↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【打ち切り】チョーマ  作者: 近江もののふ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/31

第13話 帰りの列車

 集合所でも、また身体を調べられた。


 上着を脱ぎ、書類を持って廊下に並んだ。開いた扉から消毒薬の臭いがする。壁にもたれて待っていたら、通りかかった軍人に身体を起こせと言われた。


 軍医は書類と俺を見比べ、胸へ聴診器を当てた。包帯を見ると、前の検査の記録へ目を戻した。

「数日前の切り傷だな。指は動くか。痺れは?」

「ありません。軍へ行けない傷でもないって言われました」

「今はこちらで確かめている。腕を伸ばせ」


 包帯を外され、指や手首を動かした。先に答えてやっても、手間は減らないらしかった。


 軍医は傷を見てから用紙へ書き込んだ。

「痛みが強くなったり、腫れたりしたら申告しろ。包帯で隠しておくな」

「了解しました」


 今度はすぐに答えられた。これを言えば話が先へ進む。覚えておいて損はなかった。


 次は荷物だった。


 長机の前で鞄を開けた。下着、靴下、石鹸ケース、歯ブラシ。母さんが何度も詰め直した物を全部出す。食べ物の包みも開かされ、机へパン屑が落ちた。


 隣のアンドリューハを調べていた軍曹が、小瓶を持ち上げた。

「バスで酒を出せと言ったな。これは何だ」

「消毒用です」

「どこを消毒する」

「腹の中を」


 俺は下着を畳みながら顔を伏せた。


 軍曹がアンドリューハの後頭部を平手で叩いた。アンドリューハは首をすくめ、一度睨みかけてから目を落とした。

「ふざけるな。ウォッカだな」

「……そうです」

「持っていかせない。ほかをしまえ」


 瓶は机の向こうの箱へ入れられた。すでに何本かあった。アンドリューハが箱を覗いた。

「返してもらえるんですか」

「除隊したら取りに来い。残っていればな」


 後ろで笑いが漏れた。軍曹が顔を上げると、皆、自分の荷物へ目を戻した。


 俺は煙草を2箱出した。軍曹は片方を鞄へ押し、もう片方を自分の脇へ置いた。

「そっちも俺のです」

「預かる。残りをしまえ」

「煙草も駄目なんですか」

「後ろが待っている。手を動かせ」


 酒の箱には入れなかった。俺が見ていると、軍曹は次の男を呼んだ。


 署でも取られた。親父の箱から抜こうとした時だけは、きっちり戻させられた。どうやら、俺の煙草だけは誰が持っていってもいいらしかった。


 鞄を閉めると、アンドリューハが待っていた。俺が後頭部を指すと、その手を払われた。

「笑ってたろ」

「傷に使うって言えばよかったのに」

「じゃあ、お前の腕を借りればよかったな」

「俺を巻き込むな。煙草で十分だ」


 廊下の端でまた待った。便所へ行くにも係へ断り、戻ると名前を確かめられた。喫煙していいと聞いた途端、長椅子から何人も立った。


 俺も残った箱を持って外へ出た。建物脇の吸い殻入れを囲み、知らない男たちと黙って吸った。中から姓が呼ばれるたび、誰かが煙草を靴で潰して戻っていった。


 その後、行き先ごとに分けられた。空挺へ送られる組は30人ほどで、アンドリューハもいた。


 少し前に、黒髪で日に焼けた男が立っていた。背は俺と同じくらいだが、肩幅があり、首も太い。鞄を足元へ置き、誰にも話しかけずに待っている。


 アンドリューハが俺の肘を突いた。

「あいつ、レスリングか何かやってそうだな」

「本人に聞けよ」

「お前は強そうな奴を見ると殴りたくなるんじゃねえの」

「喧嘩相手を探して歩いてるわけじゃねえ」

「今日会った俺には、もう何度も殴るって言ってるぞ」


 顔を向けると、アンドリューハは急に前を見た。名簿を持った将校が来ていた。


 列の端から名前が呼ばれた。

「ルスラン・マゴメドヴィチ・アリエフ」

「はい」


 黒髪の男が答えた。荷物を持って隣の列へ移れと指示されると、「了解しました」と鞄を拾った。


 アンドリューハがその背中を見た。

「コーカサスの方かな」

「だから本人に聞けって」

「お前なら、聞くついでに揉めそうだな」

「先にお前と済ませようか」


 軍曹の声が飛んだ。

「コロトコフ、ケルジャコフ! 私語をやめろ!」

「了解しました!」


 返事が重なった。隣と目が合い、すぐに逸らした。ルスランもこちらを見たが、何も言わず前へ向き直った。


 夕方、ようやく移動が始まった。


 人数を数えられ、バスで駅へ運ばれた。ホームへ出ると、車輪を叩いて点検する音と構内放送が重なって聞こえた。長い列車の脇に、鞄を持った俺たちが並ばされた。


 家族連れや買い物袋を下げた女が、列を避けて通った。制服姿の車掌が乗車口に立ち、付き添いの軍人と書類を確かめていた。


 行き先は空挺軍の教育部隊だと説明された。地名も聞いたが、頭の中に地図は浮かばなかった。何時間乗るのかの方が気になった。


 指定された車両へ入ると、寝台が上下に並び、通路の反対側にも窓に沿って寝台があった。プラツカルトだった。仕切りの扉はなく、奥まで人の顔が見えた。


 俺は下段の縁へ座った。アンドリューハが向かいへ鞄を置き、ルスランはその上の寝台へ荷物を載せた。通路では、後ろから来た男が鞄を引っ掛けて悪態をついていた。


 軍曹が通路を進んできた。カーキ色の上着の腰をベルトで締め、黒い革長靴を履いている。寝台からはみ出した鞄を指した。

「荷物を収めろ。停車しても勝手に降りるな。煙草は指定された場所だけだ」


 後ろの男が喫煙場所を聞くと、車端の方を示された。客室で火をつけるなと念を押され、ライターをしまった。


 列車が動き始めた。ホームの柱が窓を横切り、立っていた人間が後ろへ流れていく。


 アンドリューハが声を落とした。

「あの軍曹、今頃飲んでるぞ。消毒用が何本も集まったからな」

「俺の煙草もある」

「菓子でも渡せば1箱返したかもしれねえな」

「母さんの菓子まで食わせる気はねえよ」


 鞄を膝へ載せ、タオルと靴下をどけた。ようやく食べ物の包みが出てきた。上へ移すと言った母さんを止めたのは失敗だった。


 アンドリューハが手を出した。

「今度はお前の番だろ」

「まだ開けてもいねえよ。待て」


 机へ包みを広げると、黒パンとソーセージが出てきた。アンドリューハがすぐに手を伸ばしたので、先に半分へ分けた。


 上からルスランが顔を覗かせた。俺は包みを持ち上げた。

「食うか」

「いいのか」

「あるうちに取れ。こいつが食っちまうぞ」


 ルスランは下りてきて、礼を言ってから一切れ取った。アンドリューハよりは遠慮を知っていた。


 隣の区画では、母親に持たされたらしい茹で卵の殻を剥いていた。誰かが茶を取りに行き、金属のホルダーに収まったグラスを慎重に運んできた。


 車輪の音を聞きながら食っていると、通路の奥で歌が始まった。


 リュベーの「アタス」だった。最初は奥の男が1人で歌っていたが、サビに入ると隣の寝台からも声が加わった。アンドリューハもパンを飲み込み、膝で拍子を取り始めた。


 歌詞を知らない奴まで、曲名を叫ぶところだけは声を張り上げていた。途中で誰かが先走り、周りが笑った。


 軍曹が様子を見に来た。通路へ脚を出していた男に引っ込めろと言い、それだけで戻っていった。


 俺も知っているところから歌った。腹に物が入り、当面は座っていればよかった。次に何をしろと言われるかは、まだ考えなくて済んだ。


 歌が途切れると、アンドリューハが俺を見た。

「途中、間違えただろ」

「お前の声がでかくて分からなくなったんだよ」

「知らねえところを俺のせいにするな」


 残りのパンを齧り、窓へ顔を向けた。建物が途切れ、線路脇の草と白樺が続いていた。


 帰りもこの窓から外を見るのだろうか。その時には、いつ家へ着くか分かっているはずだった。


 奥で次の歌が始まった。俺は口の中のパンを飲み込み、またそちらへ混ざった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。