。
「今日だけいてくれればいいから……ぎゅってしてほしい」
縁璃は迷いなくその矮躯を、力強く抱き締める。そして震える背中を撫でた。
《債務総額》
30,150,214円
《内訳》
天海銀行:30,150,214円(年利3%)




