第18話 次に何をするか
午後は、背嚢とヘルメットを渡された。
軍曹は布製の背嚢を持ち上げ、ヴェシメショークと呼んだ。口を絞って閉じる袋で、背中へ当たる側にも厚い当て物はない。隣の兵士は、同じ物をシードルと呼んでいた。
ヘルメットはSSh-68。緑の塗装が縁で擦れ、内側の当て物には前に使った奴の汗染みがあった。被って頭を動かすとずれたので、軍曹に内側の紐を調整させられた。
小銃はまだ渡されなかった。指示された物を背嚢へ詰め、肩紐へ腕を通す。片側を引いたところで、軍曹に止められた。
「左右を揃えろ。袋が傾いている」
「これでいいですか、同志軍曹」
「背負ってみろ。……まだ低い。背中で跳ねるぞ」
直された時は窮屈だった。だが、走り始めると、それでも荷物が背中を叩いた。
営庭を出て、車輪の跡が残る道へ入った。窪みに水が溜まり、前の奴が避けるたびに列が左右へ動く。俺も足をずらしたが、縁の柔らかい土へ長靴が沈んだ。
午前中に処置された踵が痛んだ。擦られる感じは減っている。それでも、地面を蹴るたびに傷のあるところへ体重がかかった。
肩紐まで食い込んできやがった。
アンドリューハが前で顎紐を引いた。
「空挺に来たのに、朝から走ってばっかりだな」
「飛行機に乗ったって、降りた後は歩くんだろ」
「せめて降りるところまで運んでくれよ」
俺が笑うと、息が途切れた。汗が目へ入り、袖で拭こうとしてヘルメットの縁へ手をぶつけた。
少し前のルスランが、曲がり角でこちらへ顔を向けた。
「足元に穴があるぞ」
アンドリューハが跨ぎ、俺も続いた。列が伸び、前との間を詰めるためにまた脚を速める。今度は誰も喋らなかった。
やがて歩けと命じられた。背嚢を肩で持ち上げ、紐の当たる場所をずらす。呼吸が戻り始めたところで、先頭から再び走る号令が来た。
道は林に沿って続いていた。木陰へ入ると少し涼しかったが、足元には濡れた轍が残っている。乾いたところを選べば、前の奴と同じ場所へ足を出すしかなかった。
アンドリューハの歩幅が小さくなった。前との間が開いていく。
俺は背嚢の下へ手を添え、少し押した。
「離されてるぞ」
「分かってる。押すな」
「じゃあ脚を動かせ。後ろも詰まってる」
あいつが身体を起こし、間隔を詰めた。俺も手を離して続いたが、今度は自分の息が苦しくなった。
余計なことをした。こいつの分まで走れるかよ。
歩きへ変わったところで、俺はアンドリューハへ声を掛けた。
「後で煙草を寄越せ」
「頼んでねえだろ」
「ずいぶん元気になったな」
「まだ喋れるだけだ。黙って歩かせろ」
営庭へ戻った時には、俺も口を開きたくなかった。背嚢を下ろすと、肩の紐が当たっていたところがじんじんした。
座りかけた奴を軍曹が止め、少し歩かせた。チェルノフは戻ってきた連中を見ながら、足や肩を痛めた者は申し出ろと言った。
俺も踵のことを報告した。上級准尉は歩いてみろと言って、足元を見た。
「午前中より痛むか」
「走ると痛みます。歩く方は、それほどではありません」
「兵舎へ戻ったら傷を確かめろ。出血していたら、もう一度医務室へ行け」
「了解しました、同志上級准尉」
装具も、そのまま置いて帰るわけにはいかなかった。中身を出して数を確かめ、泥を拭く。ヘルメットの内側にも汗が溜まっていて、布で拭うと黒く汚れた。
背嚢を地面へ放った男は、拾って泥を落とし直させられた。俺は返却を待ちながら、濡れた襟を首から引き離した。
兵舎へ戻ると、アンドリューハが俺のベッドへ腰を下ろした。
「今夜だけ代われよ。上へ登るのが面倒だ」
「そこを空けろ。俺も靴を脱ぎてえんだ」
「少しくらい座らせろ」
「端へ寄れ。倒れて寝るなよ」
並んで長靴を脱いだ。俺の踵の当て物には、新しい血はほとんどついていなかった。濡れた足布を広げ、傷へ触れないよう足を置いた。
アンドリューハが2つ隣へ声を掛けた。
「ルスラン。レスリングの練習でも、あんなに走るのか」
「走る。でも、こんな物は背負わない」
「じゃあ、お前もきつかったのか」
「肩が痛い。紐を締めすぎたみたいだ」
ルスランは上着の襟を引き、赤くなった皮膚を見ていた。あいつのテルニャシュカも、胸から腹まで汗で色が濃くなっている。
アンドリューハが自分の肩を揉んだ。
「俺だけじゃねえならいい」
「俺の肩を見て安心するなよ」
俺が笑ったところで、入口へ兵士が5人現れた。先頭にはサーシャがいた。
足布を持つ手が止まった。近くの新兵が鞄をベッドの奥へ寄せると、サーシャはそれを見て顔をしかめた。
「今日は何も取らねえ。チェルノフに言われて来た。私物の置き方を教えるから出せ」
「昨日は勝手に出してたじゃねえか」
「覚えてるよ。だから今日は、言われたことだけ済ませて帰る。お前も早くしろ」
連中は寝台の間へ分かれていった。サーシャは俺たちの前へ来ると、通路へ出ていた長靴を指した。
「それは下へ揃えろ。夜中に蹴飛ばされるぞ。片方なくなっても、誰も捜してくれねえからな」
俺が靴を寄せる間に、アンドリューハは洗面道具を戸棚へ詰め込んだ。サーシャが石鹸のケースを取った。
「水を切ってから入れろ。中で溶ける。歯ブラシも、濡れたタオルで包むな」
「はい」
サーシャはケースを戻し、今度は俺の開いた鞄を見た。
「財布をそこへ出しておくな。煙草もだ」
「お前が来る前にはしまうよ」
「俺しか来ねえと思ってるのか。なくしてから全員の鞄を開けて回るつもりかよ」
俺は財布を取り、ポケットへ入れた。煙草も続けてしまった。
サーシャに言われるのが、一番気に入らねえ。
次は脱いだ服の置き方だった。袖をどう畳むか、ズボンをどこへ置くか。アンドリューハが帽子を枕元へ戻すと、服と一緒にしろと止められた。
俺はその帽子を指した。
「今朝、それだけ取りに戻ってきたんだぞ」
「お前は靴も履けてなかっただろ」
「お前ら、どっちも遅かったんだな」
サーシャにまとめて笑われた。アンドリューハが帽子を取り、畳んだ上着の上へ載せる。
俺が足布を手に取ると、サーシャはまだ湿っている部分を指した。
「乾かしてから畳め。替えと混ぜるなよ」
「どこで干すんだ」
「指定の場所へ持っていけ。寝台へ吊るすと取り上げられるぞ」
廊下へチェルノフが現れた。サーシャは説明をやめて姿勢を正し、ほかの兵士も声を止めた。
上級准尉は戸棚と椅子の上を確かめた。
「教えた後は本人にやらせろ。お前たちが畳んで終わりにするな」
「了解しました、同志上級准尉」
チェルノフが離れると、サーシャは俺の上着を指した。
「聞いただろ。もう1回やれ。袖が出てる」
「これくらいで朝、困るかよ」
「俺が帰れねえんだよ。直せ」
上着を広げ、畳み直した。サーシャはそれを確かめると、ようやく隣へ移った。
連中が去った後、俺はポケットの煙草を出した。箱は汗で少し湿っていたが、中は無事だった。
アンドリューハが自分の箱を差し出した。
「ほら。さっきの分だ」
「本当にくれるのか」
「明日まで言われたくねえ。1本だぞ」
抜いて自分の箱へ入れた。あいつはすぐに残りをしまい、足布を持って立った。
「乾かしに行くぞ。場所は聞いたか」
「今、サーシャが指してただろ。俺のも持ってけ」
「自分で来いよ。脚は動くだろ」
俺も立ち、椅子へ置いた帽子を取った。湿った足布を持ち上げると、朝には気にならなかった臭いが鼻についた。
夕食までに乾けばいい。明日の朝まで、こんな物を履いていられるか。
アンドリューハが戸口から急かした。
「チョーマ、早くしろ」
「今行く。お前こそ帽子はどうした」
あいつが頭へ手をやり、椅子まで戻ってきた。俺は通路を空けず、横をすり抜けるのを待った。




