第14話 同志上級准尉
列車を降りた時には、もう暗くなっていた。
ホームで人数を確かめられ、駅の外に待つ軍用トラックへ乗せられた。俺たちは荷台の側板沿いの腰掛けに座り、鞄を膝へ抱えて詰めた。
後部のあおり板が持ち上げられ、開口部を覆う幌布が下ろされた。駅の明かりは布の隙間から差し込むだけになり、向かいの男の顔が見えにくくなった。
走り出して間もなく、アンドリューハの肩がぶつかってきた。
「もう少し寄れよ。俺の上へ座る気か」
「こっちにも人がいるんだ。お前が鞄をどけろ」
「どこへ。頭に載せるか?」
車が跳ね、誰かの鞄が通路へ落ちた。拾おうと屈んだ男が向かいの膝へ頭をぶつけ、暗がりで悪態が飛び交った。俺の足も踏まれた。
「今、踏んだの誰だ」
「俺だよ。押されて足を置くところがねえんだ」
足を引き、腰掛けの縁を掴んだ。次に車が傾いた時は、アンドリューハの方へ体重を預けてやった。
ようやく停まると、幌がめくられ、あおり板が下りた。懐中電灯を持った軍人が荷台を照らした。
「荷物を持って降りろ! 建物の前へ並べ。車の後ろに溜まるな!」
先に降りたアンドリューハへ鞄を渡し、荷台の縁に手をついて下りた。鞄を受け取り、入口の明かりへ向かった。
大きな兵舎が立っていた。窓の一部に明かりがつき、入口には靴底の泥を落とす鉄格子があった。階段の角は欠け、雨樋の下には黒い筋が残っている。
親父の軍服も靴も、いつも手入れされていた。そのせいで建物まで綺麗なのだと思っていたらしい。
俺は剥げた扉を見て、隣へ声を落とした。
「ここ、本当に空挺の教育部隊かよ」
「そう言われて乗っただろ」
「留置場と大して変わんねえな」
入口脇の男がこちらを向いた。
「そこの2人。喋らずに並べ」
40歳くらいに見えた。背は高くないが、迷彩服の肩と胸が張っている。野戦帽の下に太い眉があり、鼻の横には白い傷痕があった。
男は付き添いから書類を受け取り、俺たちを見た。
「留置場と言ったのはどっちだ」
「俺です」
「経験があるのか」
「少し」
「なら、人数を数える時に黙っているくらいは覚えてきただろう」
後ろで笑いが漏れた。男はすぐにそちらを向いた。
「笑った者は前へ出ろ。今話していた2人もだ。荷物を置け。腕立て20回」
鞄を下ろし、湿った地面へ両手をついた。腕を曲げると、左の傷が引き攣った。
隣でアンドリューハが低く言った。
「お前が余計なことを言うからだぞ」
「お前も喋ってただろ」
頭の上から声がした。
「まだ相談する余裕があるなら、10回追加だ」
俺たちは黙った。男は腕を曲げる深さを見ていた。尻だけ上下させた奴には、それは数えないと言った。
終えて立つと、列に残った連中も静かになっていた。俺は手についた泥を払い、鞄を拾った。
男が列の前へ立った。
「上級准尉、アレクセイ・ペトロヴィチ・チェルノフ。お前たちの教育を担当する。呼ぶ時は同志上級准尉だ」
チェルノフは書類を脇へ挟んだ。
「今夜は身支度を整えて寝かせる。明日からは日課どおりに動く。起床の合図で起き、集合に遅れるな。服も荷物も自分で管理しろ」
俺の前で止まり、顔の痣と包帯へ目を移した。
「姓は」
「ケルジャコフです」
「腕は集合所で診せたか」
「はい」
「痛む時は始める前に申告しろ。今、血は出ていないな」
「はい。少し引き攣るだけです」
袖口を確かめると、包帯に血は滲んでいなかった。
チェルノフが俺の顔へ目を戻した。
「喧嘩か」
「はい」
「ここでもやるつもりか」
「相手次第です」
「ここでは止めろと言われたら止めろ。相手が何をしたかは、その後で聞く」
「了解しました、同志上級准尉」
隣へ移り、アンドリューハにも姓を聞いた。書類をめくると、そいつの顔を見た。
「コロトコフ。酒を持ち込んだそうだな」
「集合所で取られました」
「全部か」
「はい」
「後から出てきたら、今の返事も含めて話を聞く」
アンドリューハは、今度は腹の消毒について何も言わなかった。
靴底の泥を落とし、兵舎へ入った。廊下には床を拭いた臭いと、汗の臭いが混じっていた。
入口近くには当直の兵士が立ち、壁には日課と当番の表が掛かっていた。私服の俺たちが鞄を抱えて通る間も、そいつは姿勢を崩さなかった。
最初は散髪だった。
一角に椅子が並び、バリカンを持った兵士が待っていた。足元には黒や茶色の髪が溜まっている。前の男と入れ替わりに座ると、肩へ布を掛けられた。
「少しは残してくれよ」
「頭を動かすな」
「形が悪かったらどうするんだ」
「それは俺に言うな」
顎を押され、バリカンが耳の上を通った。首筋へ短い毛が入り、痒かった。払おうとすると、手を下ろせと言われた。
アーニャが見たら笑うだろう。写真を送れと言われても、しばらくは断ることにした。
先に終わったアンドリューハが、俺の頭を見た。
「顔の痣がよく見えるな」
「お前は耳がでけえな。髪で隠してたのか」
「元からだよ」
互いに頭を撫でた。指に短い毛が引っ掛かった。見慣れない顔でいつものように文句を言うので、余計におかしかった。
次は被服の受領だった。
棚には軍服が積まれ、床には黒い軍靴が並んでいた。係の兵士は俺の寸法を聞き、取り出した物を台へ重ねた。
一番上にあったテルニャシカを広げた。
青と白の横縞は、家で親父が着ているのと同じだった。あれほど嫌だと言ったのに、シャツまで親父と同じ物を着せられるらしい。
手を止めていると、係の兵士が次の服を押してきた。
「後ろが待っている。着て確かめろ」
上着へ腕を通した。左の袖に包帯が引っ掛かり、ゆっくり引き上げる。肩を合わせても袖が少し余り、胴回りには両手を入れられそうだった。
「これ、でかくないですか」
「腕を前へ出せ。背中は突っ張るか」
「いや」
「なら、ベルトを締めてみろ」
腰へ回して締めると、余った布が脇へ寄った。窓ガラスに映った姿を見たが、暗くて顔までは分からなかった。服だけは親父の側へ近づいていた。
帽子を被ると、刈ったばかりの頭へ直接触れた。さっきまで髪があったところを縁が押さえる。位置を直していると、アンドリューハが横から覗いた。
「少しは顔を隠せるな」
「お前も耳を押し込んでもらえよ」
係の兵士が軍靴を台へ置いた。俺たちは口を閉じた。
靴下のつもりで手を伸ばすと、渡されたのは畳んだ足布だった。広げて足元を見た。母さんが買った新しい靴下は、鞄の中に何足もある。
「これを巻くんですか」
「見ていろ。皺を残すな」
教えられた通りに巻き、軍靴へ足を入れた。踵は入ったが、立つとつま先が当たった。
「もう1つ大きいのはありませんか」
「足布を巻き直せ。先で固まってるんじゃないのか」
「指を伸ばすと当たるんです」
「まず脱いで確かめろ」
巻き直しても同じだった。もう一度言うと、台の脇を指された。
「そこで待て。次」
靴を持って待った。次の男が服を受け取り、その次も呼ばれた。裸足の裏が冷えてきたが、これを履いて歩く方が嫌だった。
通りかかったチェルノフに何をしていると聞かれ、つま先が当たると答えた。上級准尉は寸法を見て、係へ返した。
「合わせろ。初日から足を潰して医務室へ送る気か」
別の靴が出てきた。
今度は指を伸ばせた。足布の巻き方も直され、自分でもう一度巻いた。立って足踏みをしても、さっきのようには当たらない。
チェルノフは俺が歩くのを見てから離れた。礼を言おうとしたが、もう別の男を呼び止めていた。
支給品を数え、受領の署名をした。脱いだ私服を鞄へ押し込むと、母さんが詰めた時より膨らんだ。留め具を引き寄せ、ようやく閉じた。
アンドリューハが俺の足元を見た。
「替えてもらえたのか」
「ああ。お前のは?」
「少し緩い」
「今のうちに言えよ。後で俺のと替えてくれって言っても貸さねえぞ」
アンドリューハは踵を上げ下げしてから、台へ戻った。
俺は待っている間に袖を引いた。引いても長さは変わらない。私服なら捲れば済むが、ここで勝手に捲っていいのかは、まだ聞いていなかった。




