第26話 歩き方
連隊へ来てから、俺たちは毎日のように歩き方をやり直させられていた。
朝の運動と朝食が済むと、営庭へ並ぶ。射撃や体力訓練があっても、その前後に隊列教練が入った。食堂へ行く時まで列を組むので、腹が減ったからといって先へ行くわけにはいかない。
ストロエヴァヤ・ポドゴトフカ。予定表のその文字を見るたび、今日は何度止められるのかと思うようになった。
初めは馬鹿にしていた。歩くことくらい、軍へ来る前から毎日やっている。
ところが、腕をどこまで振るか、足をどれだけ上げるかまで決められると、知っている歩き方ではなくなった。
軍曹が列の前で動いて見せた。膝を伸ばして足を前へ出し、つま先を下げ、足裏全体をしっかり接地させる。前へ振った手はベルトの上へ来るが、肩までは上がらない。
長靴がアスファルトを打つ音は、俺たちが真似した時よりはっきりしていた。
チェルノフが、足を高く蹴り上げた奴を止めた。
「そんなに上げるな。15から20センチだ。上体を後ろへ反らすな」
俺も膝へ力を入れ直した。テレビで見た行進は、眺めるだけなら簡単そうだった。自分でやると、足より先に腰が疲れた。
手足を別々に練習させられ、その場で足踏みをし、ようやく前へ進む。
ある時も、動き始めてすぐだった。
軍曹が列の脇で号令を掛けた。
「シャーゴム――マルシュ!」
30人が踏み出した。すぐ後ろで長靴が俺の踵へ当たり、横では腕がぶつかった。歩きにくいので少し前へ出ると、チェルノフに止められた。
「ケルジャコフ。どこへ行く」
「後ろの奴が足を踏むんです」
「それでお前だけ前へ出れば揃うのか」
「踏まれなくはなります」
アンドリューハが吹き出した。チェルノフは笑わず、俺の後ろにいた男も呼んだ。
「お前は前へ詰めすぎだ。ケルジャコフは勝手に離れるな。間隔を直す。2人とも位置へ戻れ」
戻ると、後ろの奴が小声で悪かったと言った。俺も次は踏むなと返した。そいつの顔も汗で濡れ、襟へ縫いつけた白布が首に貼りついていた。
わざとなら殴れるが、こいつも同じように困っているらしかった。
停止の号令でも揃わなかった。
すぐ足を止める奴と、その後も歩いてしまう奴がいる。止まったと思ったところへ背後からぶつかられ、振り返れば顔を動かすなと怒鳴られた。
向きを変える動作では、最初の頃、アンドリューハと正面から向かい合ったこともあった。
今ではこいつも左右を間違えなくなったが、号令が終わる前に動きかける癖は残っている。軍曹はそれを見逃さなかった。
「コロトコフ。隣を見てから動くな。号令を聞け」
アンドリューハが顔を戻した。俺が笑うと、今度は俺の名前が呼ばれた。
営庭には古い補修跡がいくつもあった。継ぎ目に溜まった砂が長靴の下で滑り、昼近くにはアスファルトの照り返しで目が痛くなる。
端の掲示板には隊列の図が並び、その脇を、俺たちより服の色が褪せた兵士たちが通った。揃った足音が近づいてきて、止められずに兵舎の向こうへ消える。
俺たちはまた元の場所へ戻された。
列を曲がらせる練習では、後ろになるほど間が開いた。急いで詰めれば前へぶつかり、ぶつからないようにすると、また遅れる。
チェルノフが全員を止め、数人ずつ動かした。
「前の者が曲がった場所を見ろ。勝手に近道するな。後ろも同じところを通れ」
自分の番が終わっても、残りが済むまで見ていなければならない。休めの姿勢になった途端、襟へ手を入れた奴まで注意された。
休めと言われても、好きにしていいわけではなかった。
軍曹は列の端から腕や足を直した。俺たちより大して年上には見えないのに、誰が次に間違えるかまで分かっているようだった。
俺が足元を確かめようとすると、その前に名前を呼ばれた。
教わるのは歩き方だけではない。
上官への挨拶、呼ばれた時の返事、所属と氏名の報告。階級を見間違えれば、相手が訂正してくれるまで間違った呼び方をすることになる。
ある朝、兵舎の廊下で大尉と鉢合わせした。
俺は壁へ寄り、そのまま脇を通ろうとした。肩がぶつからないように避けたのだから、それで済むと思っていた。
背後から呼び止められた。
「兵士、待て。所属と氏名を言え」
振り向くと、大尉が立ち止まっていた。俺は姿勢を正し、教わった順序を思い出して答えた。途中で言い直し、自分の姓だけ妙に大きな声になった。
大尉は最後まで聞いた。
「挨拶は教わっていないのか」
「教わりました」
「では、なぜしない」
「気づくのが遅れました」
「私を避けて通る余裕はあったようだが」
返す言葉がなかった。
帽子は被っていなかったので、腕を下ろしたまま気をつけの姿勢を取った。大尉へ正対し、謝った。
「失礼しました、同志大尉」
「報告をもう一度。今度は慌てずに言え」
所属から言い直し、最後に名乗った。
「二等兵ケルジャコフです」
「次からは言われる前にやれ」
「了解しました、同志大尉。行ってもよろしいでしょうか」
「よろしい」
向きを変えて廊下を進んだ。角を曲がるまでは背中を見られている気がして、肩の力を抜けなかった。
昼にはチェルノフへ伝わっていた。
「ケルジャコフ。大尉への挨拶と報告をやり直したそうだな」
「はい」
「覚えていなかったのか」
「覚えていました。急に呼ばれたので」
「呼ばれる時刻まで教えてもらうつもりか」
その日の空いた時間は報告の練習で潰れた。
軍曹に用件を与えられ、前へ出て報告する。ようやく言い終えると、次は別の用件だった。家族への手紙なら、少しくらい順番が違っても読んでくれる。ここでは言い直せと返ってきた。
俺が詰まるたび、チェルノフは黙って待った。親父が言い訳を聞いている時と同じで、余計に言葉が出なくなる。
夜、長靴を磨いていると、アンドリューハが隣へ座った。
「中佐の息子でも居残りか」
「お前も一緒に練習するか。教えてやるぞ」
「遠慮する。お前といると、俺まで残されそうだ」
「じゃあ、その靴墨も自分のを使えよ」
断りもなく缶へ手を伸ばしたので、先に押さえた。アンドリューハは手を止め、貸してくれと言い直した。
俺が缶を渡すと、こいつは蓋を開けた。
「お前の親父も、いちいちうるさいのか」
「その靴を見たら、磨き直せって言うだろうな」
「まだ始めたばかりだぞ」
「言っても聞かねえよ。汚れてるなら磨け、それだけだ」
向こうでルスランが靴の泥を落としていた。
「お前も家でやってたんだろ」
「親父が見てる時だけな」
「いなくなったら?」
「出掛けた。帰る頃には、靴の話を忘れてることもある」
アンドリューハが笑い、缶へブラシを戻した。
「こっちじゃ帰ってきても覚えてるぞ」
「知ってる。今日も言われた」
俺は片方を床へ揃え、もう片方を取った。明日の朝また指を差されるくらいなら、今済ませた方がいい。
教練を重ねるうちに、止められる回数は減ってきた。
新しい動作では相変わらず間違える。それでも、同じ号令を聞くたびに隣の足を見てから動くことはなくなった。踵を踏んでいた奴との間隔も、いちいち確かめずに取れるようになった。
足音が揃うと、歩きやすかった。
横から腕がぶつからず、前の奴が急に近づいてもこない。自分の場所を空けるために、余計に歩幅を広げる必要がなかった。
軍曹が列の脇で歩調を取る。俺たちの長靴が、その声に重なってアスファルトを打った。乱れた音が一つ入ると、誰が崩れたのか見なくても気になった。
野外訓練から戻った翌日の午後も、営庭へ出された。
まだ背中と足が痛かった。だが、チェルノフは疲れたから号令が聞こえなくなるわけではないと言い、列を進ませた。
兵舎の前で停止を命じられた。
最後の足音がほとんど重なり、静かになった。いつもならすぐ誰かの名前が飛ぶ。俺は前を見たまま待った。
チェルノフが列の端を確かめ、軍曹へ頷いた。
「今のを毎回できるようにしろ。次も同じだ」
横でアンドリューハが小さく言った。
「終わりか?」
「喋んな。また止められるぞ」
直後にチェルノフがこちらを向いた。俺たちは口を閉じ、正面を見た。
「食堂へ移動する」
ようやく飯だった。
移動の歩き方へ切り替わり、さっきまで張っていた脚が少し楽になった。足を高く上げなくてよくても、列の間隔は崩せない。
前の奴が一度歩調を乱した。後ろまで詰まる前に戻り、俺もそのまま進めた。
行進が好きになったわけではない。胸を張って歩いても、飯の量が増えるわけではなかった。
ただ、食堂の手前で止められ、もう一度並び直すよりはいい。
入口が近づくと、アンドリューハが少し前へ出かけた。俺は小声で止めた。
「詰めるなよ」
「分かってる。お前じゃねえんだから」
言い返しかけたが、軍曹がすぐ脇にいた。
俺は歩調を合わせたまま進んだ。こいつのせいで飯を遅らせるつもりはなかった。




