第20話 自分の標的
午後、俺たちはAK-74を肩に掛け、射撃場へ向かった。
兵舎を離れると、道の両側に白樺と低い茂みが続いた。ぬかるみを避けて歩くたび、スリングが汗ばんだ首へ擦れる。前方から短い連射音が聞こえ、列の何人かが顔を上げた。
立木の間を抜けると、草を刈った広い土地が開けた。奥には土を盛った高い背面堤があり、その手前に標的が並んでいる。監視塔の上では赤旗が動いていた。
入口の掲示板には射場の区画と注意事項が描かれ、塗り直した白い文字の下から古い文字が透けていた。脇の兵士が、こちらの人数を確かめている。
俺たちは指定された場所で待った。屋根を掛けた弾薬交付所には木箱が積まれ、机の向こうで係が書類へ記入していた。勝手に覗きに行ける雰囲気ではなかった。
アンドリューハが、射撃を終えて戻る連中を見送った。
「ようやく撃てるな」
「まだ何かやらされるぞ」
「お前、嫌なことだけは当てるなよ」
最初は弾を使わず、構えと安全上の決まりを確かめられた。
伏せては立ち、また伏せる。野戦服の肘が砂で白くなり、襟から入った汗が胸を伝った。少し離れた区画で発砲が始まると、説明を聞き返した奴が、前へ詰めるよう言われた。
俺も小銃を構え続けるうち、腕が震え始めた。近くを通ったチェルノフを呼ぶ。
「同志上級准尉。腕が痛むんですが」
「傷のところか」
「いえ。支えてる方です」
上級准尉が屈み、俺の姿勢を確かめた。直された後は、さっきほど腕だけで持ち上げずに済んだ。
チェルノフは俺の手元を見たまま聞いた。
「どうだ」
「少しましです」
「説明した時と違う構えになっていたぞ」
「聞いてました。できてなかっただけです」
上級准尉は隣へ移った。俺はそれ以上何も言わず、正面の標的を見た。
小銃を止めているつもりでも、照準は細かく動く。車のエンジンなら、かかったかどうかはすぐ分かる。こっちはまだ撃ってもいないのに、うまくいっている気がしなかった。
アンドリューハも何度か直されていた。教官が離れると、小声で文句を言う。
「撃つ前に腕が使えなくなるぞ」
「お前、朝から撃ちたいって言ってたろ」
「土の上で待ちたいとは言ってねえよ」
その後、射撃を止める号令や、異常があった場合の申告について説明された。チェルノフは列の何人かを指し、答えさせた。
俺の番も来た。答え終えるまで、上級准尉は次の奴を見なかった。
「分からなくなったら呼べ。隣の真似で操作するな。弾が入ってからでは、やり直しで済まんこともある」
弾薬交付所で渡された実包は5発だった。
5.45×39ミリ。朝は名前だけ聞いていた弾が、今は手の中にある。細い弾頭の先を見てから数え直すと、係は俺の返答を聞いて次の名前を呼んだ。
少人数ずつ射撃位置へ進んだ。足元には踏み固められた土と短い草があり、伏せる場所には砂が寄せられていた。俺は肘の下の小石をどけ、指示に従って準備した。
チェルノフが後ろで止まった。
「ケルジャコフ。自分の標的を確認しろ。撃ち終わっても、勝手に起き上がるな」
「了解しました、同志上級准尉」
号令の後、近くで最初の銃声がした。
肩が反射的に動いた。クラブの前で聞いた音を思い出す暇もなく、隣でも発砲が続いた。
俺も撃った。
銃床から肩へ衝撃が伝わり、照準越しの標的が動いた。身体ごと後ろへ押されると思っていたが、そこまでではない。頬を木の銃床へ当て直し、次を待った。
鼻へ火薬の臭いが入ってきた。右手の指には、引き金を引いた感触が残っている。
教室でばらしていた時には、こんな物を動かしている実感はなかった。
5発を撃ち終え、申告した。教官の指示で確認を済ませても、すぐには立たせてもらえない。前方からの号令を待ち、全員で射撃位置を離れた。
アンドリューハが俺の横へ来た。
「もう終わりかよ。あと5発は欲しいな」
「当たったのか」
「知らねえ。お前は?」
「俺も分かんねえよ」
それでも、こいつが笑っている理由は分かった。
標的を見に行けたのは、射場の安全が確認されてからだった。土を踏んで歩く間も、自分のところに穴があるか気になった。
俺の紙には4つあった。真ん中からは外れていたが、近づけばはっきり見える。
チェルノフが横へ来た。
「初回なら悪くない」
「4発入りました」
「次はまとまりも見ていく。穴があればいいわけではないぞ」
俺は隣の標的へ目をやった。
ルスランの紙には5発とも入っていた。俺のように上下へ散らばってもいない。
本人が来るのを待ち、声を掛けた。
「お前、本当に初めてか」
「この小銃はな」
「ほかの銃は撃ってたのかよ」
「父親と狩りに行ってた」
「先に言えよ」
「分解の話だと思ったんだ。カラシニコフを触ったのは、今日が初めてだぞ」
それなら嘘をつかれたわけではない。だが、俺だけ何もかも初めてだったと思うと面白くなかった。
標的の確認を終え、指示された待機場所へ戻った。次の組が射撃位置へ進む間、俺はルスランの隣へ座った。
「次は俺も全部入れる」
「入れればいい」
「お前より真ん中にな」
「まず自分の標的に入れろよ」
反対側でアンドリューハが笑った。俺は聞こえなかったことにした。
2回目は5発入った。
ただし、ルスランの方がまた狭い範囲にまとまっていた。俺が紙を見比べていても、本人は教官の説明を聞いているだけだった。
何も言われないので、文句のつけようもない。
3回目は、最初の発砲で外した気がした。撃った瞬間、狙っていたところからずれたように見えた。
残りで取り返そうとしたところへ、チェルノフの声が飛んだ。
「ケルジャコフ、射撃中止」
指を離し、銃口を前へ向けたまま止まった。
「まだ残っています」
「分かっている。そのまま待て」
ほかの連中が撃ち終えるまで、俺だけ伏せていた。耳の近くを虫が飛んでいたが、払う気にもならなかった。
上級准尉が横へ屈んだ。
「急に撃ち方が変わったぞ。どうした」
「外したと思ったんです」
「それで急いだのか」
「……はい」
チェルノフは前方を見てから、俺へ目を戻した。
「次の1発まで雑に撃ってどうする。さっき説明した通りにやれ。再開は指示を待て」
「了解しました、同志上級准尉」
残りを撃つ間は、早く終わらせることを考えないようにした。ルスランはもう撃ち終わっている。今さら急いでも、あいつより先には終わらない。
最後の1発を撃って申告すると、ようやく肩の力が抜けた。
後で標的を見ると、穴は5つあった。最初の1発も端に入っている。
俺はその穴へ顔を近づけた。
「当たってたのかよ」
横のチェルノフが紙を指した。
「感じだけで決めつけるな。残りの方がまとまっている。そこも見ろ」
「はい、同志上級准尉」
ルスランには、まだ及ばなかった。それでも、最初の紙よりは見せられる結果になっていた。
射撃が終わると、小銃の確認に続いて薬莢を拾わされた。草の間を探し、靴で踏まれて土に埋まった物を掘り出す。アンドリューハは、撃つ時の何倍も掛かるとぼやいていた。
俺は近くで屈んでいたルスランへ声を掛けた。
「次の射撃では負けねえぞ」
「分かった。そこにも落ちてる」
「聞いてるのかよ」
「聞いてる。お前が拾わない分まで、俺が拾うのは嫌だからな」
指された草の根元に薬莢があった。拾うと、ルスランはもう別の場所を探していた。
アンドリューハが背後で笑ったので、俺は振り返った。
「そういや、お前は何発入ったんだよ」
「今それを聞くか」
「さっきから、人の結果では笑ってたじゃねえか」
こいつは返事をせず、足元を探し始めた。急に熱心になったので、俺も笑った。
戻る頃には、朝よりスリングが肩へ食い込んだ。銃油に火薬の臭いが混じり、野戦服の肘は砂でざらついている。
兵舎へ帰れば、また手入れが待っていた。
次に撃つ時も同じ小銃だ。今日は、朝より丁寧に拭いてやってもよかった。




